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2023年1月18日展望を知る

企業と消費者がつながる真のマーケティング。特別な感動体験を生み出す「メカニズム」とは

テクノロジーの発展により、あらゆる業界で新たな潮流が生まれる一方、急速な変化に伴う課題も生じています。その両極にはどんな景色が広がっているのでしょうか。各界の有識者とNTTデータのエバンジェリストが、各種の産業の将来を見通す対談シリーズ「未来予測2sides」。視点の異なる二人が意見を交わし、ポジティブとネガティブ、両方の未来シナリオを描きます。今回はそのシリーズ第2弾。小売業界の未来を占います。
目次

顧客を知る──。その重要性は古くから説かれてきたが、消費者の行動やニーズが多様化する今、顧客像を正しく捉え、その期待に応えられているだろうか。マーケターとしてP&Gを皮切りに数々の企業で顧客と向き合ってきたStrategy Partners 社長の西口一希氏と、NTTデータで小売市場の新たな姿を描く神山肇氏。両者の対談から、小売業界の本質的な課題と解決の方向性を探る。

──まずは小売業界の現状について、お二人の認識をお聞かせください。

神山マーケティングの観点では、「個」を知ろうとする活動が顕著で、マーケターの目線はマスからセグメント、そしてOne to Oneへと細分化してきていると思います。

それを支えるのがデジタルテクノロジーで、オンラインのみならずリアルな店舗においても、POSやAI、映像解析といった技術を組み合わせることで、顧客の嗜好性や属性をより的確に捉え、個に合わせたプロモーションを打つようになっている。小売業界でもDXは必要不可欠な取り組みになっています。

一方で、的を射ないDXも見受けられます。DXの目的をしっかり見定めないままでは、どうしても店舗の効率化など、視点が消費者にあたっていない内向きの取り組みになりがちです。消費者に視点をあてることが大切です。

Strategy Partners 社長 西口 一希 氏

NTTデータのエンジェルファンドを活用した新規事業の立ち上げ経験をきっかけに、これまで環境・エネルギー、人材派遣、電気自動車、スマートシティ、メディア領域での事業を創出。現在は小売業を中心に市場の新たな絵姿(Foresight)を描くための取り組みを推進。

西口そうですよね。私は小売業者の経営幹部からも相談を受けますが、特にこの1年は、「DXを進めたい」という話が増えました。でも、話を聞いてみると、目的がよくわかっていないことが多い。DXは、まだ定義が曖昧なバズワードの状態なのだと感じます。

そこで提案したいのが、小売業界におけるDXの目的を3つに分けること。これならわかりやすくなります。

ITサービス・ペイメント事業本部 SDDX事業部 サービスデザイン統括部 デジタルエクスペリエンス担当 神山 肇

1つ目は、業務のDX。ビジネスのオペレーションをデジタル化することによる、単純に言うとコストダウンが目的です。ムリ、ムダ、ムラをデジタル化でできるだけ排除する。

ハンコをやめて電子契約にするとか、電話だけでなくチャットも使うとか、要するにデジタルの力で効率化することで時間を短縮し、人の介在を少なくしてコストを抑える。これが基本だと思います。

2つ目が、事業のDX。それまで物理的な世界で販売していたモノやサービスを、デジタルを通じて提供する営みです。単純な例としては、店頭で売っているモノをECでも売るようなこと。ソフトウェアも、以前はパッケージを買いに行ったものですが、今はダウンロードできるようになりましたよね。

3つ目は「夢想のDX」と呼んでいます。物理的な世界だけでは存在し得なかったが、デジタルを介することで実現可能になったビジネスです。例えばSNSは、もともと無料の井戸端会議ですよね。

それがだんだん、デジタルによって自分の趣味趣向と合う人と全世界でつながり、そこに価値を感じるように。その結果、広告出稿や課金ビジネスへと発展しました。フォートナイトのような没入型オンラインゲームも、デジタルがあるからこそ実現したビジネスの一つです。

