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2018年2月27日技術ブログ

センシング技術で実現するスマート農業

IoT向け無線技術として今大いに期待される「LPWA」。 その主要規格である「EnOcean Long Range」を活用した NTT東日本の農業向けIoTソリューション「eセンシング For アグリ」は、 福島県の果樹園の防霜対策で画期的な成果を残しました。 NTT東日本の五十嵐征司さんに話を聞きます。

悩める農業を、IoTで変革する

日本の農業を、IoTが変えていく

温暖湿潤な気候のもとで、豊かな自然の恵みを受ける日本。この国にとって農業は、古くから重要な産業の一つでした。しかし現代の農業は、今後発展を続ける上でさまざまな課題を抱えています。

たとえば耕作放棄地の増加。農業の後継ぎがいない、農業を続けたくても続けられないために、耕作されず放置される田畑もあります。農作物を生み出せる土地が無駄になるだけでなく、放棄地が各地に増えれば国土の荒廃にもつながってしまいます。

もっとたくさんの就業者がいれば、農業が今後も存続し、発展する可能性は高まるでしょう。しかしすでに少子高齢社会となった日本において、単に人手を増やすことで問題を解決しようとするのは難しいと言えます。

人をこれ以上増やせないとしたら、私たちはこれから何に望みを託せるでしょう。ひとつの答えはICT(情報通信技術)です。

「農と食をつなぐICT」というタイトルでまとめられた、作物の生産・加工から流通・販売・消費まで、さまざまなシーンにおけるNTTグループの取り組み

「農と食をつなぐICT」というタイトルでまとめられた、作物の生産・加工から流通・販売・消費まで、さまざまなシーンにおけるNTTグループの取り組み

さまざまなテクノロジーの発展によって、日本の農業を効率化し、生産性を高められる可能性は年々高まっています。近年急速に発達しているAI(人工知能)やビッグデータ、IoT(モノのインターネット)などのICTに期待がかかります。

ICTを活用して農業にイノベーションを起こし、農業が抱えるさまざまな問題解決をサポートしようと、NTTグループでは数年前から積極的な研究開発を行なってきました。「農業分野で選ばれるバリューパートナーへ」というテーマを掲げ、農作物の生産から加工、流通、販売、消費まで、農業のあらゆるシーンでICT活用を推進しています。2017年10月に開催された「第4回国際次世代農業 EXPO」(※1)でも、その成果を紹介しました。

NTT東日本 ビジネスイノベーション本部 プロダクトサービス部 プロダクトイノベーショングループ プロダクト戦略担当 主査 五十嵐征司

NTT東日本 ビジネスイノベーション本部 プロダクトサービス部 プロダクトイノベーショングループ プロダクト戦略担当 主査 五十嵐征司

農業の効率化をサポートするセンシング

───農業のICT活用といえば、圃場(※2)の温度や湿度、照度などを感知して数値化する「センシング」が昨今注目を浴びています。NTTグループでは、センサーから収集したさまざまなデータを分析して農業に活用するという取組みがあると聞きました。詳しく教えていただけますか。

私が主管をしている「eセンシング Forアグリ」は、インターネットに接続していれば、どんな場所からでもセンサーを通じて計測された圃場のデータをチェックできます。畑から数キロ離れた事務所や自宅にいても、温度や湿度、照度などがリアルタイムで分かるのです。「今日は天気が悪い」と気になった時でも、現地へ行かずパソコンやスマートフォンでデータを確認できるので、家から遠くにある田畑をいくつも回って調べなくてよくなります。

───つまり農家の方は、圃場へ毎回わざわざ足を運ぶ必要がなくなるのですね。

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はい。「eセンシング Forアグリ」を活用していただければ、これまで圃場と事務所、自宅の行き来にかかっていた時間と労力を減らせます。

また、蓄積された過去のデータを分析し、その結果を農作業に活かしていただけます。「作物に元気がない」と感じられた時、最近の圃場の環境変化を調べて原因を探ることができます。「夜間の湿度が最近高い」というデータ結果が分かれば、夕方にハウスの天窓を開けて帰宅するなど、日々の農作業のヒントになります。農業にセンシング技術を導入することで、人の勘に頼らなくても効率よく質の高い農作業を行えるようになります。

