“TraTech”がインバウンド対応を変える!
インバウンド対応の手軽な情報インフラ
株式会社Payke(※1)が創業したのは2014年11月。琉球大学入学後、EC事業を立ち上げた古田奎輔(ふるた・けいすけ)社長は、1ヶ月でビジネスを軌道に乗せると、貿易商社と業務提携し、沖縄県産品の貿易業に携わりました。
株式会社Payke 代表取締役 CEOの古田さん
「日本の商品は世界的にも優れているので、情報を正しく伝えることができれば、海外の人は喜んで買ってくれます。ところが、沖縄の『もずく』や『ちんすこう』の良さを海外の人に説明するのはとても難しい。そこをなんとかしたいという課題を持ち始めました」
そこで商品のストーリーをデータベース化し、ユーザーが商品のバーコードをスマートフォンやタブレットでスキャンすれば、彼らの母国語で情報を取得できる仕組みを構築しました。2015年10月にサービスを開始し、現在は沖縄県の100社以上のメーカーが利用しているほか、福岡、北海道、そして東京にも進出。インバウンド消費を取り込みたい化粧品や医薬品などの大手メーカーにも導入され、全国展開を進めています。
また小売店向けには、顧客が自由に使える設置型のタブレットの貸し出しを行っています。沖縄だけでなく、都内のドラッグストアや空港内の売店などでも訪日外国人向けの接客ツールとして利用され、インバウンド対応の新しい情報インフラとして注目を集めています。
アプリ「ペイク」のコンセプトムービー
訪日外国人の購買を後押しするアイデア
NTTデータ カード&ペイメント事業部(※2)の鈴木親大(すずき・ちかひろ)は、TraTech(Travel×Technology)を発案したNTTデータ経営研究所(※3)のコンサルタント、両角真樹(もろずみ・まさき)さんとともに、旅行観光系の領域で新規のビジネス開発を模索していました。鈴木がPaykeを知ったのは、ビジネスの骨格を固めようとしていた最中のことでした。
NTTデータ カード&ペイメント事業部 営業統括部の鈴木
2016年2月に開催された「第一回九州・山口ベンチャーアワーズ(※4)」で、Paykeが大賞を受賞。審査員として参加していたNTTデータ オープンイノベーション事業創発室のメンバーがPaykeに興味を持ち、古田さんと会うことになりました。その時、鈴木にも声がかかり、初めて二人は顔を合わせます。二人とも20代と、年齢が近いこともあって意気投合。何度か会って話をするうちに、お互いに「一緒にビジネスをやりたい」と思うようになりました。
「一つの商品を買う時は、まず商品を認知して関心を持ち、実際に店に足を運んで確認して、本当にほしいかどうかを見極めるという流れがあります。最後の“買う”という決済の部分が、私たちのカードペイビジネスのメインとなる部分です。インバウンドに目を向けると、海外の観光客には言語の壁があり、いい商品なのに見向きもされないということが起こっています」
「今手に取っている商品の情報が母言語で伝われば、購買につながり、ひいては決済の活性化にも寄与する。海外の観光客の購買を後押しするPaykeさんのサービスは、決済と親和性があると思いました。ビジネスモデルもアイデアもすばらしいし、何より古田さんの熱意と人柄に惹かれましたね」
古田さんに出会った時、ビジネスパートナーとして、すでに複数のベンチャー企業にアプローチしていましたが、最終的にはPayke一本に絞り込みました。その決め手は、決済との親和性だけでなく、スキャンされたデータが蓄積されることで生まれるユーザーの“興味・関心データベース”の存在が大きくありました。これについて両角さんはこう話します。
NTTデータ経営研究所 グローバル金融ビジネスユニットの両角さん
「決済だけで他事業者との差別化を図るのは難しいという現状の中で、今後はリアルの世界でも、ECの世界で当たり前に実現できているような、決済前後のお客様の動向をデータとして捉え、そのデータを使って作り手(メーカー)や売り手(加盟店)、お客様自身に直接リコメンドをする、といった新たな世界にビジネスを広げていきたいという思いがあります。Paykeさんに蓄積されるスキャンデータは、買うという行為の前にある“興味・関心”にあたるもの。Paykeさんの商品情報の翻訳というアイデアはもちろんですが、POSレジの情報だけでは捉えられないデータベースそのものに大きな可能性を感じました」
