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2025.11.18

新規事業を動かす“対境担当者”という存在

新しい挑戦を始めようとしても、なぜか現場が動かない-そんな経験はありませんか?
その背後には、実は「境界」が存在します。
企画と現場、戦略と実行、その狭間をつなぐ“対境担当者”の存在が、組織を前に進める鍵です。
本コラムでは、多くの新規事業に携わってきた“若林 亮”が、その役割と実践のヒントを、研究と実務の両面から紐解きます。
目次

はじめに

NTTデータの新規事業開発伴走支援チーム「IDA(Innovation Design & Acceleration)」の若林 亮と申します。今回が初めてのコラム投稿となります。どうぞよろしくお願いいたします。
簡単に自己紹介をしますと、これまでコンサルティングファームや事業会社などで、プロジェクト推進や事業開発の支援を行い、直近ではSaaSプロダクトを提供する企業で、金融機関向けのソリューション営業を担当していました。
今まで、コンサルタントやプロジェクトマネジャーとして多くの新規事業に携わる中で、私は常に「なぜ、動くチームと動かないチームがあるのか」という問いを感じてきました。その問いをもう少し深く理解したいと思い、直近通っていた大学院では“対境担当者”としての振る舞いに関する研究にも取り組みました。
今日は、その研究と実務の両方の視点から、対境担当者という役割にフォーカスしてお話ししたいと思います。

「現場が動かない」その裏にある“境界”

例えば、皆さんが企画側の立場だったとします。新しい取り組みを進めようとしたとき、こんな経験はないでしょうか。

「新しい施策を立ち上げたいのに、現場がなかなか動いてくれない。」

方針は理解してもらっているはずなのに、どこか温度差がある。説明会で背景を丁寧に話しても、「それ、現場ではちょっと難しいんですよね」と返される。この“ちょっとしたすれ違い”が、気づけばプロジェクト全体を止めてしまうことがあります。
でも、これは単にやる気がないという話ではありません。実はその裏には、“境界”があるのです。

たとえば、企画と現場、戦略と実行、全体最適と個別最適。もしかしたら、上司と部下の関係にもこの境界は存在します。

この境界があることで、すれ違いが生まれ、物事が前に進まなくなる。では、境界をまたぎ、突破していくにはどうすればよいのか。そこには「翻訳」という作業が必要になります。

翻訳とは何か-境界を越えるための行為

ここで言う翻訳とは、単に言葉を置き換えることではなく、相手の立場や前提に合わせて意味を再構築することです。つまり、境界の両側にある異なる文脈をつなぐ行為です。
たとえば、企画側が「顧客のLTVを高めたい」と言っても、現場からすれば「それで明日、どんな提案をすればいいのか」が分からない。
逆に、現場が「顧客はスピードを求めている」と言っても、企画側がその言葉を経営判断の文脈に翻訳できなければ、戦略にはつながりません。
翻訳とは、境界をまたいで異なる世界・組織・立場の言葉を通訳すること。そして、その翻訳を担うのが「対境担当者」と呼ばれる人たちです。ここで少し、この対境担当者という存在を整理してみましょう。

対境担当者とは

少し学術的な整理になりますが、対境担当者(英語では Boundary Spanner)とは、もともとAldrich(1977)が提唱した概念です。組織の“境界”に立ち、外部と接点を持ちながら情報や資源をやり取りする役割を担う人を指します。単なる情報の仲介者ではなく、組織の代表として外部と関わり、自社の価値観や考え方を伝える存在でもあります。
その後複数の研究者が対境担当者についての研究を進め、それぞれに性質や能力について定義していますが、私自身は、対境担当者を「組織の境界に立ち、内と外をつなぎながら、新しい価値を生み出す起点となる存在」と捉えています。

優れた対境担当者は複数の能力や資質を持ちますが、特に重要なのは、情報の取捨選択と翻訳の能力です。つまり、外から得た多様な情報を整理し、組織内に伝わる形で届ける力とも言えます。
Aldrich(1977)は、対境担当者が外部の情報を精査・選別し、要約や保留の判断を加えた上で組織内に伝達する、高度な情報処理能力を求められると指摘しています。また、Tushman(1981)は、彼らが外部の不確実性を吸収し、組織が理解できる形に変換する翻訳者として機能すると整理しています。

