新しい未来を志向するために
年1回の技術トレンドを公開
MITメディアラボは日本法人19社と共同研究し、NTTデータグループからも3人の社員がMITを拠点として活動しています。こうしたご縁から、来日中の石井 裕教授にINFORIUM豊洲イノベーションセンターまでお越しいただきました。
石井 裕(いしい・ひろし)/1956年東京生まれ。MIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボ副所長。専門は情報工学。78年北海道大学工学部電子工学科卒業、80年同大学院情報工学専攻修士課程修了後、電電公社(現NTT)入社。86年~87年、GMD研究所(西ドイツ)客員研究員。88年よりNTTヒューマンインターフェース研究所で、コンピューター支援による協調作業(CSCW=Computer Supported Cooperative Work)グループを率いて「チームワーク・ステーション」と「クリアボード」を開発。93~94年トロント大学客員助教授。95年よりMIT準教授。MITメディアラボ日本人初のファカルティ・メンバーに。ヒューマン・コンピュータ・インタラクション(HCI)についての新しいビジョン「タンジブル・ビッツ」を探究するタンジブル・メディア・グループを設立。
石井 「NTT DATA Technology Foresight」(※1)、事前に拝読させていただきました。こうした冊子になっているほかに、オンライン上でも読めるんですね。毎年つくられているということですが、どんな意図で編まれているのでしょうか。
NTTデータでは、年ごとにNTT DATA Technology Foresightを策定している。2018年度版のほか、2012年度までさかのぼったアーカイブを特設サイトで公開している
千葉 広報部に所属している千葉です。私たちが公開している意図は、技術がもたらす変化を的確に捉え、進むべき道を示すことで、お客様と共に新しいビジネスを作っていきたいという文脈からです。
そのためには体系立てた発信が必要なので、NTT DATA Technology Foresightとして策定するようになりました。
野村 NTT DATA Technology Foresightの策定やメンバーの取りまとめを担当している野村です。私はAIやデータ分析、ヘルスケア分野などを中心に執筆しています。
NTTデータ 技術開発本部 企画部 VISTECH推進室 シニア・エキスパート 野村雄司
そもそもの狙いは、IT技術がものの1年ほどで世の中に大きな影響を与えて、ときに破壊的なインパクトをすぐに起こしてしまうので、それをいち早く捉えるというものです。「これから起こることや危機を予見して変化に備えましょう」という趣旨で、トレンド調査や情報発信をする活動でした。その後、お客様とコラボレーションしていく活動を次第に強化していったという流れがあります。
情報にリアルな形を与える研究
千葉 石井教授の「タンジブル・メディア・グループ」は、MITメディアラボで現在どういう研究をされているか、あらためて伺えるでしょうか。
石井 新しい情報の表現、そしてインタラクションを生み出そうという夢の実現のために、タンジブル・メディア・グループを創始したのは、私がMITに行った1995年の秋です。
タンジブル・メディア・グループのサイト ※クリックでリンク先へ
当時も今も、コンピューターにおける主な情報表現の方法はピクセルですよね。スクリーン上の光る起点。それがフォトン(光子)となって人間の網膜を打って見える。でも、フォトンには物理的実体がありません。だから、手でつかめないし、抱きしめることもできないし、においも味も香りもないわけです。
情報にタンジブルな(=形ある)実体を与えることにより、自分たちの手を使って、身体を使って、直接操作できるようにしようというビジョンが「タンジブル・ビッツ」です。フィジカル・エンボディメントと言いますが、情報の物理的実体化により、我々の手による直接操作を可能にします。
musicBottles(1999)/透明なガラスの小瓶を音声データのストレージ兼コントローラーにしたこの作品は「SIGGRAPH ’99」で発表。ユーザーは「蓋の開け閉め」というインタラクションで操作を行い、まるで「ジャズの小瓶」や「天気予報の小瓶(翌日が晴れなら鳥の鳴き声、雨なら雨音が流れる)」の中にあるコンテンツを外に開放する感覚を得る(提供:石井教授)
それによりグループによる共同操作も可能になるので、コミュニケーション・メディアにもなる。こういった研究を1995年から15年ほど続けてきました。
