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2026.4.20事例

AIエージェントが生活者の「本音」を語る。花王とNTTデータが挑む、マーケティングリサーチの革新

現在、あらゆる業務でAIの導入が進み、その活用範囲は急速に広がっている。こうした状況のなか、花王はNTTデータとともに生成AIを活用したマーケティングの高度化に取り組んでいる。本プロジェクトでは、メイクアップブランドの調査として、購買データとSNSのデータから生み出したAIエージェント「AI生活者」へのインタビューを実施。業務効率化や調査精度の向上などの確かな成果を得ており、実務での活用可能性を確認。すでに次なる展開に向けた検討も進んでいる。
目次

生活者理解の高度化に向けた花王の挑戦

メーカーが商品を開発するうえで、生活者動向の把握は欠かせない。しかし、価値観の多様化が進む現在、購買行動は一層複雑になり、従来の生活者調査では十分な精度を確保しにくくなっている。

花王株式会社 デジタル戦略部門 DXソリューションズセンター センター長
佐藤 満紀 氏

こうした課題に向き合うため、花王はマーケティングリサーチの高度化に向けて動き出した。同社はNTTデータをパートナーに迎え、自社のメイクアップブランドを対象に、AIエージェントを駆使した新たなアプローチを検証している。今回のプロジェクトについて、花王 デジタル戦略部門 DXソリューションズセンター センター長の佐藤 満紀 氏は次のように語る。

「当社はこれまでも顧客理解を重視してきました。ビッグデータという言葉が普及する以前から、顧客の生の声を解析し、商品開発に活かしています。しかし、生成AIの台頭によって顧客理解の方法も大きく変わりつつあります。サードパーティーデータや今後普及するであろう生成AI関連の各種サービスを利用すれば他社も同じことができるようになり、データや解析技術を保有するだけでは競争優位性が生まれにくくなっています。そうした危機感のなかで、今後どうすれば競争優位性を担保できるのか、我々自身が新しいアプローチに挑戦しながら見極めるため、この取り組みを始めました」(佐藤 氏)

一方で、現場には業務効率の課題もある。従来型のマーケティング調査には多くの時間とコストがかかり、現場の負担も大きい。調査業務の実情について、花王 デジタル戦略部門 DXソリューションズセンター 全社DX共創部の手島 章吾 氏はこう述べる。

花王株式会社 デジタル戦略部門 DXソリューションズセンター 全社DX共創部
手島 章吾 氏

「調査は設計からはじまり、調査対象のリクルーティング、調査実査、調査結果のまとめ・分析というフェーズに分かれます。リクルーティングから調査実査まで1.5カ月から2カ月かかることも珍しくありません。主力ブランドともなると新商品・改良品の数が多く、複数調査を同時に進める必要があり、時間的にもコスト的にも負担は重くなります。この負担を少しでも軽くして、よりブランド担当者が本来の役割に注力できるようにしたいと考えていました」(手島 氏)

ブランド担当者には、生活者の悩みやインサイトを読み解き、ブランドとして打ち出すべきコンセプトやキーワードを導き出す役割が求められる。その一方で、こうした判断の精度を高めるには、調査の準備や実査にも相応の時間と労力が必要となる。だからこそ、これらのプロセスをより効率化し、ブランド担当者が生活者理解の深化や戦略立案に、これまで以上に注力できる環境づくりが重要になっていた。

NTTデータ コンサルティング事業本部 コンサルティング事業部 カスタマー&マーケティングユニットコンサルティンググループ エグゼクティブコンサルタント
小木曽 信吾

こうした背景を踏まえ、NTTデータ コンサルティング事業本部 小木曽 信吾は今回のプロジェクトを単なる業務効率化にとどまらない取り組みとして位置づけている。

「当社はマーケティング領域において、生成AIを単に作業を楽にするツールとしてではなく、生活者を起点とした価値をどう生み出すかという『生活者理解の深化』に活用すべきだと考えてきました。生成AIによる生活者理解の基盤が整うことで、全部門が同じ生活者像を共有し、新たなアクションを引き起こしていく。こうした考えは、業界を問わず多くの企業に共通するものと考えていますが、今回の花王様との取り組みは、まさにその実践の第一歩であり、本質的なマーケティングの高度化につながるプロジェクトだと捉えています」(小木曽)

