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1.機関投資家のジレンマ:魅力的な利回りと現実的な障壁
あなたが大手企業の財務担当責任者だと想像してみてください。目の前のテーブルには2つの皿が置かれています。一方の皿には、あなたにも馴染みのある伝統的な金融商品--定期預金、国債、マネーマーケットファンド--が載っており、安全性は高いものの、利回りはインフレ率をわずかに上回る程度です。もう一方の皿には、分散型金融(DeFi)のエコシステムが載っています。自動利回り金庫、デジタル担保ローン、プログラム可能な流動性プールといった新しい金融商品が並び、年率5~15%という高い利回りを提示しています。数字だけ見れば後者の皿の方が魅力的ですが、食器が揃っていません。コンプライアンスというナプキンも、コーポレートガバナンスというグラス類もなく、夕食の途中でシェフが厨房から姿を消さないよう見張る人(マイトレード)もいないのです。
これが、現在世界中の機関投資家が直面しているジレンマです。
数字は嘘をつきません。DeFiプロトコルの総ロック済み価値(TVL)は2026年に2,000億ドルを超え、ステーブルコインの年間取引高は27兆ドルを突破しました。これはVisaとMastercardを合わせた取引額を上回る規模です。そしてDeFi市場は、株式市場のように終値の鐘や休日もなく、24時間365日休みなく動き続けています。それにもかかわらず、機関投資家の本格参入は、個人投資家と比べると依然としてごくわずかにとどまります。
なぜなのでしょうか?問題は技術的な部分ではありません。DeFiプロトコル自体はすでに機能しています。スマートコントラクトは数秒で清算を実行し、AMM(自動マーケットメイカー)はアルゴリズムによって流動性を提供しています。答えは、分散型プロトコルと企業の役員室の間をつなぐもの、すなわち「信頼の中間層」にあります。
2.金融機関・企業がDeFiを運用するために必要なもの--4つの柱
規制対象の組織が、従来の金融市場と同様の安心感を持ってDeFiプロトコルを利用するには、4つの根本的な課題を解決しなければなりません。これを建物の基礎と捉えてみてください。4本の柱のうち1本でも欠ければ、構造全体が不安定となって成り立ちません。
第1の柱:機関投資家向け資産保管管理
DeFiの世界では、“your keys, your coins”(秘密鍵を持つ者がその資産の真正な所有者である)という考え方があります。個人ユーザーにとっては自由を象徴する信条ですが、企業の視点から見ると、これはガバナンス上の大きな課題になります。誰が署名するのか?承認はいくつ必要なのか?秘密鍵はどこに保管されるのか?こうした問題がクリアにならなければ、企業は安心して資産を運用できません。そのため、最新の機関投資家向け資産保管管理ソリューションでは、MPC(Multi-Party Computation)などの手法が利用されています。MPCでは、秘密鍵が単一の場所に完全な形で存在することはなく、鍵は複数の当事者間で分割・保管され、それぞれが署名することで成立します。
また、改ざん防止機能を備えた専用ハードウェアに暗号資産を保管するHSM(ハードウェアセキュリティモジュール)も利用されています。すでにFireblocks、BitGo、Coinbase Custodyなどのプロバイダーは、保険、SOC 2 Type II監査、およびSECの保管規則への準拠、そして役割分離を備えた機関投資家向けの機能を提供しています。
第2の柱:アイデンティティおよびアクセス管理(IAM)
金融機関や企業は、従業員がワンクリックで数百万ドルを送金することを許容できません。そこで必要となるのが銀行業界で「職務分掌」と呼ばれる仕組みです。たとえば、取引を作成する担当者と承認する担当者を分け、さらに実行する担当者も別でなければなりません。これは不正やミスを防ぐための基本原則です。
機関投資家向けDeFiのIAMレイヤーは、企業のディレクトリとSSOシステムをブロックチェーンウォレットに接続し、役割、金額、取引タイプごとにきめ細やかな権限を割り当てます。これは、金庫の扉に高度なアクセス制御システムを追加するようなものです。金庫自体は同じですが、適切な資格情報と適切なレベルの承認を持つユーザーのみが入ることができます。
