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大きな会社を辞めて、小さな会社を自分で作って、見えてきたもの【ベイジ 枌谷力対談/後編】

NTTデータ卒業生を招き、当時の思い出や現在の想いを率直に語り合ってもらう本企画。前回に引き続き、BtoBに強いWeb制作会社である株式会社ベイジ代表の枌谷力氏と、人事本部 人事統括部長 森田賢二との対談をお届けします。前編では、鋭い分析力やコンテンツ発信力で知られる枌谷氏の新人時代の話や、Webデザインという「強み」に出会うまでの話を伺いました。後編となる今回はNTTデータ退職後の話を中心に、マネジメントのあり方や外部から見たNTTデータについて語り合います。

目次

スモールビジネスの立場から見たNTTデータ

森田 枌谷さんはNTTデータを退職後、広告制作会社に転職、Webデザイナーになりましたね。その後、独立してフリーランスになり、株式会社ベイジを設立されました。ベイジは「BtoBに強い制作会社」を謳っていますが、なぜ、BtoBに注目したのですか?

枌谷 市場定義は、マーケティング戦略の基本ですね。Web制作は90年代から存在する成熟した市場で、日本国内にWeb制作会社は1~2万社あると言われています。その中で「新しいWeb制作会社です」と新規参入しても、市場の中でプレゼンスを示せないですよね。だから何かの特徴づけをしなければいけない。この観点で私が特に影響を受けているのが、ブランドの大家、デイヴィッド・A・アーカー教授の『カテゴリー・イノベーション』なのですが、2011年にこれを読み、自社がリーダーになれるサブカテゴリーを発明しないといけない、と自然に思うようになりました。

その中で、「BtoB×Web制作」というのが、市場規模も大きく、競合もほとんどおらず、自分自身も興味関心があって、とても良い市場だと考えるようになりました。こういう分野を見つけるのは、マーケティングの楽しさでもありますね。どのエリアが空いているかを観察し、その先に起こることを予測し、そこに駒を進めて、自社に有利な戦況を作り出す。そんな活動の一環ですね。

森田 フリーランスとして独立したのが2007年、ベイジを設立したのが2010年ですよね。それぞれリーマン・ショック、東日本大震災の直前ですが、影響はありましたか?

枌谷 それが、まったくと言っていいほど影響はありませんでした。それは何か戦略的な工夫があったとかではなく、単にスモールビジネスであることが功を奏して、運が良かったのだと思います。数人の売上さえ確保すれば維持できる会社でしたから、多少の大波が来ても、のらりくらりとなんとかやれるものなんですよ。あとは、景気の影響を受けやすい広告業界とは距離を置いて活動していたことも大きかったかもしれませんね。

森田 なるほど。枌谷さんは独立後にNTTデータとも仕事をしていますが、外から見たNTTデータはどうでしたか?

枌谷 NTTデータに対して自分から売り込んだことなかったのですが、デザイン思考のワークショップでNTTデータの方と知り合い、その流れで仕事をするようになりました。外からというか、NTTデータ在籍時代は産業分野でしか仕事をしていなかったので、特に公共系プロジェクト特有の難しさは色々と痛感しました。一方、社員として働いても外部パートナーとして一緒に仕事をしても変わらず感じるのは、人の充実ぶりですね。基礎的な学力は当然のことながら、論理的思考力、言語化能力、学習能力など、ビジネスパーソンとしての基礎スキルが高い人ばかりなのは改めて感じました。

森田 私から見ても、NTTデータには素直で吸収力のある人が多いと感じます。NTTデータの良いところは、社員から上がってきた提案をしっかりと聞くということです。一時期は社内ベンチャー制度もありました。

枌谷 NTTデータの社内ベンチャー制度というのは、ある種恵まれた環境と言えますよね。ベンチャー企業で最初に大きな壁として立ちはだかるのがPFM(プロダクト・マーケット・フィット)や顧客獲得だと思うのですが、企画内容によっては、NTTグループを初期のターゲット市場としてビジネスをスタートさせて、安定した収益源を確保したままサービスを成長させていくこともできますよね。