「LITRON MAS」から生まれた8人の「AI生活者」

今回のプロジェクトは大きく3つのステップで進められた。最初に取り組んだのはAIエージェント「AI生活者」を生成する工程だ。調査の目的を明確にしたうえで、どのような人物像を設定するべきかを定義し、ビッグデータをベースにして8人のAI生活者を構築した。

次に行ったのが、生成したAI生活者へのインタビューである。過去の調査情報をスクリーニングして最もインパクトの大きい領域を特定。AI生活者に対し、実際の生活者調査で人に提示しているコンセプト文を示したうえで、人に対して実際に聞いている質問を投げかけた。

最後のステップが、AI生活者の回答を評価する工程だ。人間と同等の質が担保されているかを検証するとともに、回答によってどのような価値が加わったのかを整理。プロジェクト全体の成果としてまとめていった。

このプロジェクトの肝となる「AI生活者の生成」を支えているのが、NTTデータの生成AI基盤「LITRON Multi Agent Simulation」(以下LITRON MAS)だ。
花王が保有する生活者調査データに加え、匿名性を担保した購買データやSNSのテキストデータをもとに、NTTデータのLITRON MASを活用することで、年齢や価値観、消費行動、購買経緯などが異なる8人のAI生活者を作成した。

「花王社内でも生成AIに関するソリューションを内製しており、実際に『AI生活者』のコンセプトに近い仕組みは構築できていました。しかし、ブランド担当者が納得して意思決定の材料にできるほどの『確からしさ』を検証できておらず、実務への適用には限界を感じていました。そうしたなかで、NTTデータの『LITRON MAS』による先行事例を知り、今回のプロジェクトにつながりました」(佐藤 氏)

生成AIのアウトプットは年々精度が向上している。だが、その結果を人間が安心して判断材料として扱えるかどうかは、また別の問題である。たとえ生成AIがもっともらしい示唆を与えたとしても、その妥当性に確かな根拠を見いだせずにいる企業は少なくない。

NTTデータ 第二インダストリ事業本部 山﨑 翔太によると、この問題をクリアするにあたって、2つの軸が設定されたという。1つは「実際に買ってもらえるのか」という購買行動の軸で、ここにはNTTデータが連携するWED社の保有するレシートデータが活かされた。

もう1つは「なぜ購買に至るのか」という心理的な軸で、SNS上の生活者の発言や反応から価値観や動機を読み解くアプローチを採用した。NTTデータがX(旧Twitter)の全量データを保有している点が、この分析を支える大きな強みとなった。リアルな声を網羅的に扱える環境があったからこそ、AI生活者像の解像度を一段引き上げることができた。

NTTデータ 第二インダストリ事業本部 食品・飲料・CPG事業部 第2ビジネス統括部 ビジネス担当 課長代理
山﨑 翔太

「定量データと定性データのどちらか一方が欠けても、今回のプロジェクトは成り立ちませんでした。当社は以前からメーカー様のDX支援やCXコンサルティングを手掛けており、SNSのような定性データの活用についても多くの知見を蓄積してきました。加えて、購買データや決済データといった定量分析にも豊富な実績があります。これら定性と定量の両軸を掛け合わせて扱える当社の強みが、今回はうまく発揮できたと考えています」(山﨑)

もっとも、今回の取り組みはNTTデータにとっても新たな挑戦だったという。小木曽は次のように振り返る。

「先行事例でも、人間の回答と生成AIの回答を簡易的に比較していましたが、過去に実施した人間への調査結果と厳密に比較したのは今回が初めてでした。さらには、購買データやSNSデータを裏付けとして生成AIの回答に根拠を持たせ、ブランド担当者が意思決定に使えるレベルかどうかを検証する必要がありました。ただ、NTTデータが有する独自の評価手法を活用したことで、納得感のある評価が行えたと考えています。」(小木曽)

「AI生活者」が語る、人間からは出てこない「本音」

AI生活者へのインタビューを通じて得られた回答について、手島 氏は「人間とは異なる強みが明確に見えた」と語る。とくに印象的だったのは、回答の具体性と一貫性だ。人間のインタビューでは直感的で短いコメントが多く、インタビューの回答と実際の行動に矛盾が生じることもあった。