第3の柱:企業の承認ワークフロー
ネイティブのDeFiでは、取引は署名されるとすぐに実行されます。しかし、金融機関においては、このような仕組みは非常に危険です。企業では通常、多段階の承認フローが必要となります。アナリストが取引申請を作成し、デスク責任者がそれを審査し、CFOが承認し、財務部門がそれを実行するという流れです。次世代のスマートコントラクトでは、これらの承認フローをオンチェーン上で直接実装することが可能になります。各承認は、検証可能で、改ざんできず、かつ監査可能な暗号化署名となります。わかりやすく例えると、DeFiプロトコルは高性能な自動車のエンジンですが、金融機関が必要としているのはエンジンだけでなく、ハンドル、ブレーキ、シートベルトまで含めて、始めて安全な運用が可能になるのです。
第4の柱:コンプライアンスのトレーサビリティとレポート
規制当局は、「いくら稼いだか」とは尋ねません。「誰と、いつ、どのように、なぜ取引を行ったか」を問うのです。そのため、機関投資家向けDeFiのコンプライアンスレイヤーは、Chainalysis、TRM、Ellipticなどのオンチェーン分析ツールを利用して、リアルタイムで取引先をスクリーニングし、すべての取引に対して自動監査証跡を生成し、欧州のMiCAや米国のGENIUS法といった規制枠組みに準拠したレポートを生成します。
つまり、DeFiプロトコルとのすべてのやり取りは、誰が、どのポリシーの下で承認し、どのような結果になったのかというメタデータと共に記録されるのです。
3.DeFi上の企業向けOS:新しい抽象レイヤー
この構想の中核となるアイデアは、概念的にはシンプルですが、技術的には奥深いものです。企業や金融機関に対してDeFiの世界に適応するよう求めるのではなく、既存のDeFiインフラの上に「企業向けOS」を構築し、それを企業が理解できるビジネス言語へ翻訳するのです。これは、AppleがUnixの上にiOSを構築したのと同じロジックです。基盤となるOSは強力でオープンですが、ユーザーエクスペリエンスは制御され、安全で、一般的なユーザー向けに最適化されています。
この企業向けOSは、基盤となるDeFiプロトコルに取って代わるものではありません。すでに機能しているものを再構築する必要はないからです。AaveはAaveのままであり、UniswapはUniswapのまま、MakerDAOはMakerDAOのまま、MorphoもMorphoのまま機能します。中間層が果たす役割は、これらのDeFiプロトコルに対して、企業が求める保証を備えながら、安全にアクセスできる環境を提供することにあります。
| 機能 | 企業層なし | DeFiオペレーティングシステムを使用 |
|---|---|---|
| 鍵の保管管理 | 紙に書かれたシードフレーズを持つ個々のホットウォレット | 複数レベルの署名ポリシーと保険を持つMPC+HSM |
| アクセス制御 | シードフレーズを持つ人がすべての権限を持つ | ロール、詳細な権限、および企業SSOと統合されたIAM |
| 取引の承認 | レビューなしの即時署名 | 監査可能な暗号化署名による複数レベルのワークフロー |
| コンプライアンス | なし:ユーザーは匿名だ | リアルタイムの取引先KYC/AML+監査証跡 |
| レポート | 手動ブロックエクスプローラ | 現在の規制に合わせた自動ダッシュボード |
| オンボーディング | 高度な暗号化の専門知識が必要 | 財務チーム向けの使い慣れた企業インターフェース |
その結果、企業はたとえば、パートナーであるGauntletが管理するMorpho yield vaultにステーブルコインを預け入れることが可能になります。このプロセスでは、アナリストが取引を提案し、リスク管理者がエクスポージャー制限に基づいて検証を行い、コンプライアンス担当者がプロトコルや取引先がブラックリストに登録されていないことを確認し、財務担当者が実行を承認します。これらすべてのプロセスは、ブロックチェーン上に不変の形で記録される暗号署名によって行われます。利回りは分散型DeFiプロトコルによって生成され、ガバナンスは企業側レイヤーによって提供されます。