ただ、今はベンチャーで働きたい人は普通ベンチャー企業に行くはずで、NTTデータの社内ベンチャー制度を使って起業するのが本当にいいのかは、一概には言えないでしょうけど…

森田 そのとおりで、リソースがあるので新しいことに挑戦しやすい環境はあります。一方、ご自身で起業した枌谷さんからは、NTTデータが改善すべき点なども見えていると思うのですが、率直にいかがでしょうか。

枌谷 NTTデータの全員がそうだとは言いませんが、リソースの生産性向上への意識がもっとあってもいいと思いますね。打ち合わせなら、趣旨と目的、ゴールを添えて打診する、30分や1時間で確実に終わらせる、資料は事前展開する、報告は最小限に議論に時間を使う、必要最小限のメンバーで構成する、今決めるべきことは今決める、みたいなことですね。

こういうことは、文書作成、社内業務など多岐に渡りますが、効率よく仕事をするためのビジネスパーソンの基本を現場であまり教えてないように感じるのは、気になりますね。不合理な仕事の進め方はストレスの元になりやすいので、気持ち良い労働環境を作るという観点からも、もっと意識を高めてもいいように思います。

森田 耳が痛い話です(笑)。私も、生産性の観点で当社もまだまだ課題が多いと感じています。よくある悪い例として、ちょっとした情報が足りないことで、その打ち合わせで結論を出せず、来週の打ち合わせに持ち越されてしまうようなことがあります。予め少しだけ考えれば、その情報を用意して打合せに臨むことはできたはずなのに。そして、そのことにみんなショックを受けていない。それではいけないなと。少数精鋭のベイジと組織規模が大きいNTTデータ、どちらも基本動作や生産性向上の意識は本当に大切ですよね。

ちなみに組織規模といえば、枌谷さんは組織の拡大は考えていませんか?

枌谷 良い人と出会えて自然に拡大すればそれでいい、くらいの気持ちでいます。ベイジのビジネスは労働集約的で、人が多いほど売上が上がるという構造ではありますが、売上拡大を目指して無理に人を増やすことは考えていません。その一方で、労働集約型の限界を超えたいとは考えており、例えば法人向けの教育事業など、人を増やさなくてもビジネスが成長するようなアイデアのいくつかは考えています。新型コロナウイルスの影響で、やりたかったことの多くが止まりましたが。

コロナ禍とリモートワークにおけるマネジメント

森田 先ほど大手企業と中小企業の違いが話に上がりました。ベイジにおいて、枌谷さんがマネジメントするにあたり意識していることはありますか?

枌谷 なるべく社員の自主性を活かしたいとは考えています。ティール組織というほどでもないですが、「いかにマネジメントせずにマネジメントするか」が最近の一つの大きなテーマですね。大きな会社でも管理しすぎて失敗したという事例は多くあると思いますが、それは小さな会社でも同様で、マネジメントルールを作れば作るほど組織は硬直化し、社員はそもそも論を自分自身で考えなくなる傾向にあります。

ともすれば、「会社がそういうのだから仕方ない」となり、自律的に進化できない組織になっています。そのためには、多少のリスクや失敗は許容しながら、ある程度は社員に考えさせるようなマネジメントをすべきなのだと、ある時点から思うようになりました。

森田 ベイジのようにお互いをわかり合っている精鋭たちが集まっていれば、マネジメントしなくても組織が機能するのかもしれませんね。

枌谷 マネジメントの思想というのは、社員一人一人の力量を超えるほどに大きな影響を与えるものなので、リーダーやマネージャーが明確な思想を持っていることはかなり重要ですよね。それがあった上で、次の段階としてもちろん、社員が優秀であることは組織づくりの上で大きなアドバンテージになるはずです。NTTデータの場合も、人の面では非常に恵まれた環境にあると思います。

森田 もうひとつマネジメントに関して、今は新型コロナウイルスの影響で、NTTデータでもリモートワークが浸透してきています。リモートワークにおけるマネジメントの苦労はありますか?