翻訳が力を発揮する場面

翻訳の重要性が際立つのは、特に「新しいこと」に取り組む瞬間です。
新規事業のように、正解がなく不確実性の高い領域では、立場ごとに見えている景色がまったく違います。
企画部門は市場データや仮説を基に未来を描き、現場は目の前の顧客との信頼関係を基に現実を見ています。どちらかが正しいわけではなく、両方を理解して初めて前に進める。対境担当者は、この異なる視座をつなぎ、双方が納得できる「共通言語」を作り出します。

たとえば、ある営業企画プロジェクトで、現場が新サービスの導入に慎重だったとします。
そのときに、単に「方針だからやってほしい」と伝えるのではなく、「この施策が現場の提案活動にどう役立つのか」「顧客との関係構築にどう寄与するのか」を現場の言葉で伝える。
この“文脈の翻訳”ができるかどうかで、プロジェクトの推進力は大きく変わります。

境界の翻訳が難しい理由

とはいえ、実際にこの「翻訳」を行うのは簡単ではありません。なぜなら、どちらの立場の論理も理解し、どちらにも信頼される必要があるからです。
企画側の戦略を理解しつつ、現場のリアルを共感を持って聞く。
一方に寄りすぎれば「現場の味方」、もう一方に寄りすぎれば「机上の空論」と見なされる。
このバランスを保つのが、対境担当者の最大の難しさです。

また、翻訳の成果は数字や成果指標に現れにくい側面があります。
「場を整える」「納得を作る」といった、見えにくい成果を積み重ねる仕事です。だからこそ評価されにくいのですが、この翻訳を怠ると、組織は静かに分断されてしまいます。

組織として対境担当者を機能させるために

対境担当者は特定の職種ではなく、状況によって誰もが担う役割です。だからこそ、個人の力量だけに頼らず、組織としてこの役割を“意識的に機能させる”設計が必要です。
そのためのポイントを三つ挙げてみます。

  • 1.境界を意識的に可視化すること
    まず、どこに境界があるのかをチームで共有すること。
    企画と営業、技術とビジネス、社内と社外。
    摩擦や遅延が生じている場所こそ、翻訳が必要な“境界領域”です。
    境界を見える化するだけでも、組織の動き方が変わります。
  • 2.境界に立つ人を支援・評価すること
    対境担当者の仕事は「成果をつくる前の成果」-すなわち、合意形成や関係構築といった“見えない成果”を生み出します。この貢献を評価軸に組み込むことが、組織の持続的な協働を支える鍵です。
  • 3.境界を越える対話の場を設計すること
    最後に、個人の努力だけに頼らず、構造的に境界を越える仕組みをつくること。
    部門横断の会議やPoC推進のハブ、顧客と開発の共同検討会など-境界での翻訳が自然に生まれる「場」を設計することが重要です。
    対境担当者は、偶然の存在ではなく、意図的に支援すべき“組織の機能”です。
    その存在を意識化し、仕組みとして動かすことができたとき、組織は初めて、境界を超えて一つの方向に進み始めます。

さいごに

今回のコラムで初めて「対境担当者」という言葉を知った方も多いかもしれません。
実はこの役割は、どの組織にも存在しています。
特別な肩書きを持つわけではありませんが、日々の中で境界をつなぎ、人と人、部署と部署の間で“意味を翻訳する”役割を担っている人が、必ずいます。
しかし、その存在はあまり意識されず、評価もされにくいのが現実です。
だからこそ、意識的にこの役割に目を向けることが、組織をしなやかに動かす第一歩になります。
これから新規事業や変革に取り組まれる際には、
「このプロジェクトの対境担当者は誰だろう?」
あるいは「自分自身がその橋渡しを担えるか?」
そんな視点を持って進めてみることをおすすめします。

境界を越えて翻訳する人がいることで、組織は分断ではなく協働へと進み、新しい価値が生まれていきます。

NTTデータの新規事業創発支援(IDA)についてはこちら:
https://www.nttdata.com/jp/ja/lineup/ida-bizdev/

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