──3つのカテゴリーは全然違うものですね。

西口ですから、必要とされる能力も違います。まず業務のDXは当たり前で、事業のDXをやり切った上で、夢想DXへと進むのが順当なスキルセットだと考えています。

ところが、基本である業務DXもまだ十分でないのに、高い次元へ進もうとしている企業が散見されます。まだ不必要なハンコを押させているのに、経営者が夢想DXのようなことを期待しながら「DXだ!」と言うので、社員もシステムベンダーも混乱するわけです。

神山業務、事業、夢想という考え方はわかりやすいですね。現状はどこで、これから目指すのはどこなのかを整理した上で話を進めることが大切だと私も思います。

そのときに意識したいのが、消費者が求める2つの潮流です。

業務や事業のDXは、チェーンストアマネジメントの世界であって、効率化や合理化を主軸とするもの。これをNTTデータでは「FASTモデル」と呼んでいます。

一方で、消費者の精神的な側面に着目するのが「SLOWモデル」です。心の豊かさを感じたり、消費者同士のコミュニケーションを生み出したりする場面を作ろうという視点です。

「夢想」に近い世界かもしれませんね。私たちは「スローリテール」によって、消費者のロイヤリティを向上し、マーケティングの重要な指標であるLife Time Value(LTV)(※)の最大化を実現しようという提案をしています。

神山FASTモデルでは商材が画一化されるので、消費者が多様化して求めるものも多種多様になってきた中でも、一人ひとりに合わせられない。とはいえ、SLOWモデルだけでは生産や消費活動は成り立ちません。それぞれを追求する2つの潮流が両立していくことになるしょう。

(※)LTV

顧客の生涯価値。SLOWモデルでは「購入単価」「来店頻度」「継続期間」を構成要素としている。

──スローリテールでは小売業者と消費者、あるいは消費者同士の関係をどのように築くかが問われそうです。

神山古いマーケティングの概念では、企業は消費者に対してどのように情報を与えるかという視点でした。それが今はSNSの浸透などによって、B2Cの一方通行な情報流通ではなくC2Cへ、つまり消費者のコミュニティの中で情報が生まれて流通するようになりました。

消費者コミュニティの中で、商品や企業のイメージをどう持ってもらうかがとても重要になってきます。つまり、これまでにない言い方をすれば「B with C2C」を目指すのです。

西口小売業界に限らず、事業者側が発信するメッセージの効果は、この10年で確実に落ちてきましたね。少なくとも30代までの消費者には、事業者側の発信が効かなくなってきたと思います。

ところが、B with C2Cにどんな情報を流せばいいのかはわかっていない。結局、事業者側の椅子に座っていたのではわからないのです。だから顧客との会話や購買行動を紐解いて、顧客に価値をもたらす情報や経験、商品を提案していくことが大切。明らかに顧客が求めているものを「提供する」だけではなくて、顧客を理解した上で「提案する」のです。

例えばアパレルだと、セレクトショップの優秀な店員はC(顧客)目線です。いやC(顧客)そのものなのです。売り手の前に自分自身が顧客なのです。だから、とにかく楽しく熱意持って商品の良さを話すし、SNSも個人で運用する。自分のスタイルを持ちながらも、顧客の目線でファッションを語り、スタイルを提案しています。

C2Cのコミュニティの中に入るのではなく、売り手側がC自身になるくらいでなければ、コミュニティに対するアプローチは見つからないし、考えたところで絵空事でしかなく響かないでしょう。

──自分たちが大好きだから売っていて、その大好きを語れる状態にならないとCtoCコミュニティには入っていけない、と。

西口「大好きなフリ」「顧客を理解しているフリ」では、今のデジタルのコミュニティにはあっという間に見透かされてしまうでしょうね。

──ここまではSLOWへの道の険しさについて伺いました。SLOWとFASTは両立していくことになるとのことですが、一方のFASTにはどのような課題があるのでしょうか。

西口FASTは生活を支えてくれている重要な存在であり、今後もなくなることはないでしょう。しかし、日本においては人口減少の影響が深刻です。

売上を分解すると、「一定期間の顧客数×購買頻度×単価」です。昭和の時代には人口が増えていたので、どんどん作って、どんどん安く提供して、店舗も増やせばよかった。ところが、今は産業の主たる消費者の人口が減ってしまったので、同じ戦略のままではパイの奪い合いになってしまい、収益性が低下して経営は厳しくなってきました。

