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2026.4.2業界トレンド/展望

中外製薬とNTT DATAが挑む 医薬品安全性情報管理のAI革新

医薬品の安全性に関する情報を収集して分析・評価し、情報提供を行うPV(ファーマコビジランス:安全性情報管理)業務。この業務のなかで重要な役割を担うのが、医療従事者や患者に安全性情報を提供する資料である安全性資材の作成である。中外製薬は、この高度な専門業務においてAI活用による自動化を推進しており、NTTデータがその取り組みを伴走支援している。この記事では、両社のキーパーソンの話から、安全性資材を自動化するまでの過程と技術的なアプローチ、そして、将来的なAI活用の可能性をひもとく。
目次

薬剤師向けの医薬品解説書を作成する難しさ

全社DX戦略である『CHUGAI DIGITAL VISION 2030』を掲げ、AIをはじめとするデジタル技術の活用を推進する中外製薬。製薬企業の責務であるPV(安全性情報管理)活動において、安全性情報の収集から評価および情報提供まで実施している。

図1:CHUGAI DIGITAL VISION 2030

中外製薬 医薬安全性本部 安全性データマネジメント部の樋上 充氏は、「経営層自らがDXを明言し、その方針のもと、経営層から現場の担当レベルまで一体となってDXを推進しています」と語る。樋上氏が以前に所属していた安全性推進部門でも、資材作成の際に元データから自動的に文書を生成する仕組みを導入しているという。それが、PV業務における『IF(インタビューフォーム)』の初稿作成自動化だ。

PV業務では、医薬品情報や副作用の報告などから安全性情報を収集して、分析・評価を実施。規制当局への報告を行うとともに医療従事者や患者に向けた報告書、安全性資材を作成する。それらのなかでも、薬剤師等に向けた医薬品の説明資料がIFであり、医薬品の基本情報を記した電子化された添付文書を補完する、より詳細な文書である。場合によっては100ページを超えるもので、新薬を発売する際はもちろんのこと、発売後の薬に新たな効能が認められたときなども更新を行う。患者の安全に直結する文書のため、科学的な正確性が求められ、作成には高い専門性が必要となる。

中外製薬 医薬安全性本部 安全性推進部 薬制業務グループ
里見 紗和子 氏

「新薬のIFは、PMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)に提出する承認申請資料をはじめとして、膨大な情報に基づいて作成します。品質の担保はもちろん、規制を遵守しつつ一貫性や標準化も求められ、作成には非常に労力がかかります。また、厚生労働省の認可が下り次第、IFを利用頂けるよう準備を行っています。しかし、承認申請資料は承認の直前まで更新されており、直前に内容変更することも珍しくないのです。それらが、IF作成のハードルになっています」

こう語るのは、中外製薬 医薬安全性本部 安全性推進部 薬制業務グループの里見紗和子氏。労力を削減しながらも、正確性は担保する。そのために生成AIを活用したIF初稿の作成自動化に取り組んだという。

RAGと生成AIを活用してIF初稿の作成自動化を実現

中外製薬には、デジタル人財を体系的に育成する仕組み『CHUGAI DIGITAL ACADEMY』(CDA)がある。樋上氏と里見氏は、以前からIFの作成自動化を実現したいと考えており、樋上氏のCDAの受講をきっかけに企画をブラッシュアップしていった。

中外製薬 医薬安全性本部 安全性データマネジメント部
樋上 充 氏

「とはいえ、IFを自動作成するシステムを自前でつくる技術はありません。そこで、承認申請資料の活用や自動化における条件、最終的なアウトプット様式などを具体的に提示して、複数のベンダーさんにシステムの提案をしてもらいました。そのなかの1社がNTTデータです」(樋上氏)

中外製薬から提示された内容を吟味したのは、NTTデータ システムインテグレーション事業本部 D&Aユニット 小林寛人だ。そのときに感じたことをこう述懐する。

NTTデータ システムインテグレーション事業本部 D&Aユニット
小林 寛人

「最初にお話を伺った際、まさに生成AIを活用すべき案件だと確信しました。生成AIは、すでに多くの場面で使われており、特に文書作成のようなタスクを得意とします。IFの作成とは相性が非常に良いと判断しました。また、承認申請資料を基にIFを作成するということは、信頼できるソースがあり、内容もきちんと整っている状態です。この前提があれば、RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)が使えると考えました」(小林)

小林の言葉通り、NTTデータが提案したのは、RAGと生成AIを組み合わせたIFの作成自動化。その提案を里見氏は、「内容が具体的で、システムの規模感が私たちの想定とマッチしていました」と振り返る。