その後に続くのが「ラディカル・アトムズ」というビジョンです。コンピューターのスクリーン、あるいは映画のスクリーンにあるピクセルというのはダイナミックに姿を変えることができます。しかし、私たちが使っている椅子というのは、非常に硬い物理的なマテリアルなので、ずっとそのまま椅子なわけです。色は変わるかもしれませんけれども、形とか堅さは変わらない。
そのアトム(原子)、すなわち物理的マテリアルがその形状や性質を、ダイナミックにコンピューテーションに基づいて変化させることができる、そんな新しい未来を志向しています。そういう新しいマテリアルを使って、どういう世界をデザインできるかという研究に、この10年ほど力を入れています。
メディアアートでは世界最大規模になる「アルス・エレクトロニカ」でも2016年から3年間、「ラディカル・アトムズ」の展覧会をやっていますので、その模様をご覧いただければと思います。
石井教授の率いるタンジブルメディアグループは、2016年からアルス・エレクトロニカ・センターで「ラディカル・アトムズ」の展覧会を公開している
未来がどう変わるか。世の中に新しいビジョンを出すためには、もちろん学術論文も発表しますが、アートやデザインの文脈で、こうした大規模な展覧会を積極的に実現することにも力を入れています。
オリジナルでなければ価値がない
石井 かつてヴァネヴァー・ブッシュがハイパーテキストを構想したとき、マーシャル・マクルーハンがメディア論を世に問うたとき、アイバン・サザランドがVRというコンセプトをデモしたとき、そして僕のヒーロー、ダグラス・エンゲルバートが集合知のビジョンを発表したとき、量子飛躍が起きました。いずれも人々がそれまでにない新しいビジョン(※2)に触れ、未来を予見できる瞬間がありました。
新しいビジョンというのは、要するに「独創的な未来像」ということです。ネット検索すれば同じようなものが何万も出てくるビジョンというものでは意味がないんですね。僕ら研究者にとって一番大事なのは、オリジナリティ(独創性)。強烈なオリジナリティがなかったら、生きていけない世界なんです。
野村 NTT DATA Technology Foresightでも、今後そういう「オリジナリティ」のある新しいビジョンを調査やレポートとしていち早く発信し、イノベーションにつなげるのは重要だと認識しています。
石井 ただ、ビジネスに関しては必ずしもそうではなくて、お客様の欲しいものを提供しなくてはいけないという現実的要請もあるでしょう。そういう意味でいくと、今のNTT DATA Technology Foresightがビジネス向けのストーリーにまとめられている理由はとてもよくわかるんです。
おそらく一番いいスタンスは「私たちは新しいビジョン、違った視点を生み出し、それを発信できる。そして、それをプロトタイプとして具現化する技術や実績を持っている」と自分たちで言えることです。そのためにはどうするのか。今日はそんなアドバイスを皆さんにできたらうれしいです。
http://www.nttdata.com/jp/ja/insights/foresight/sp/index.html
・ヴァネヴァー・ブッシュ/技術者、科学技術管理者(1890年-1974年)。後にWWW(ワールド・ワイド・ウェブ)の根幹をなす、「ハイパーテキストシステム」構想に大きな影響を与えた。
・マーシャル・マクルーハン/英文学者、文明批評家(1911年-1980年)。『メディア論 人間の拡張の諸相』(1967年)で「メディアはメッセージである」と主張。
・アイバン・サザランド/計算機科学者(1938年-)。1968年にヘッドマウントディスプレイによる史上初のVRシステム「The Sword of Damocles(ダモクレスの剣)」を開発。
・ダグラス・エンゲルバート/発明家(1925年-2013年)。ヒューマンマシンインターフェースに関連した業績で知られる。マウスの発明者。
たくさんの考える対象が世の中にある
人間の脳、深海、そして宇宙
大井 昨年からNTT DATA Technology Foresightのチームに入った大井です。現在、NTT DATA Technology Foresightをグローバルの各社と一緒に作るという計画があり、私は海外拠点のグループ会社のCTOたちと意見を交わしながら、内容を協議するやりとりを担当しています。
NTTデータ 技術開発本部 企画部 VISTECH推進室 シニア・エキスパート 大井玲奈
石井 海外でそれぞれの歴史を持っているグループ会社はみんな一家言あるし、独自の世界観も築いているでしょうから、それはなかなか挑戦のしがいがありますね。
大井 今年初めての試みなんです。これまでは日本国内から情報を得ていたのが、グローバルな拠点と連携すると「世界各地で、今、どういった領域で、何が起こっているのか」が直接わかります。MITメディアラボでは現在、どんな領域が主な研究対象になっているのですか?
