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世界で低い日本のウェルビーイング実感
「ウェルビーイング(Well-Being)」とは肉体的、精神的、社会的に満たされた状態にあることを意味する概念。しかし、明確には定義されていない。ウェルビーイング研究の第一人者であり、予防医学研究者の石川善樹氏は、「平たく日本語で言うと『良い状態』を意味し、定義は各人がするものです。『being』となっていることから、良い状態が時々刻々と変化していくものであると捉えてください」と説明する。
一方、ウェルビーイングの測定方法は標準化されている。本人に自分の生活や人生を自己評価してもらうことで測定する。
財団法人 Well-being for Planet Earth 代表理事
石川 善樹 氏
「ウェルビーイングとは外部からの観察が難しく、本人にしかわからないものです。そのため自己評価や自己解答というやり方で測定します」(石川氏)
2021年は日本におけるウェルビーイング元年だった。政府の骨太の方針でウェルビーイングに関するKPIが設定され、成長戦略の中にも「一人一人の国民が結果的にWell-beingを実感できる社会の実現を目指す」という文言が刻まれた。これを受けて内閣府では具体的な指標群となるウェルビーイング・ダッシュボードを作成。さらに、地方行政やビジネスの世界においても、ウェルビーイングが大きなキーワードとなっている。
石川氏は、「ウェルビーイング実感の測定は『今の生活』と『5年後の生活』の満足度をたずねる質問を組み合わせて行います」と語る。
2006年から行われている世界150カ国のウェルビーイング実感を調査したデータによると、「今の生活」に対して評価が高いのは北欧諸国やスイスで、1位のフィンランドは10点満点中の平均が7.78だった。一方で日本の評価は5.9に留まっている。また、「5年後の生活」に対して評価が高いのはウズベキスタン、ジャマイカ、ブラジルなどで平均が8以上となった。
図1:ウェルビーイング実感(世界/アジアランキング 2019年)
ウェルビーイングに関する各指標における日本のランキングを見ていくと、平均寿命や健康寿命は1位2位を占めている一方で、生活に対する評価は低い。現在の人生満足度は61位、5年後の人生満足度は122位という結果から、日本では将来の生活に対する希望が世界の中でも低いことがわかる。
図2:世界における日本のランキング(各種指標)
何がウェルビーイングな状態かは、文化や人によって異なる
では、ウェルビーイングの状態にある人にはどのような傾向があるのか。石川氏は文化心理学の考え方をふまえ、世界の文化圏を大きく4つにわけて、それぞれがどういう刺激を好むのかを説明した。
「例えば、アメリカは強いポジティブな刺激を好み、自己肯定感が高い傾向があります。一方、プロテスタントが多い北欧の国々は弱いポジティブな刺激を好みます。北欧の“ヒュッゲ”のようなイメージです。また、イスラム文化圏の中東は強いネガティブな刺激が好まれます。ネガティブを乗り越えることで死後天国に行けるという発想です。日本は詫び寂びに代表されるように、どちらかというと弱いネガティブを好む文化です。このように文化圏によってもウェルビーイングな状態は異なると言えます」(石川氏)
図3:文化圏による好みの刺激の違い
また、幸福感を感じる人たちの共通点を調べた海外の研究によると、自分は幸せだと感じる人々には「良い友達がいる」という共通点があったという。お金がある、学歴が高いといった条件よりも、苦しいときに手を差し伸べてくれる友達がいるという感覚がある人のほうが、ウェルビーイングな状態であると言える。
こうした「ウェルビーイングとは何か」「誰が、いつウェルビーイングなのか」を研究する時代を経て、近年のウェルビーイングの研究では、脳の最適な情報処理方法からウェルビーイングな状態を捉える研究が行われている。
こうした中で、今後ウェルビーイングのサービスやテクノロジーを開発するにあたっては、次の2つのアプローチが起こると石川氏は語る。
「これまでのようにデータや人の行動からパターンを見つけてサービスに落とし込むアプローチと、脳科学の原理や理論からテクノロジーと結びついてイノベーションにつなげていくアプローチが期待できます。今後はウェルビーイングのテクノロジーイノベーションが起こっていくと思います」(石川氏)
図4:ウェルビーイングのサービス開発のパターン
NTTデータが取り組む食×ウェルビーイングの事例
現在、NTTデータでもウェルビーイングに関する取り組みに力を入れている。NTTデータ 食品・飲料・CPG事業部長の三竹瑞穂は、食を通したウェルビーイングについて取り組む事例を紹介した。
食品・飲料・CPG事業部長
三竹 瑞穂
その1つが、農林水産省が実施し、NTTが参画している宇宙食のQOLを高めるための研究プロジェクト「食の支援ソリューション開発」だ。「将来、当たり前のように民間人が宇宙へ行くようになったら、地上での日常に近い食事体験が宇宙でも求められるでしょう。宇宙という少ない資源の中で食を通して心身の満足度を高め、ウェルビーイングにつなげていくための研究を現在行っています」と三竹。
図5:食の支援ソリューション開発事例
また、NTTデータでは食品メーカーと一緒に、食の体験を通して生活者のウェルビーイングを実現していくために、データをもとに食と満足度の関係性を紐解き、社会実装を目指すプロジェクトにも取り組んでいる。食を楽しみながら健康になることに貢献する考えだ。