IF初稿の作成自動化で1~2カ月程度の納期短縮へ

中外製薬は、全従業員が共通して利用できる自社向けにカスタマイズされた生成AI『Chugai AI Assistant』を保有していたが、議論の結果それとは別の仕組みを構築することとなった。
プロジェクトマネージャーを務めたシステムインテグレーション事業本部 D&Aユニットに所属する河野啓太は当時をこう振り返る。

NTTデータ システムインテグレーション事業本部 D&Aユニット
河野 啓太

「IF初稿作成の自動化にあたっては、正確性を担保するためのRAGの活用に加え、生成されたテキストに所定の書式や構造を自動的に付与するなどの機能が必要でした。これらの要件は、当時の『Chugai AI Assistant』の想定利用シーンを超えるものであったため、最終的に専用の仕組みを構築する結論に至りました。両者は役割が異なるため、利用シーンに応じて使い分けていただいています」

図2:生成AIを活用したIFの初稿作成の自動化フロー

今回のIFの作成自動化は、(1)『事前準備』(2)『資料の構造化』(3)『初稿作成』(4)『文書仕上げ』の4ステップに分かれている。

(1)『事前準備』では、RAGを活用。小林は、「RAGとは、AIが文章を作成する際に、インターネットや社内データベースから関連情報を検索・抽出し、その結果をLLMに渡して根拠に基づく文章を生成する仕組みです。一般的には、インターネット上の情報も使いますが、IFは厳密な正確性が必要なので、信頼性が高い承認申請資料のPDFに加えて、製品に添付される公式情報である電子化された添付文書のPDFを使用しました」と説明する。

また、膨大な根拠資料を生成AIに読み込ませるだけでは、適切な場所に記入されないので、承認申請資料や電子化された添付文書に記載された項目をIFの適切な項目に記載するための指示用Excelの作成も事前準備として行った。

(2)『資料の構造化』は、承認申請資料・電子化された添付文書・過去に作成済みのIF(参考用)をCSV形式に変換する作業だ。その後、(3)『初稿作成』へと移る。ここでは、生成AIを活用して文書を執筆し、執筆した文章を指示用Excelに準じてIFの適切な場所へと転記する。

初稿ができたら、最後のステップである(4)『文書仕上げ』だ。前のステップである(3)『初稿作成』では、IF全体を出力するのではなく、いくつかのセクションに細分化されたファイルを出力している。ステップ(4)でそれらを連結させることで、最終的に1冊のIF初稿が完成する。

本プロジェクトでは、本格開発の前に実証実験(POC)を実施している。POCでは、(3)初稿作成で生成AIが出力する文章の精度向上に焦点を当て、3段階での精度向上を実現した。1回目の出力結果を見た樋上氏は「POCでは、IF全体を対象にしたわけではなく、複数あるセクションのうち約10セクションを選び、そこに絞って検証を行いました。そのセクションごとに良しあしの差がはっきりしている印象でした。そのため、2回目以降は、不十分だったセクションをどう修正するかを相談して進めました」と語る。また、里見氏は「プロンプト次第で、アウトプットに差がありました。私たちの期待に沿う出力を得るためには、細かくプロンプトを記載する必要がある印象を受けました」と率直に話す。このフィードバックを受けて、小林は2回目に向けて動いた。

「フィードバックを踏まえ、次の段階では担当者が各セクションをチューニングしやすい仕組みにしていくべきだと考え、設計に取り入れていきました。1回目は、共通のプロンプトを用いてIFの各セクションの文章を生成していましたが、2回目以降は、セクションごとに担当者が追加の指示を書き込める仕組みを採用しています」(小林)

そのかいもあり、精度は確実に向上。里見氏は、「2回目の評価時にはアウトプットの質が大きく向上。3回目ではさらに指示を厳密にしたことで、初稿として耐えうるレベルに近づきました」と話す。樋上氏も「回を重ねるごとに改善が目に見える形で進んでいった期間でした」と手応えを感じたと振り返った。

最終的なPOCの評価では、複数の評価項目において目標を達成。本POCを通じて、新薬のIF初稿作成期間の大幅短縮が期待できることに加え、IF初稿の品質向上や作成担当者の負担の軽減、さらには別の文書への拡張可能性が示された。

図3:AIによるIF自動生成の効果

NTTデータの開発は、技術ありきではなくまず課題に寄り添う

RAGや生成AIは、既に広く使われている技術だ。第二インダストリ事業本部 製薬・化学事業部に所属し、中外製薬の担当営業である西岡絵里は、「生成AIやRAGといった技術は、どの会社も使える武器です。しかし、その武器を使いこなす対応力と技術力の差こそが、本質的な違いだと考えています」と自信をのぞかせる。