一方でAI生活者は、設定された背景にもとづき、理由を含めて論理的に回答する。また、場の空気に左右されず率直に“本音”を語る点も生成AIならでは。人間同士のグループインタビューでは他の参加者の発言が回答に影響を及ぼすこともあるが、AI生活者はそうした影響を受けにくい点が対照的だったという。

「印象に残っているのは、AI生活者が率直に批判してくれるところです。例えば『次世代型』というコンセプトに対して『どこが次世代型なのか』と疑問を投げてきたり、『以前も似たような商品があった』と指摘してきたりすることもありました。人へのインタビューでは出にくい視点も拾えるので、より多面的な気づきが得られると感じました」(手島 氏)

従来の課題となっていた業務の効率化についても、手島 氏は一定の成果を感じているという。

「従来のグループインタビューは、6人程度で1~2時間かけて実施するのが一般的ですが、実際に今回の取り組みでは、生成AI相手にものの数分で同様の内容をリサーチすることができました。また『いつでも、どこでも、何度でも』質問できる点も大きな利点といえるでしょう。人相手の調査だと、限られた時間のなかでしか質問できませんし、後日もう一度同じ人に質問し直すことも難しいです」(手島 氏)

図:プロジェクト概要

AI生活者が拓く、次世代のマーケティング戦略

今回のプロジェクトの成果を受け、両社は次の展開を見据えている。佐藤 氏が「他ブランドへの横展開も含めさまざまな可能性を検討している」と語るように、花王の生成AIによるマーケティング高度化の範囲は、今後さらに広がっていく可能性がある。

NTTデータもこの仕組みを拡張し、全社的な意思決定基盤へと成長させるビジョンを描いている。

「今後は花王様独自のデータを掛け合わせることで、より解像度の高いAI生活者モデルへと深化させていきたいと考えています。活躍の場もリサーチという枠を超え、新たなインサイトを活かした『商品開発』や『営業』といった、企業のあらゆるビジネスプロセスへと適用範囲を広げていきたいです」(山﨑)

今回のプロジェクトがスムーズに、かつ高い解像度で実を結んだ背景には、花王とNTTデータの双方に、テクノロジーの知見だけでなく事業の背景や現場の課題も深く理解する「AIとビジネスの両方に精通した人材」が揃っていたことが挙げられる。

「当社にもAIやデータ分析の知見を持つメンバーがいますし、NTTデータにも高度な技術力だけでなく、我々のビジネスの意図や課題を深く理解し、同じ目線で議論できるプロフェッショナルがいました。お互いが『AIと事業』双方の視点を持ち、技術の可能性と限界を理解したうえでフラットにプロジェクトに向かえたからこそ得られた成果だと考えています」(佐藤 氏)

AIエージェントが活躍する時代の「人」「組織」のあり方とは

現在、さまざまな領域でAI活用が広がっているが、佐藤 氏は技術そのものはいずれコモディティ化していくと冷静に見ている。だからこそ、その先にある「人間の役割」が問われるという。

「手法そのものはいずれ競合他社にとっても当たり前のものになるでしょう。その時代になった時、真の差別化要因となるのは『人がどの領域で価値を発揮するのか』という役割設計です。AIという優秀なパートナーを前提に、人間がいかに創造的な役割を担えるか。その設計こそが、企業の競争優位性を左右するはずです」(佐藤 氏)

生成AIが答えを提示してくれる時代だからこそ、そのアウトプットをもとに最終的な判断を下し、責任を持つ人間の能力を最大化させていく。

こうした人材の進化とテクノロジーの浸透は、最終的に組織のあり方そのものをも変容させていくかもしれない。小木曽は、生成AIがもたらす「意思決定のレイヤーの変化」の可能性を予見する。

「生成AIが有用な情報をスピーディーに現場に提供するようになれば、現場レベルでその結果にもとづく判断と試行錯誤を素早く積み重ねることができるようになり、スピーディーかつ質の高い業務遂行が実現できると思います。このように、生成AIの活用によって、アジャイル型の『運用型意思決定』モデルへの変革をめざすことが重要と考えます」(小木曽)

AIという強力なパートナーを得て、人間がいかに創造性を発揮し、組織を俊敏にアップデートしていくか。両社の挑戦は、次世代のマーケティングと組織のあり方を切り拓く大きな一歩となりそうだ。

今回のプロジェクトに参加した花王・NTTデータのメンバー

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