石井 実にさまざまですね。2011年から所長の伊藤穰一(※1)のリーダーシップの下で、人工知能の倫理的側面の研究、フィンテックを変革するブロックチェーンのようなテーマから、ソーシャルアクティビスト的社会変革の研究もあれば、遺伝子操作のようなバイオハッキングもあります。
その中でも、これから人類が新しく挑戦しなくてはいけない「最も深い領域」が3つあるとされています。人間の脳、深海、そして宇宙ですね。そのどれにもMITメディアラボは非常にアクティブに取り組んでいます。
脳という領域ではエド・ボイデン教授が「シンセティック・ニューロバイオロジー」というグループ(※2)を率いて世界最先端の研究をしています。脳の神経網の構造を解析し、その動きをモデル化し、なおかつ脳に埋め込んだチップから発信・受信した光によって、脳内の神経系を理解し、さらに脳の病を治癒するという難題に挑戦しています。医療方面でいろんな需要がありそうです。
ジョー・ジェイコブソン(※3)はEインクの発明者として知られますが、現在は「モレキュラー・マシーン」グループのヘッドとして 遺伝子の解析と操作を目指しています。
脳科学と言ったとき、あるいは人間の遺伝子的研究というテーマでいうと、メディアラボには先ほどのエド・ボイデンとジョー・ジェイコブソンがいるんです。さらに最近教授として参画した ケビン・エスフェルトも若手の希望の星です。科学研究の根底となるジャンル、いわゆるハードコアサイエンスの担い手ですね。
2つ目に深海の領域では「オープン・オーシャン・イニシアティブ」(※4)がアクティブに活動しています。深海というフィールドでどういうサイエンスやエンジニアリング、あるいはアートの研究ができるのか。実際に船を借りて、いろいろな実験を行なっています。
例えば、魚の住むアパートメントを海中で自動的に組み立てる実験などが、私たちの学生によって行われました。海洋における環境アセスメントのような研究も重要な研究テーマの一例です。
最後の宇宙に関しては、 火星などに人類が移住したとき建築や都市をどうデザインするのかといった研究。宇宙船内で農作物をどう培養し、エコシステムを維持するかというテーマもあります。先日は「Beyond the Cradle」(※5)という宇宙の未来をテーマとした大きなイベントを開催して、基調講演を重力波の研究でノーベル賞を取ったレイナー・ワイスが務めました。イタリア、ロシア、米国からの宇宙飛行士、宇宙工学や宇宙物理学をやっている先生たちが一堂に集ったんです。
技術の”暗黒面”にも向き合う
大井 今伺ったような研究に比べると、NTT DATA Technology Foresightはもっと近い未来ばかりに着目して語っている印象があります。
野村 まさに、策定している側の悩みはそこにあります。私たちは3年から10年の将来予見を謳っています。調査の段階で先進的な技術に接すると「これが実現したらこういう未来になる」とお伝えしたいのですが、お客様から実際に求められるのは1、2年先の未来であることも多いのです。
役員や社長といった役職の方には評価をいただける未来の話も、現場の担当者だと極端な例では「これからの方向性は何となくわかりました。じゃ、今すぐ使えるパッケージはどれですか?」となってしまう。
大井 1つの会社の中でイノベーティブなことをやろうという組織が作られたとして、上層部はイノベーションを期待して何か新しいことを始めてほしいと思っているのに、現場のメンバーにはミッションの必要性が伝わっていないと感じることもあります。
石井 「Foresight」という言葉の意味は、「先見の明」ですよね。つまり、人より先に未来が見えているわけです。「まだみんなが気づいていないものは何か」という視点をもって見たとき、これからの社会はみなさんの目にどう映りますか?