枌谷 実はベイジでは、新型コロナウイルス以前にリモートワークを導入しようとしたことがありました。そのときに結局導入しなかったのは、やはり管理が難しいと考えたからです。ですが今、リモートワークに半強制的に移行してわかったことは、ベイジの社員たちは私が管理しなくても誰もサボったりしないということですね。

むしろ働きすぎに注意しないといけない。今はDiscordという音声チャットアプリでバーチャルオフィスを作り、リモートワークであってもいつでもすぐに話しかけられるような環境で仕事をしているのですが、業務に関しては特に大きな問題はありません。未経験のデザイナーやエンジニアの教育はリモートワークでは無理なのでは、という話も業界でよく出ますが、現場の社員は「まったく問題ない」と言っています。

枌谷 ところでNTTデータの場合、セキュリティの問題もあるので完全にリモートワークにすることは難しい気がするのですが、今はどのくらいの割合の人が出社しているのですか?

森田 今は全体を平均すると3割程度の社員が出社しています。たしかにセキュリティ上の制約やお客様の環境等の条件によっては出社が必要となるケースもあるのですが、それでも7割の社員が出社しなくても業務ができているというのは、私たちとしても驚きでした。仮に新型コロナウイルスが収束した後も、密になるような配置はしませんし、今後も一定のリモートワークは継続する予定です。やがてはオフィスのあり方も見直されるでしょうね。

枌谷 NTTデータほどの規模の会社が7割も出社しないというのは驚きですね。

こういうことは現場の多数決ではなく、トップダウンの意思決定も大事ですね。以前、ベイジ社内でリモートワークについて社員にアンケートを取ったら「難しい」が大半で、あまり前向きではなかったんですよ。でも新型コロナウイルスになって、半ば私の独断でリモートワークに踏み切りました。その後社員にアンケートを取ったら、ほとんど全員が「問題ない」「リモートワークを続けたい」と答えていますから、この件に関しては、現場の意見に流されずに決めて良かったと思っています(笑)。

森田 しかし、リモートワークでは、雑談など業務以外のコミュニケーションが難しく、人によっては孤独感にもつながるなどの問題もあります。その点はどうですか?

枌谷 たしかにリモートワークの弊害として「過度の合理化」はあって、雑談などは難しくなりますよね。そのためベイジでは、リモートワークを開始してから朝礼を始めて、その中で「小話」というコーナーを設けるようにしました。そこではひとりずつ、仕事以外の好きなことを5~10分話すのですが、仕事では見えない社員一人一人の個性や趣味が垣間見えて、リモートワーク前よりも社員の人となりに気付けるようになりました。

とはいえ、やはりリモートワークは全社員にとって最適な働き方ではなく、向き不向きはあると思います。愛情ホルモンといわれるオキシトシンは、人とのスキンシップや交流で生まれるそうですが、リモートワークによってリアルなコミュニケーションを遮断することで、メンタル面での弊害を生じる人が出てきてもまったく不思議ではありません。なので、完全リモートワークにするのではなく、社員が好きに選択できる環境を用意することが大事なんだと思います。

NTTデータにいるなら、その看板と多様なアセットを最大限に活用すべき

枌谷 私にとってNTTデータに在籍していた20代前半は、人生の模索期でした。28歳でNTTデータを飛び出し、未経験で選択したWebデザインという中核スキルを30代は磨き、40代になってやっと、自分がやりたいことを少し引き寄せられるようになった感覚があります。NTTデータを辞めた後の30代も、葛藤は多かったです。

もともとは広告賞を取るような華やかなデザインの世界に憧れていたのに、そういう世界とは全く無縁なキャリアを送り、常に焦りがありました。それでも初志貫徹して35歳で独立し、37歳で自分の会社を作り、社員の協力もあって徐々に会社も大きくなってきました。社会人になって、今が一番楽しい時期だという実感はあります。