そこで顧客視点で他社との差別化を図るべきなのですが、残念ながら多くの企業は自社の商品をなぜ、顧客が買っているかを正確に理解できていません。

これまで何百社もの相談を受けてきましたが、「顧客は一種類」だと思っていることが珍しくないのです。分析してみると、何年間も注力してきた施策や、重要だと思っていた品揃えが、実は意味がなかったというケースも少なくありません。

ピーター・ドラッカーの言うように、顧客が何を買っているかを知ることが一番難しい。しかし、LTVでのランキングを分析して顧客が買っているモノや頻度を見ていけば、自社がなんのために存在しているかが明らかになります。デジタルを使えばできるのに、していない。

一方で、新客を集めるのには熱心で、チラシを配ったり目玉商品を置いたり、面倒な施策をたくさん行います。ところが集まる新客というのは、ロイヤリティが低くて翌月には来てくれないことが多い。しかも、本当は大事にしなければいけないロイヤルユーザーは、キャンペーンの混雑を避けて離れてしまう。こんなことを繰り返しているのです。

──どの道も易しくないことはよくわかりました。一方で、小売業界での明るい兆しといいますか、良策はどのようなことでしょうか。

神山先ほど情報流通がC2Cに移っていると話しましたが、モノやサービスの購買についてもC2Cで経済圏が生まれ、大きくなってきています。C2C経済圏は、コミュニティだと言い換えてもいいでしょう。

そこで求められるコンテンツは、心を動かすような特別な体験だと思っています。例えば飲食店の常連客は、店主や他の客との会話を楽しみにしていることも多いですよね。

西口昔の個人商店では、主人自身がユーザーであって、モノの良さを実感しており、熱意を込めて説明していた。そして、そこにお客さんも集まっていました。

神山そんな体験を作れれば、新たな経済圏を取り込むチャンスです。

NTTデータでは、C2Cのコミュニケーションと企業が共生するための「C2Cコマースプラットフォーム」というサービスを準備しています。

端的に言えば、クリエイターエコノミーを支援するものです。例えばアパレルなら、これまでのインフルエンサーたちはInstagramやYouTubeに動画をアップしても、マネタイズに結び付いていませんでした。そこで、インフルエンサーがオンライン上に自分のセレクトショップを持ち、マネタイズできるような仕組みを考えたのです。

──具体的には、どのような仕組みですか。

神山インフルエンサーが披露したコーディネートを気に入ってくれたユーザーが、その場で商品を購入できる仕組みです。

これはアパレルブランド側にも利点があって、アウトレットに流す前に、適正価格で消費者に届ける機会が増えます。また、インフルエンサーが商材をPRしてくれるので、商品の価値だけでなく、誰が着ているのかという価値を加えることができます。実際に紹介してみたところ好評で、まずやってみたいと前向きな反応を得ています。

西口売る側からすると露出が一気に増えますし、買う側にとっては出会いの確率が圧倒的に増えますね。世の中では情報の非対称性が極大化されているので、自分にとって本当にいい服を見つけられない人がたくさんいます。そんな人にとっても朗報だと思います。

商品だけでなく、サービスや体験にも展開できそうですね。例えば素敵なホテルに泊まったときにSNSへ投稿したら、それを見たファンがその場で予約するような。

神山そうですね。地域のプライベートブランドづくりにも役立てるかもしれません。

そのためには、商品やサービスとの出会いから決済まで、できるだけ障壁を取り払って、本当に好きなタイミングでストレスなく購入できるようなプラットフォームが理想的で、生産や流通、さらには消費者も巻き込んだ仕組みも整えなければなりません。

ITの側面だけでなく、人やコミュニティとの協調も不可欠です。小売業界の課題やチャンスを前に、NTTデータとしても求められる役割やビジネスが変わりつつあることを実感しているところです。

制作:NewsPicks Brand Design
執筆:加藤学宏
撮影:竹井俊晴
デザイン:zukku
取材・編集:木村剛士

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