先見の明とは、すでに世の中で流行しているものをわかりやすく現代用語辞典のようにまとめるということではないですよね。マーケティングの予測だけならいいんですが、誰よりも先に、シビアに技術の発展とそれが切り開く可能性を問うということが結構大事じゃないかなと思います。特に、これから世界展開するわけですから。
ひたすらポジティブでオプティミスティック(楽天的)に、希望にあふれる未来像を提示されれば、読者の皆さんも喜ぶと思うんですが、どこかでは技術の持つダークサイドとも真摯な態度で向き合う必要があると思います。
「ビッグデータが集まり、AIが頑張って問題解決してくれるからいい社会になりますよ」と言われても、果たして本当かなと。マシンがエラーを起こすこともあるし、ハックされることもあるし、さらに悪い人たちがAIを反社会的な目的のために使うこともあり得るでしょう?
そもそも世の中にはたくさんのダークサイドがある。先日もソーシャルメディアに関してケンブリッジ・アナリティカ(※6)の問題がありましたよね。そういったところにも突っ込んで問題を提起するのが、本当にエッジの効いた「先見の明」だと思います。
もしくは、ニューラルネットワークを使って不審者を判断するようなアルゴリズムがありますが、そこに使われるサンプルデータは肌の色や人種にものすごくバイアスがかかっています。最初の学習データの選択に起因する「差別バイアス」、そういった問題をどうやって乗り越えていくのか。
クリティカルに考えなくてはいけない対象は世の中にたくさんあるので、そこから新しいNTT DATA Technology Foresightの方向が生み出せると感じました。
1966年生まれのベンチャーキャピタリスト、実業家。デジタルガレージ共同創業者、取締役。2011年4月よりMITメディアラボ第4代所長。
・Eインク
マイクロカプセル内に仕込まれた黒色の粒子と白色の粒子をマイナスとプラスの荷電で操作すること(電気泳動方式)で、紙への印刷をいわゆる電子ペーパー上で再現する技術のこと。
・「モレキュラー・マシーン」グループ
https://www.media.mit.edu/people/jacobson/projects/
英国に本社を置く選挙コンサルティング会社。2014年にFacebook上の性格診断アプリを通じて収集されたユーザー数千万人(約3,000万~8,700万人まで諸説あり)の個人情報を不正入手。2016年の米国大統領選挙における戦略分析に使用したとの報道が一大スキャンダルとなった。2018年5月2日、親会社とともに破産手続きの申請を発表。
100年先の社会を想像できるか
手を動かして、まず作る、そして議論する
松下 技術開発本部の松下です。昨年までの4~5年の間、NTT DATA Technology Foresightに関わってきました。中心になった業務は、お客様のところへ行ってNTT DATA Technology Foresightの内容を説明したり、ここからアイデアを得て共創ワークショップを通じて新しいサービスを一緒に考えたりといった活動です。
NTTデータ 技術開発本部 企画部 VISTECH推進室 シニア・エキスパート 松下正樹
公開した将来予見を元に「これを実現するとしたら、将来どんなことが問題になるのか」といったことも議論しながら、お客様と共創ワークショップを行ってきました。今日いらしていただいたINFORIUM豊洲イノベーションセンターもワークショップ用のスペースが完備されています。
石井 それはいいことですね。ところでハッカソンはたくさんやっていますか。要するに、手を動かして作っています?