森田 私は枌谷さんと違って新卒入社の頃からずっとNTTデータに在籍しています。NTTデータにいると、様々なお客さまと一緒に将来像を描いたり、ビジネス戦略に近いところに関わらせていただくことも多く、まるでお客さまの会社に転職したような気持ちになれます。私がNTTデータに20年以上も勤めているのは、そのような経験が積めるからだと思います。

枌谷 森田さんは私のようにキャリアに悩んだり、葛藤したりすることはありませんでしたか?人と比べると不幸になるというのは分かっていながらも、今でも私は成功している経営者やビジネスパーソンたちと比べて、「自分は全然ダメだな」と落ち込む時もあります。こういう葛藤は仕事をしていればずっと続くのだろうなとは感じているのですが。

森田 実は私はあまり悩まない性格なので、何でも楽観的にとらえるようにしています。何か大きな失敗をしても、これも人生の研修だと考えています(笑)。

枌谷 森田さんの考え方なら、どこに行っても成功しそうですね(笑)。最近、メンタルマネジメントやウェルビーイングの本をよく読むのですが、森田さんのポジティブな考え方は、まさに幸せになれる人の思考方法だと思います。今、森田さんは人事という新しいキャリアを歩まれていますが、人事の仕事も極めると楽しそうですよね。

森田 そう思います。人事の仕事は読んで字のごとく「ヒト」と「コト」の両面に向かう仕事なのだと思います。ですが、やはり人財を見きわめるのは本当に難しいと感じているところでもあります。

森田 枌谷さんは採用の際に人財のどのようなところを見ていますか?

枌谷 最終的には様々な観点を見ますが、まずはスキルよりも人間的な相性を重視します。いわゆるカルチャーフィットですが、採用で重視するカルチャーを明確に言語化しているわけではなく、「今いる社員が仲良くできそうか?」という観点を慎重に見ます。当然現場の社員も選考プロセスに参加してもらい、一緒に見極めてもらいます。

自分たちが好きな人なら、例えスキルが低くても楽しく一緒に働けます。でも、自分たちが好きになれない人だったら、例え優秀でも一緒に働いて苦痛になりますよね。NTTデータと違ってベイジは小さな会社で人事異動もないので、今いるメンバーと馴染めるかどうかは本当に重視しています。

森田 たしかに組織規模の違いは大きいですね。NTTデータは巨大な組織なので、私個人の「好き/嫌い」ではなく、会社や各部門にとって必要な人財をどのように見極めるかを模索中です。何事にも知的好奇心を持って、楽しんで挑戦できる人と一緒に働きたいですね。SIerというビジネス自体も年々変化しているからこそ、そのような方と多様性あるチームを作って、新しい社会作りにチャレンジしていきたいと思っています。

枌谷 もしも今私がNTTデータに入社するとしたら、どんな動機で入社するだろうと想像してみたのですが、一番の魅力はブランド力の強さと、それによる業界最高峰へのパスが拓かれていることですね。

例えば、私の今の立場で、AI、データサイエンス、DX、IoT、UX、人間工学、デジタルマーケティングといった各分野の最高権威と接点を持つことはかなり難しいでしょう。しかし、NTTデータの看板があれば、そのすべてとはいいませんが、少なくとも私よりも遥かに高確率で接点を持つことができる。国家レベルの研究機関にだってアプローチできるし、門前払いは受けにくいはずです。

このように様々な分野のトップ・オブ・トップや日本を支える公官庁と直接話ができる機会があるというのは、NTTデータに在籍する大きな利点の一つだと思います。私が今社員だったら、このメリットは絶対に活用しますね。

森田 NTTデータは、枌谷さんとご一緒だった頃に比べ、事業だけではなく人財も大きく変化してきています。多種多様な価値観の中で、枌谷さんのおっしゃるとおり、NTTデータのアセットを生かして、この先も良い化学変化を生み出したいですね。

本日はお忙しい中、ありがとうございました。これからもお互い、ITやデザインの力で社会に貢献していきましょう。

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※掲載記事の内容は、取材当時のものです