図6:ウェルビーイング×食の取り組み事例
AIでユーザー特性を把握し、体験価値向上につながる施策を提案
ウェルビーイングとITを結びつけることでどのような可能性が広がるのか。NTTデータ 技術革新統括本部の野村雄司は、「ウェルビーイングとITを掛けあわせることは、ビジネスを成長させる鍵となります」と語る。
技術革新統括本部
野村 雄司
「これまでは自社従業員のウェルビーイング向上を掲げる企業が多かったですが、今はお客様を含む生活者全体のウェルビーイングを向上させることが企業にとっても重要になっています。生活者のウェルビーイングを向上させる新しいビジネスモデルを実現することは、企業価値を向上させる大きなチャンスと言えます」(野村)
では、具体的に企業がITを活用してウェルビーイング向上を支援するためにはどうすればいいのか。その1つとしてNTTデータは、ユーザー行動データをもとにユーザー理解技術によって属性や特性を理解するソリューションを提供している。結果をもとにユーザーに適した施策やアクションを提示し、その施策によってユーザーのウェルビーイングがどうなったかという効果測定を行う。結果をフィードバックすることで、持続的なウェルビーイング支援を行うことができる。
「例えば、Twitterデータからユーザーの趣味はキャンプと子どもと遊ぶことだとわかったら、週末のおすすめの行動としてグランピングができる施設の提案や、公園での過ごし方などを提案することができます」(野村)
図7:ウェルビーイングをITで支援する
こうしたユーザー理解技術にはNTTデータの自然言語処理技術が用いられている。投稿されたテキストや画像などのデータからユーザーの性格、価値観、趣味嗜好、心理的な特性などを把握。近年は意味を捉えた推定もできるようになってきたという。これによって、企業は単に物を売るだけでなく、従来とは異なる新しい体験を生活者に提供することが可能になる。
図8:目指すウェルビーイング支援
ウェルビーイングは企業が取り組む必須条件
企業にとってウェルビーイングに取り組むことはどのような意義があるのだろうか。石川氏は「もはや、あらゆる産業でウェルビーイングは必須条件となっている」と語る。
「特にここ数年、ウェルビーイングは「従業員」だけでなく、「ステークホルダー」のウェルビーイングを大事にしようという経営マターになってきました。さらにこれからは、あらゆる産業でWX(ウェルビーイング・トランスフォーメーション)を求められるようになりました。企業にとってDXやSXはもはや当たり前になってきた今、これからは、お客様のウェルビーイングに貢献することが企業の差別化の焦点となっていくでしょう」(石川氏)
これに対してNTTデータの三竹は、「社会構造が変わり、デジタル技術が進化していく中で変革を起こしていくためには、会社の存在意義を再定義することが重要です。そのうえで、何をすべきかを考えていかなくてはなりません」と語る。
ITはあくまでも手段であり、企業はそれを使って何をなすのかという本来の目的をしっかりと捉えることが重要だ。ITを活用してお客様のウェルビーイングを支援していくことが、ビジネスの差別化につながるのだ。
また、企業がウェルビーイングに取り組むうえで、ITやAI技術の活用は不可欠だ。
シリコンバレーのIT業界では、これまではお客様の時間やアテンションを奪い合うことが競争の軸だった。しかし、今ではデジタルを通してウェルビーイングに貢献できているかどうかが競争の軸になってきているという。
その一例として、石川氏はアルファベット社のCEO サンダー・ピチャイ氏と交わした話を紹介した。
「どのように未来に対する責任を果たしていくかという問いかけに対して、彼は『これからもっと力を入れなければならないのは、サステナビリティとウェルビーイングへの貢献だ』と語っていました。ウェルビーイングに取り組むためにはITの活用は必要不可欠であると言えるでしょう」(石川氏)
複数の選択から自分で選ぶことが大事
ウェルビーイングに取り組むうえでもう1つ欠かせないポイントが、「選択肢」と「自己決定権」があることだ。石川氏は「ウェルビーイングの感じ方は主観であるため、複数の適切な選択肢の中から自己決定することが必須のプロセスです」と語る。
「理想的な選択肢の数や内容は人によって異なります。3個の選択肢から選びたい人もいれば、100個の選択肢から選びたい人もいる。こうしたユーザーの理解に貢献できるのがITだと思います」(石川氏)
これに対して野村は、「食事を提案するにしても、ダイエット中の人やフェアトレード商品を買いたい人もいる。こうしたユーザーの特性や行動をふまえて選択肢を提案する部分はAIが担うべきところです。個人にあった選択肢を提案することに加えて、自己決定をする際に『こういう傾向があるからこれをすすめています』と根拠を提示できれば、納得感のある決定ができ、ウェルビーイングにもつながると思います」と述べた。
もはや経営や事業変革/創造において欠かすことのできない要素となっているウェルビーイング。今後、NTTデータはウェルビーイングで新たな価値創造を目指す企業のパートナーとして、ITやAIソリューションを提供していく。
本記事は、2023年1月24日、25日に開催されたNTT DATA Innovation Conference 2023での講演をもとに構成しています。