4.次世代インフラ:仮想ブロックチェーン、ガスレス取引、および分散型ID
企業向けDeFiの導入には、ガバナンス層以外にも、基盤となるブロックチェーンインフラそのものも進化しており、現在3つの技術革新が業界のルールを一変させようとしています。
仮想ブロックチェーン:数か月ではなく数分で導入
従来、独自のブロックチェーンインフラを必要とする金融機関には、2つの選択肢しかありませんでした。プライベートチェーン(インフラコストが高く、相互運用性が低い)を導入するか、パブリックチェーン(制御やカスタマイズができない)を利用するかです。バーチャルブロックチェーンは、これらに代わる第3の選択肢として登場しました。これは、既存のブロックチェーン上にスマートコントラクトとして展開されるチェーンであり、そのセキュリティと流動性を継承しつつ、完全なカスタマイズを可能にするものです。
イメージとしては、パブリックブロックチェーンが共有データセンター、バーチャルブロックチェーンがそのセンター内のプライベート仮想サーバーと想像してみてください。環境は柔軟に制御できますが、ハードウェアを購入したり、運用担当者を雇ったりする必要はありません。このアプローチの魅力的な点は、垂直的なスケーラビリティ(同一のインフラ上に複数の仮想チェーンを積み重ねることができる)を実現し、従来必要だったバリデーター、ノード、サーバー管理の負担を完全に不要にすることです。以前は数ヶ月を要し、専門のDevOpsチームを必要としたデプロイが、今では単一のコマンドで数分以内に完了します。
ガスレス取引:参入障壁を取り除く
企業によるブロックチェーン導入の最大の障壁の1つが、「ガス」という概念です。これは、各取引を処理するために必要となる手数料のことで、ネットワーク上のネイティブ暗号資産で支払われます。たとえば、USDCを送金するために企業の財務担当者にETHの購入を求めることは、レストランの支払いのためにカジノのチップの購入を求めるようなもので、極めて不自然です。そこで登場したのが新しいガス不要のインタラクションモデルです。この仕組みでは、ユーザーはEIP-191などの暗号化標準を使用してオフチェーン上で取引に署名し、オペレーターによる分散型ネットワークが、その取引をオンチェーンで実行します。この際、ガス代はネットワーク側が負担し、プロトコルから報酬を受け取ります。
つまり最終ユーザー(財務担当者、アナリスト、あるいは自動化システムを問わず)は、ネイティブ暗号資産を保有したり管理したりする必要が一切ありません。これは、クレジットカード決済の仕組みに近い原理で、利用者はPOS端末と発行銀行間の通信プロトコルを理解する必要はなく、ただカードを使って支払いを済ませるだけです。
分散型IDとオンチェーン命名システム
現在のネイティブDeFiでは、アドレスは42文字の16進数文字列(例:0x7a3b...f29c)で構成されています。これは企業利用においては扱いづらく実用性に欠けます。そこでオンチェーンの命名システムを利用すれば、人間が読み取れるID(「treasury.company」など)を登録でき、検証可能なメタデータと関連付けられるため、分散型の企業ディレクトリを構築することが可能になります。また、SD-JWTやOID4VPといった新しい検証可能な資格情報と組み合わせることで、企業は中央集権的な認証機関に依存することなく、KYC/AML要件を満たす分散型本人確認を実装できます。さらに、新しいアプローチにより、標準的な暗号署名を使用してトークンの抽象化を実現できるようになっています。つまり企業内部システムは、資産ごとに個別のトークン契約を展開する必要なく、現在のデータベースレコードを扱うのと同じ感覚で、デジタル資産を柔軟に扱うことができるようになります。
5.企業向けDeFi製品
4つの機関投資家向け基盤が整備され、次世代インフラも利用可能となったことで、企業や金融機関が利用できるDeFi製品のラインナップは多岐にわたり、さらに拡大を続けています。
| 製品 | 説明 | 企業の使用例 |
|---|---|---|