第二インダストリ事業本部 製薬・化学事業部
西岡 絵里

「営業担当と技術担当が一緒にヒアリングを行い、課題を共に検討し、その結果を開発内容に反映していきました。お客さまの課題を見極めて、希望に寄り添った開発を進められたことが、このプロジェクトの大きな特徴です」(西岡)

「POCを通じて対象業務をより深く理解することができました。そのため、初期段階としてすべての機能を実装するのではなく、ミニマムに本格開発を実施し、使いながらより良くする進め方を提示させていただきました」(河野)

中外製薬としても、伴走する姿勢に感じ入る部分があった。樋上氏は「IFの位置づけや役割を丁寧にキャッチアップしたうえで提案内容に落とし込んでおり、その点に対する真摯(しんし)な姿勢を感じることができました」と語り、こう続ける。

「印象的だったのは、われわれが何に困っているのかを常に意識してもらえたことです。単に要望を聞いて実装するのではなく、一歩踏み込んだ提案が随所にありました。場合によっては、こちら以上に課題を掘り下げて考えてくれていると感じる場面もあり、伴走するパートナーとして非常に心強い存在でした」(樋上氏)

里見氏が感じたのは、技術だけに偏らない強みだ。

「NTTデータさんは、技術とマネジメントの両方が自社で完結しており、全体スケジュールへの影響が懸念される局面においても、『この工程で挽回できます』『技術面を厚くし、アジャイル的にプロセスを組み替えて対応します』といった具体的な打ち手を、その場で複数提示してもらえました」(里見氏)

Smart AI Agentが拓く、AIがAIを使いこなす世界

IF初稿の作成自動化に向けた実証実験は成功したが、里見氏はまだ先を見据えている。「IFの作成自動化は、安全性情報管理業務全体における一部に過ぎません」と語り、あくまで個人的な夢としつつもこう続けた。

「現在は、さまざまな部署が、自らの業務を少しずつ自動化しようと取り組んでいます。その業務がつながって、最終的により良い安全性情報管理が可能になる。そういった意味では、ボタンを押すだけでIF作成も含めた安全性情報管理全体の自動化が実現することを望んでいます」(里見氏)

また、樋上氏は「IFは初稿執筆後にレビューによる文章の精度向上や、品質保証のためのQC(クオリティチェック)が必要です。現在は人力で行っていますが、そこの自動化も視野に入れています。その先には、IFにとどまらず、さまざまな医療従事者や患者さん向けの安全性資材への横展開も期待しています」と語る。

このような要望にNTTデータはどう応えるのか。

「IFの作成自動化については、今回構築した仕組みそのものにとどまらず、安全性資材全体のプロセスに応用可能な枠組みとして位置づけています。流れが同じであれば、今回採用したRAGの仕組みも基本的な構造はそのまま当てはめることができるはず。IF以外にも適用範囲を広げていくことで、業務全体の効率化、時間短縮、費用削減といった効果につなげていきたいと考えています」(小林)

「個別で進む業務の自動化を“つなげる”という観点では、NTTデータが構想する生成AI活用コンセプトである『Smart AI Agent®』がお役に立てるかもしれません。Smart AI Agentは、利用者の指示に応じて、AIエージェントが自律的に対象業務のタスクを抽出・整理・実行し、新たな労働力を提供します。メインとなるエージェントAIが、複数のAIと連携し全体をつなぐイメージです。この際、すべてを一つのプラットフォームに載せて多様なサービスを利用しようとすると、コストがかかり、これまで構築した仕組みを十分に生かしにくい側面があります。すでに、中外製薬様は、自社の生成AIをはじめ、NTTデータが提供している仕組みなど、数多くのアセットをお持ちです。それらのアセットを必要に応じてエージェントAIが呼び出しながら活用する。いわば、シェフがスーシェフに指示して料理をつくるようなものです。今後は、複数の業務をつなげていくような取り組みにも関わっていきたい考えです」(西岡)

図4:Smart AI Agentの4つの構成要素

樋上氏は今回のプロジェクトを振り返り、「われわれの思いを具体的な形にしてもらえました。導入後にきちんと使いこなせるレベルを見据えて、一緒に最適解を探りながら選択肢を提案していただけたと感じています」と語る。

これからもNTTデータは、お客さまの企業方針を深く理解したうえで、お客さまへの最適解を追求し続ける。西岡は「お客さまのためになるなら、忖度(そんたく)なく直言します。また、お客さまのためにならないことは、NTTデータの利益になってもお勧めすることはありません。最大限の基準を自社の利益ではなく、お客さまの利益に置く。それこそ、双方が最終的に幸せになるために必要なことです」と力を込めた。

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