松下 NTT DATA Technology Foresight関連でのハッカソンは、年に1、2回ですから、まだそんなにやっていないんです。
石井 それはいけません。朝ご飯を食べたらハッカソン、晩ご飯を食べたらハッカソン。そのぐらい作りまくり、議論しまくるのが必須です。なぜかというと、NTT DATA Technology Foresightのメッセージはまだ抽象度が高すぎるんですね。トレンドサマリーからはイノベーションは出てきません。やっぱり、具体的な問題の解決に向けてアイデアを出し、実装して、議論評価しないと、始まらないものです。
育児でも介護でもいいのですが、何か具体的な問題に対してみんなが集まり、デザインシンキングの方法論を使って、一緒にものを作り考えることが大事です。今は3Dプリンターもあるからラピッドプロトタイピングが容易になっていますし、サーバーもパッと立ち上げられる。どこかからコードを引っ張ってきて書き直せば、ベータ版でいろんなことができるわけです。
松下 アイデアは出るんです。「一緒に新しいサービスのアイデアを考えましょう」という結果は得られるのですが、その後にお金をかけて、いざ進めようというときに、お客様が「今それをやるべきなのか」と現実に戻って止まってしまう。私も将来の危険などを説明して前に動かしてもらおうとするのですが、なかなか難しくて。
石井 もし「予算が高くなるし、稟議も回らない」と言われるなら、内部で作ってしまえばいいんですよ。そこにいる人にスキルとスピード感があって、技術的経験があるなら、ハッカソンの中でクイックにアイデアを実装できる。一晩でも、1週間でも、やれるところまでやる。完成度の高いハードウェアでなくて、簡単なモックアップでいいんです。「これがあったらこんなことができる」ということを体験的に感じられればいいので。
松下 見えるもので体験させるという感じでしょうか。
石井 そうです。だから、作る。僕らのデモもそうですが、いくら哲学的な言葉を並べたって、今までにないもののコンセプトは伝わりません。私がNTTにいたころ「シームレスな協調作業」というコンセプトを伝えるために「クリアボード」を作りました。
ClearBoard-1(1991)/遠隔地にいる相手の顔を見ながら対話するための空間(インターパーソナル・スペース)と、協同作業を行なう空間(シュアド・ワークスペース)をシームレスに結合するために「ガラス板を隔てて話しながら、ガラス板に両側から(遠隔地の相手は自分から見て裏側から)描画する」というシンプルなコンセプトを考案した。小林 稔(NTT)の共同制作(提供:NTT ヒューマンインタフェース研究所)
具体的なものを作った上で、その背後にある高邁なビジョンや理念を伝えていく。コミュニケーション・デザインは、相手の心に届かなければ、共振を起こさなければダメなので、最初にものを作り、みんなが体験共有できないといけないんですね。「本当にそれで投資を回収できるのか」という次のステップの議論へ行く前に、まずは作ってみる。ダメだったら引っ込めて、また次を作る。おそらくそういうことをGoogleやApple、Facebookは日々やりまくっているわけです。
魅力的な価値があれば人は集う
松下 私は、お客様のビジネスや人々の生活を変えるインパクトのあるような、新しいサービスをつくっていて、アイデアを考えるだけでなく、プロトタイプ開発やトライアル評価まで主導する計画まで携わっています。次の時代のトレンドを自分たちの手で生み出していければと思っています。
石井 それは大変面白いですね。
松下 こうした新しい活動で重要になるのは、やはり「人」だと感じます。石井先生に伺いたかったのは、新たな挑戦に対してやる気のある人、イノベーション的な発想を持っている人は、どうしたら集結させられるのかということです。例えば、MITメディアラボではどのように人が集まってくるのかを教えていただけませんか?
千葉 今、MITメディアラボの客席研究員になっている社員の吉田からも「既存概念にとらわれないような発想をしていくことが常に求められる環境にいる」との報告を受けています。また、そのためにリサーチグループを横断したコミュニケーションが生まれるよう図ったり、ゲストスピーカーなどを呼んで外部との連携を率先して行っていると聞いています。
石井 ええ、その通りですね。
千葉 そういったことを日本で我々がやろうとすると、形式的にはできるのですが、やり方だけ真似ても意味がないのではないか。人を集める「コア」の部はどういうものなんでしょうか?
石井 人を集めるためには、オーラを発する魅力的な人が真ん中にいなくてはいけません。かつてMITメディアラボをつくったニコラス・ネグロポンテ(※1)とジェローム・ウィーズナー。Appleのスティーブ・ジョブズも、そんな強いオーラを発するリーダーでした。
松下 やっぱり、最初に人がいたわけですよね。
石井 今は伊藤穰一がMITメディアラボを新しい世界へ引っ張っているコア、すなわちリーダーなわけです。世界中からものすごいアート、デザイン、テクノロジー、サイエンスの才能がやって来て、競い合って生き延びる。僕のグループにも今年はおよそ250名のアプリカント(志願者)がいたので、倍率は100倍です。
そうまでして人が集まるのは、そこに魅力あるビジョンがあるからですね。リーダーが誰で、いったいどういうビジョンを持っていて、そのビジョンがどれだけ魅力的であるのかが大事です。
地殻変動は近づいている
石井 皆さんの中で、Appleの「Knowledge Navigator」というビデオを見たことがある人はいますか?