| 利回り保管庫 | 複数の融資および流動性プロトコルにまたがる資本配分を自動的に最適化するスマートコントラクト | 従来の商品を上回る利回りを実現するアクティブな財務管理 |
| 暗号資産担保ローン | 自動的に清算される暗号資産によってローンが担保される融資プラットフォーム | 従来の銀行のスケジュールを使用しない企業融資 |
| 国境を越えた支払い | USDCまたはUSDTを使用した国際送金で、数秒で決済され、コストは0.1%未満 | 国際支払いのコストと決済時間を大幅に削減 |
| 流動性プール | 自動価格帯管理によるDEXへの流動性の提供 | 遊休資本を有する財務省への新たな収入源 |
| RWAトークン化 | ブロックチェーントークンとしての債券、不動産、コモディティのデジタル表現 | 新しい市場へのアクセスと非流動資産の流動性 |
これらの製品はすでに、オープンなDeFiエコシステムで稼働しています。NTTデータのInstitutional Terminalが追加するのは、それらを企業や金融機関が規制環境下でもアクセスできるようにするための、ガバナンス、セキュリティ、コンプライアンスのレイヤーです。
6.加速要因:共同出資と助成金エコシステム
ブロックチェーン・エコシステムにおいて、あまり知られていないものの、強力な要因の一つになっているのが、主要プロトコルが運営する助成金や共同出資プログラムの存在です。Polygon、Arbitrum、Optimism、ZKsync、Avalancheといったネットワークは、自社インフラの機関投資家向け利用を拡大するプロジェクトに対して、数億ドル規模の資金提供を目的としたエコシステム基金を運用しています。
そのため、機関投資家向けDeFiのPoC(概念実証)やMVP(最小限の機能を持つ製品)を実施したい企業や金融機関は、ブロックチェーン・エコシステムから多額の共同出資を受けられるため、初期投資を大幅に削減できます。助成プログラムでは通常、PoC開発コストの30~70%が補助され、場合によってはプロトコルチームによる直接的な技術サポートも提供されます。
NTTデータでは、クライアントがこれらの資金や支援を活用できるよう、こうしたエコシステムとの関係構築と運営を積極的に進めています。システム統合における技術的専門性、規制対象となる金融分野への知見、そしてブロックチェーン・エコシステムとのネットワークを組み合わせることで、企業単独では実現が難しいイノベーションプロジェクトを、大幅に低い投資額で推進できるようNTTデータ独自の価値提案を実現しています。
7.理論から実践へ:始め方
金融機関や企業にとって、チャンスは今です。規制環境は急速に整備されつつあり、欧州ではMiCAがすでに施行され、米国ではGENIUS法が推進されています。さらにラテンアメリカやアジアの多くの地域でも、トークン化された資産に関する明確な枠組みが確立されつつあります。同時に、世界の大手銀行もすでにDeFi機能の統合を進めつつあります。JPモルガンは預金トークン「JPMコイン」を、シティは「Citi Token Services」を展開しており、多くの金融機関がブロックチェーン上でトークン化ファンドの実証実験を行っています。
もはや問題は、DeFiが企業界に浸透するかどうかではなく、誰が先手を打って導入し、優位性を獲得するかという段階にあります。
NTT DATAイベロアメリカ・イノベーションセンターでは、ブロックチェーンインフラと規制対象の金融商品が交差するまさにその領域において、ラテンアメリカ、アジア、ヨーロッパの金融機関と長年にわたり協業してきました。その取り組みは、機関投資家向け資産保管管理プラットフォームの統合から、国境を越えたステーブルコイン決済向けミドルウェアの設計、さらにパブリックDeFiプロトコル上へのコンプライアンス層の構築まで、多岐にわたります。
分散型金融(DeFi)によって財務業務、国際送金、あるいは金融商品のあり方をどのように変革できるか検討されているのであれば、ぜひご相談ください。ディナーのご用意はすでに整っております。あとは、安心して使うための適切なカトラリーを選んでいただくだけです。


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