NTTデータのマーケティングDXメディア『デジマイズム』に掲載されていた記事から、新規事業やデジタルマーケティング、DXに携わるみなさまの課題解決のヒントになる情報を発信します。
NRF 2023:Retail’s Big Showとは
NRF Retail’s Big Showとは、全米小売協会(The National Retail Federation:略称NRF)が年に一度開催する、リテール業界におけるビジョンを発信、議論するカンファレンスです。リテール業界では世界最大級のカンファレンスであり、講演、企業展示ブース、イノベーションラボ(Startup展示ブース)、コンシューマープロダクトショーケースに分かれています。
今回は「BREAK THROUGH」(ブレイクスルー)が共通テーマとして掲げられており、世界中から3万5000人を超える参加者、約1000社の企業の展示ブースが集まりました。
多くの人でにぎわった会場内
※引用:NRF 2023:Retail’s Big Show 公式サイト
NRF 2023:Retail’s Big Show の幕開け
オープニングセッションでは、Walmart U.S.のCEO兼NRF取締役会会長のJohn Furner氏が登壇しました。
John Furner氏は、2022年は多くの困難の中でもリテール業界が顧客の要望に応え続けることで継続的に成長を続けたことを称え、“You know, and I want to leave you with one really important point. This industry is strong. And if we all continue to be open to change, we can achieve so much more.”(ここでひとつ、本当に大切なことをお伝えしたいと思います。この業界は強いのです。そして、私たち全員が変化に対してオープンであり続ければ、もっと多くのことを達成できるのです。)と、2023年がリテール業界の「ブレイクスルー」の年になると感じられる明るいメッセージを発信しました。
オープニングセッションのJohn Furner氏
※引用:NRF 2023:Retail’s Big Show 公式サイト
実際、2022年はパンデミック(オミクロン株)による行動制限の影響で生産や物流が滞る中、戦争と急速なインフレを迎えました。この影響は2023年も続くことが予想されています。
しかし、リテール業界では行動制限によって変わった顧客行動に合わせて、オンラインショッピング、ロイヤルティプログラム、BOPIS、セルフチェックアウト、デリバリーなどの新しいオプションを提供してきました。また、生産拠点を分散させることでサプライチェーンの安定化を図りました。つまり、困難のたびに各企業が「ブレイクスルー」してきたと言えます。
ここで改めて今回のテーマである「ブレイクスルー」について考えます。
「ブレイクスルー」は直訳すると「困難を打ち破る」という意味ですが、私はJohn Furner氏がオープニングセッションでも挙げていた「変化にオープンになる」ことだと考えました。変化を捉え、柔軟に受け入れることです。
今回のNRFでは見たことのない真新しいニュースや技術はありませんでしたが、現在のリテール業界の変化や課題を捉え、すぐに現場で活かすための議論や技術展示が行われていた印象です。
本レポートでは、特に今回のNRFで“変化しているもの”としてよく取り上げられていた「顧客体験のニーズ」について、「シームレス」と「没入感」という2つのキーワードから報告します。
シームレスな便利さを提供することで顧客体験を向上し、顧客満足度を上げる
シームレス=”スムーズな体験(購買)”として、NRF2023で紹介されていた3つのアイディアをご紹介します。
〇手ぶらでお買い物「Amazon Web ServicesのAmazon One」
今回のNRFの展示ではセルフサービス(セルフレジ、自動販売機、無人決済)の展示が出品数も多く、目立ちました。ニューヨークではスーパーマーケットやドラッグストア、ホームセンターでは既にセルフレジが導入されており、多くの人が有人レジではなくセルフレジを利用している状況だったため、この展示の多さにも納得しました。
ディスカウントスーパーのターゲットでセルフレジを使う顧客
特に会場で注目を集めていたのはAmazon Web Services(AWS)のJust Walk Outです。展示ブース内だけでなく、会場の入り口にも設置されており、多くの人が体験していました。これまでのJust Walk OutではAmazonアカウントとの紐づけが必要でしたが、クレジットカードと手のひらの情報を登録するだけで決済できる非接触型の生体認証「Amazon One」が追加されたことで、さらに利便性が向上していました。
左:Amazon goに設置されていたAmazon One登録用の端末
右:ブライアントパークに隣接したAmazon goのゲート(Amazon One対応)
また、Amazon Oneは登録が非常に簡単なため、利用方法を説明するスタッフも必要ありません。これは店舗側の大きな助けになると感じました。
AWSの展示ブース
〇お気に入りのインフルエンサーが紹介するものを購入「LTKのインフルエンサー向け直販プラットフォーム」
インフルエンサー向けの直販プラットフォームを提供するLTKでは、インフルエンサーが着用・紹介しているアイテムをプラットフォームを介して購入できます。
例えばInstagramのインフルエンサーが着用している商品が気になったら、自分で商品を検索して購入する必要があります。正直なところ商品を特定して見つけ出すのは面倒なので、少し気になる程度の商品であれば諦めてしまうことが多いのではないでしょうか?