これは未来を予想する「ビジョンビデオ」と言われているものです。今から30年前の映像に、すでにAI、パーソナルコンピューター、シミュレーション、グループウェア、テレカンファレンス、あらゆる要素が入っている。常に「我々は果たして、Knowledge Navigatorの予言した地点に到達したか」と参照される歴史的なレファレンスです。
このような世界にインパクトを与えたパイオニアやビジョナリー、企業というのは、今あまり見かけません。日本という国は、情報通信の世界で、米国のプラットフォーマーたちにほとんどすべての美味しい部分を持って行かれて、このICT戦争の中で敗戦国になってしまいました。NTTデータがこの先100年、200年存続するためには、Knowledge Navigatorの先見性を超えなくてはなりませんね。
「そんな先の話まで言われても分からないから、少し先の未来だけ教えてほしい」と困っているお客様を助けるのも大事な仕事ですが、一方で遠い未来に向けて話すこともできる、近未来・遠未来、両方の軸がなくてはいけませんよね。新しいビジョンにはインパクトがあったほうがいいに決まっています。それを相手の許容度に応じて切り出していけばいいわけです。
千葉 最後に日本の情報テクノロジー業界のポテンシャルについて、石井教授がどう思われているのか伺いたいです。
石井 皆さんが携わるコンピューターと通信の世界では、何十年かごとに地殻変動が起きます。ドラスティックに技術体系も変わるし、価値観も変わる。そのとき必ず訪れるのが、既存のもの全てを破壊するイノベーションです。それを自ら生み出すという気構えを持ってこそ、新しい時代の「情報通信アーキテクト」と言えます。
今はまだだけれども、10年、20年以内には次の地殻変動が来る。地面が液状化しつつある今、次の破壊者がすぐそこに近づいているかもしれない。Amazon、 Facebook、Google、Uber、Airbnb、みんなとんでもない強烈なプラットフォーマーですよね。今のルールでいくらやっても彼らに勝ち目は見えない。来たるべき地殻変動後の未来に、どういう戦略を策定するかという話です。
そういう気構えを秘めながらも日々の仕事はしっかりやり、サブマリンプロジェクトとしてロングタームの仕事もやる。NTT DATA Technology Foresightという柱を据えて先見性を磨き続けるのはとてもいいことです。そして、未来像を描くだけでなく、実際に社内で試作し評価する、それをお客様と共有する。そういう新しい流れをどんどん作ることが大事だと思います。
松下 10年、20年後に向けて、「今これをやらなきゃいけない」という決断を下せるかなんですね。
石井 研究者である我々の場合は「100年先の未来ビジョン」を描きます。地球温暖化のようなグローバルな問題は、自分がこの世を去るまでに解決できるようなレベルの問題ではありません。会社がそういった長期的・全人類的問題に立ち向かうには、組織のカルチャー、価値観を大きく変えていく必要があります。そういう意味で「Foresight」というのは大事なエンジンになるはずです。
自分たちのメリットをだけを考えずに、世界を視野におき、遠い未来まで見通して、企業を舵取りする、そういうリーダーたちが、日本からもっとたくさん出て来て欲しいですね。C&Cのビジョンを提唱した小林宏治(※2)NEC元会長。あるいは、電話しかなかった時代に「次はデータ通信の時代になる」という先見性を持ってNTTデータの礎をつくった北原安定(※3)NTT元副社長。そういうビジョナリーが自分たちの原点なんだとあらためて振り返ることにも意義があると思うのです。
1943年米国生まれの計算機科学者。MIT教授。1985年にMITのジェローム・ウィーズナーとともにMITメディアラボを設立、初代所長に就任した。1992年に創刊した「WIRED」誌に参画。コラム「アトムからビットへ」を連載した。
実業家(1907年-1996年)。日本電気(NEC)社長、会長、名誉会長を歴任。1977年、コンピュータと通信の技術融合の重要性を謳う「C&C」(Computers & Communication)の理念を提唱した。1987年勲一等旭日大綬章。
官僚、技師、実業家。逓信省、電気通信省官僚を経て、電電公社総務理事、技師長、副総裁。元NTT副社長。電話事業の次なる時代のビジネスを模索。世界に先駆けてデータ通信の重要性に着目した。