作物の栽培に深刻な被害を与える霜を防ぐため、圃場の温度を監視し、危険値に達したら警告メールを送信するという設定ができます。夏には熱中症の警告メールを送信するような設定もできます。

───農家の皆さんの健康と安全も守ってくれるのですね。ところで、「eセンシング Forアグリ」を利用するためには、圃場にセンサーをたくさん設置します。そうなると、多くのモバイル回線が必要になるのでしょうか。

いいえ。LPWA(※3)という無線通信技術を使っていますので、モバイル回線は不要です。1台の受信機があれば、複数のセンサーから送られてきたデータを一括して自動収集します。LPWAは、センシングなどのIoT技術が世の中に普及する上で、大いに期待を集めている通信技術の総称。私たちは、LPWAの主要規格であるEnOcean Long Rangeを採用しました。

無線通信といえば、一般にはWi-FiやBluetoothなどが知られています。Wi-FiやBluetoothは大量のデータ送信ができるものの、通信距離が短く、消費電力も高いというデメリットがあります。それに対してLPWAは消費電力が低く、広範囲で通信できるというメリットがあります。

「第4回国際次世代農業EXPO」で来場者の注目を浴びた「eセンシング For アグリ」のデモンストレーション

「第4回国際次世代農業EXPO」で来場者の注目を浴びた「eセンシング For アグリ」のデモンストレーション

───確かに、「計測データを遠くまで飛ばせない」「消費電力が高い」となると、広大な圃場では利用するのが難しくなりますね。

受信機のある事務所まで数キロ離れていたりするため、広範囲で通信できる技術でないといけません。圃場に電源を引いたり、センサーの電池を定期的に交換したりするのも大変です。そこで、センサーは小型太陽光パネルで動く仕組みにしています。

IoTを活用した新しいソリューションを、これから多くの農業関係者にご利用いただくためには、導入のしやすさや使いやすさも大切なポイントになると考えています。

※1第4回国際次世代農業EXPO

2017年10月11日(水)~2017年10月13日(金)に行われた、IT農業、ソーラーシェアリング、6次産業化、植物工場など、農業を強くするための次世代の技術や製品が一堂に集まる展示会であり、約650社が出展した。

※2圃場

農産物を育てる場所のこと。田、畑、果樹園、牧草地などをまとめて呼ぶ。

※3LPWA

Low Power Wide Areaの略。低消費電力と広範囲を特長とする無線通信技術の総称。IoT向け通信技術として現在注目されている。

福島の桃を、霜から守ったセンシング

防霜対策にかかる人的コストの軽減に成功

───「eセンシング Forアグリ」には、すでに成功事例があると聞きました。農業シーンで実際にどう使われ、どのような成果が出ているか教えていただけますか。

NTT東日本では2017年、「eセンシング Forアグリ」をJAふくしま未来(福島県福島市)様に導入しました。福島県といえば全国有数の果樹生産地として知られ、桃をはじめ梨や苺、林檎、柿などが有名です。美味しく、色鮮やかで華やかな果物ですが、実はその裏で農家の皆さんが大変な苦労をされていることを、私たちはある時知りました。

───大変な苦労と言いますと?

霜の被害です。霜とは、夜間に空気中の水蒸気が冷たい地面に触れ、凍ってできる結晶のこと。気温が低い日の早朝に多く見られます。霜が植物に付着すると、葉や枝、幹を冷やし、中の水分を凍らせたりして活力を失わせ、最悪の場合は枯らせてしまうこともあるのです。

冬や春は特に、桃にとって大切な生育時期です。霜が降りると、大切に育ててきた農家の皆さんは大変な被害を被ることになります。霜を防ぐため、JAふくしま未来の職員・組合員の方々は、果樹園の温度低下を抑えるため燃焼剤を炊くという対策を取られています。こうした事実をある新聞記事で知り、防霜対策のサポートをできないかと、センシング技術を活用するプロジェクトを立ち上げました。