LTKのブースの様子
LTKではInstagramのようにユーザーの写真が投稿されていますが、写真のメッセージやハッシュタグの下に着用した商品写真が並んでいます。欲しい商品を改めて探す煩わしさがなく、直接欲しい商品を購入するためのリンクが表示されています。
【LTKアプリの画面】
左:Instagramに似た写真ベースの画面
中央:各写真に紐づけられた商品一覧が画像で表示される
右:「今すぐ購入」ボタンを押すと商品提供サイトに遷移できる
2023年3月時点ではリンク先のオンラインサイトで会員登録が必要なため、思い立った時にすぐに購入することが出来ないのが難点ですが、自分と同じ感性を持ったインフルエンサーが選んだ商品を知ることができ、購入する道筋があるため、従来のSNSで良いなと思った商品を購入するよりも便利でスムーズだと感じました。
また、LTKのプラットフォームはインフルエンサーのライフスタイルをフォローしながら、そのライフスタイルに合う商品を購入できる前提のプラットフォームであるため、ユーザーにとってはステルスマーケティングを疑うことなく楽しめ、心地よくスムーズに購入を楽しめるのではないでしょうか。
〇試着のストレスを解消する「Crave RetailのRFID×ディスプレイ」
Crave RetailではRFIDとディスプレイを使ったデジタルフィッティングルームのソリューションを紹介していました。自分が試着したい商品を試着室に持って行き、ハンガーラックにかけるとその商品の情報(サイズ、在庫)が試着室内のディスプレイに表示されます。試着中に他のサイズやその在庫があるかをディスプレイで確認し、店員に持ってきて貰えて、店内に在庫が無い場合はディスプレイからオンラインに注文ができます。
試着室内に設定されているディスプレイ。商品のRFIDタグから読み込んだ情報をもとに商品情報やレコメンドを表示(RFID読み込みは試着室のハンガーラックに搭載)
※引用:Crave Retail 公式サイトhttps://www.craveretail.com/
ディスプレイでは試着した商品と似た商品や、同じ商品を購入した人が購入している商品がレコメンドされ、それらの商品もチェックすることができます。試着してみたけど、サイズが合わないから違うサイズを試したい、他の色が欲しい、他の商品も試したい、と感じたときにスムーズに叶えられるソリューションになっています。
試着したいと思った顧客の気持ちを冷ますことなく自然に購買に繋げられ、リアル店舗の体験がオンラインにもシームレスに繋がっていると感じました。現在、Victoria‘s Secretの一部店舗で導入されているということで、特に試着が面倒な下着であれば親和性は高いと感じました。
Amazon Styleでも似たような体験ができますが、「オンラインで商品を選択⇒店舗で試す」流れで、試着しに行くステップが必要になります。欲しい気持ちが盛り上がった時にすぐ購入に進めないため、Crave Retailのような「欲しい商品を見つけて試着⇒在庫が無かったらオンラインで買う」という流れの方が自然な印象です。痒いところに手が届く、すぐにでも使いたいソリューションでした。
上記の3つのアイディアは日常のちょっとした困りごとや引っかかりを基に、それらを解決するアイディアとして既に利用が始まっています。「シームレス」というキーワード自体は既出ですが、より現実的で消費者にとって使いやすくて嬉しいサービスに落とし込まれているように感じました。(利用前のアカウント登録の手間を省いたり、商品をイチから探す手間を省いたり、試着時の移動を省いたりして、消費者目線で使いやすいサービスになっています。)
これらの「シームレス」な体験の積み重ねが便利で良い体験として顧客の印象に残り、その印象が企業への信頼や納得感になることで、顧客満足度を高めることになるのではないでしょうか。
デジタルが生むブランドや商品への“没入感”
シームレスな体験は便利さを押し出していましたが、よりブランドや商品を知ってもらい、好きになってもらうことでブランドや商品に没入させ、顧客体験を向上する取り組みも見受けられました。これまで「没入感」を提供するソリューションと言うとメタバースが挙げられていましたが、今回のNRF2023ではトーンダウンし、代わりに店内ディスプレイが注目を集めていました。
〇自然で惹きつけられる「デジタルサイネージ」
STRATACACHE社の展示では、プライスレール(商品棚の価格表示部)をディスプレイにした「シェルフエッジディスプレイ」とタッチディスプレイで顧客にレコメンドする商品棚を展示していました。シェルフエッジディスプレイはとても自然な彩度で、今までのプライス表示のようなデジタルさ(ドット表示感)はなく、展示に溶け込んでいました。また、時折変わるシェルフエッジディスプレイの表示に、次はどう変わるのか、何が表示されるのかと惹き込まれました。なお、タッチディスプレイで顧客の好みをヒアリングし、その結果からシェルフエッジディスプレイを使って商品棚にあるおすすめ商品に誘導することもできます。併せて使うことで棚に展示してある商品に惹きつけ、商品の詳しい情報を紹介しながらより深く興味を持ってもらう工夫もできると感じました。
自然に惹きつけるシェルフエッジディスプレイの展示(STRATACACHE)
また、VSBLTY社の展示では冷蔵庫のガラス部分に動画を表示するメディアソリューションを紹介していました。冷蔵庫のガラス部分は動画が終了すると透明になり、通常の冷蔵庫と同様に商品を見ながら選ぶことが可能です。(冷蔵庫と冷凍庫どちらも提供事例があるようです。)STRATACACHEと同様にこちらも高精細で動く広告で、かつ広告後に何事もなかったように透明になるガラス画面に思わず見入ってしまい、次に何が表示されるのかワクワクしました。