───それが、五十嵐さんたちのプロジェクトチームですね。

会ってお話を聞いてみると、桃を霜の被害から守るため、農家やJAふくしま未来の職員・組合員の皆さんが大変な苦労をされていると知ったのです。

まず、霜が降りる時期は夜遅くまで待ち、気温の変化を監視すると言います。夜中の暗い果樹園に足を運び、現地の温度計を目で見て確認します。そして、霜が発生する可能性が高いと判断すれば燃焼剤を炊き、今夜は大丈夫だと判断すれば炊かずに戻る。毎晩この作業を行うと言います。

ものすごい人手と費用がかかります。しかも夜中ですから、農家やJAふくしま未来の職員・組合員の皆さんの健康にも影響が出ます。果樹園に温度センサーを設置し、霜の発生リスクが高まったタイミングで警告メールを届けるようにすれば、現地へ出向いて温度計を毎回チェックする必要がなくなります。福島の名産品である桃を守るため、「eセンシング Forアグリ」が役立つと考えました。

(左)圃場に設置されたセンサー (右)「eセンシング Forアグリ」の接続イメージ図

(左)圃場に設置されたセンサー (右)「eセンシング Forアグリ」の接続イメージ図

───実際に果樹園へセンサーを設置し、システムを運用する上で大変だったことはありますか。

まず誤った温度計測は許されません。「許容できる誤差はプラス・マイナス0.5度未満」と農家やJAふくしま未来の方から伺っていました。正確な計測を実現する上では、果樹園のどこにセンサーを設置するかが重要なポイントになります。

果樹園内は、ほんの数メートル離れるだけでも環境条件が変わります。農家やJAふくしま未来の方々は、これまでの豊富な経験からどこに温度センサーを置けば最適かを肌感覚でご存知ですから、しっかりと相談し、教えていただきながら設置作業を行いました。

私たちはICTのプロではあっても、農業のプロではありません。農家やJAふくしま未来の方々としっかり連携することが重要です。計測データの送信機を果樹園に設置する際、2メートルほどある桃の木が通信障害となる可能性もありました。しかし皆さんに相談すると、「木の枝を支えている高いポールに括りつければよい」というアイデアが出て無事解決に至りました。

桃の果樹園に設置された温度センサーが「第4回国際次世代農業EXPO」でも展示された

桃の果樹園に設置された温度センサーが「第4回国際次世代農業EXPO」でも展示された

人的稼動を約60名体制から3名体制にまで軽減

───果樹園でのセンサー設置作業が終了し、2017年3月から実際に導入したそうですね。どのような効果が出ましたか。

JAふくしま未来様では、開花期の4月になると降霜の対策本部を設置し、職員と組合員の皆さんが約60名体制で果樹園巡回などの管理業務を行われていました。しかし今回の「eセンシング Forアグリ」を導入後、3名で管理できたということです。

改善の余地はまだまだありますが、このような効果が出たことは、私をはじめプロジェクトに関わったメンバー全員がうれしく思っています。システムの導入を成功させる上で、農家やJAふくしま未来様の協力と知恵は欠かせないものでした。

───今回の成功をきっかけに、農業分野におけるICT(情報処理技術)活用がより注目を集めそうです。ほかに進行しているプロジェクトはありますか。

2017年2月より二酸化炭素濃度などの感知ができるセンシングデバイスと、ネットワークカメラを組み合わせた新しい圃場管理ソリューションの実証実験を行っています。また5月からは、農業法人と協働し、撮影したトマトの映像をAIで分析し、その日の収穫量を予測するという実証実験も進めています。

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なお、今回紹介したJAふくしま未来様の導入事例において、通信技術としては先にお伝えしたとおりLPWAを採用しています。また、大容量の画像や音声データもやり取りできるWi-Fi通信によるセンシングも準備しており、活用シーンはさらに広がります。センシングをはじめとする可能性に満ちたIoT技術を農業関係者の皆さんに提案し、一緒になって日本の農業を変革できたらと願っています。

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