左:ブースで展示されていた冷蔵庫。ガラス面に鮮明な動画を表示できる
右:冷凍食品のプロモーションのケーススタディ
右は引用:VSBLTY公式サイトhttps://vsblty.net/
他にも、KEONN社の展示では鏡をタッチディスプレイにしたスマートミラーが展示されていました。鏡部分を触ったところ指紋も付かず、動作もスムーズで大きなスマホを触っているような感覚でした。
鏡をタッチディスプレイにしたスマートミラー(KEONN)
引用:KEONN公式サイトhttps://keonn.com/systems-product/advanmirror/
鏡やガラスは店舗の至る所にあります。そのため、例えば店内の鏡やガラス面の一部を使って広告を表示し、商品に誘導するなど適用できるところは多いのではないでしょうか。今までよりも濃密な情報を店舗に来てくれた消費者に自然に訴えることができ、消費者はより深く知ることでもっと商品を好きになる。店内にいるだけで商品にいつの間にか惹きこまれているような体験を提供することができると感じました。
〇省スペースでも立体感があり印象的「3Dホログラム」
HYPERVSN、GLASS-MEDIA, INC.はそれぞれの展示ブースで立体的で動きのある3Dホログラムを展示していました。どちらの企業も3Dホログラムを4本の羽についているLEDを発光・回転させることで表現しており、限られたスペースでも立体感や臨場感を表現できるため、多くの人の注目を集めていました。
GLASS-MEDIA, INC.は、コートや傘の後ろに雨や雷の3Dホログラムを表示する店内ディスプレイを想定した展示で、利用シーンを顧客に想起させられることをアピールしていました。購入時に利用シーンを想起させられると、利用価値も付加され、「ステキな商品」から「ステキで使い勝手が良い商品」に格上げすることができます。GLASS-MEDIA, INC.の3Dホログラムはディスプレイよりも機器本体が目立たず、自然に没入感のある体験を提供できると感じました。
両社とも4本の羽でホログラムを表示(HYPERVSN:左、GLASS-MEDIA, INC.:右)
今回のNRF2023では店舗内で自然に顧客を引き付けるアイディアが展示されていました。パンデミックが落ち着き、マスクも不要となったアメリカでは顧客が店舗でのショッピングを楽しむ日常が戻りつつあり、オンラインだけでなく店舗での顧客獲得に再度注目が集まっています。店舗が商品の質感を確かめるだけでなく、商品のこだわりや背景を伝えられる場になることで、商品を購入した後の使用時の満足感につながり、顧客体験を向上させられると考えます。
2023年のリテール業界はどうなる?
2023年はインフレを抑えるためのさらなる金利上昇による景気後退が予測されるため、リテール業界に押し寄せる荒波はしばらく続くと考えられます。NRF2023のセッションでは、これらの影響は受ける前提で、多くの企業が「ブレイクスルー」に繋がる「顧客体験のニーズ」を掴むための準備を整えていることを発信していました。
世界最大規模の玩具メーカーMattelの社長兼最高執行責任者であるRichard Dickson氏は「Preparing for the future of retail with Mattel and Shopify」のセッションで下記のように話しています。
“There are indications of where the future is moving. And I think that really boils down to really knowing who you are, what your brand is about your ethos, your manifesto and then really studying your consumer not only their wants and their needs, but ultimately the world that they're living in around them cultural trends and various different ways that you can sort of filter.”(未来がどこに向かっているのかを示す指標はあります。それは、自分が何者なのか、自分のブランドとは何か、自分の倫理観とは何か、自分とは何かを知ることに尽きると思うのです。そして、消費者の欲求やニーズだけでなく、消費者を取り巻く世界や文化的なトレンドなどの多様なフィルターを通して、消費者を研究するのです。)
パンデミックによる顧客行動の変化に対応したリテール業界では、素早く顧客のために多くのオプションを用意しました。現在はオプションから顧客を知るための材料が集まったことで、導き出された「顧客体験のニーズ」を企業やブランドがどう満たすか、どうあれば満たせるのかを改めて見つめ直す段階に入っているのだと思います。
便利でコスパが良いものを好む人がいれば、シンプルでナチュラルを好む人や、企業や商品のストーリーやコンセプト(こだわり)を好む人など、多様な価値観を分析し、企業やブランドが顧客に表現できる手段も広がりました。2023年以降は企業が再構築したブランドや商品を今ある技術や新しい技術を通して発信し、それらの技術で顧客はより「シームレス」にそのブランドや商品に「没入」していくことで、企業と顧客のエンゲージメントが高まっていく、企業と顧客双方がブランドや商品の価値を再発見する年になるのではないでしょうか。