人気のリゾート地・瀬長島で実証実験
パートナーシップを組み、新たなビジネスを進める前段階として、Paykeのサービスがどれだけ必要とされ、店舗の売り上げに貢献するのかというニーズを検証することからスタートしました。実証実験の場となったのが、沖縄県瀬長島の大型リゾートモール「ウミカジテラス(※5)」内にある、47都道府県の多様な食品を取りそろえたセレクトショップ「瀬長島47(よんなな)STORE」。
全国から約1500種類の“うまいもの” を集めた瀬長島47STORE。店舗前には無料で利用できる天然温泉の足湯もある
2016年9月15日から約1ヶ月間、スタッフが来店客に自由に使えるタブレットを手渡し、購入または退店の際にレジで返却してもらうという流れをつくりました。タブレットを手に取った人が実際に商品をスキャンするのか、スキャンをすることが購入に結びつくのか、そして、商品情報の精度を高めることで購買数はアップするのか。こうした観点に着目し、来店客の動向を追っていきました。
ウミカジテラスの運営責任者である新里哲佳(にいざと・てつよし)さんはイオン琉球株式会社に17年間務め、2店舗で店長として活躍した小売のプロ。2015年2月に現職に就き、約2ヶ月後の4月29日に瀬長島47STOREをオープンしました。訪日外国人が増加する中、言語の課題を強く感じていたという新里さんは、Paykeとの出会いについてこう話します。
WBFリゾート沖縄株式会社 商業施設運営課の新里さん
「この店がオープンした直後にPaykeさんから営業の電話をいただき、サービスの内容を聞いてすぐにピンと来ました。その翌日に訪問してくれて、5月末からタブレットの試験導入を開始しました」
今回の実証実験についても、Paykeからの依頼があってすぐに参画を決断したそうです。
「即決の決め手は将来性を感じたこと。このサービスを導入すれば、手間やコストを削減しながら言語の課題を解決できる。まさにイノベーションですよね。一緒に事例をつくることは、私たちにとってもメリットがあると直感しました」と新里さん。「私たちのサービスに可能性を感じて、チームを組んで、スピード感を持って動いてくださることをとても心強く思っています」と古田さんは話します。
この二者の信頼関係が構築されていたことは、実証実験を進めていく上で大きな推進力となっていきました。
「両者の信頼関係ができていたことは、とても大きかったですね。新里さんと初めてお会いした時、古田さんの時と同じように、ものすごく熱量を感じて、『この人と一緒に仕事をしたい』と素直に思えました」と鈴木は振り返ります。
こうして、4者の中で確かなチームワークが生まれていったのです。
「世の中から『分からない』を無くす」というミッションのもと、バーコードを基軸にした新たな情報プラットフォームを構築している沖縄発のベンチャー企業。インバウンド消費のソリューションとして、「Payke」というアプリとシステムを開発し、沖縄と東京の2拠点で活動している。平均年齢は20代前半という若いチームながら、各界から注目を集め、大手クライアントへのサービス導入も順調に進んでいる。http://payke.co.jp/
1984年より30年間以上にわたって日本のカード決済を支えてきた、利用者数・取引量ともに国内最大のカード決済ネットワーク「CAFIS」。これを通して、決済における新たな価値創造を推進し、さまざまなソリューションを開発・展開している。
NTTデータのコンサルティング機能を担う100%子会社であるNTTデータ経営研究所において、国内外の企業に対してペイメント(決済)を中心とした新規事業戦略、海外進出などのコンサルティングを実施している。TraTech(Travel×Technology) とは、FinTech(Finance×Technology)のように、旅行観光業界おいても情報技術(IT)を駆使して新たなサービスを生み出したり、見直したりすることができるという考え方のこと。NTTデータ経営研究所による造語。
九州・山口各県の選び抜かれた代表企業によるビジネスプラン発表会。九州・山口各県と経済団体などが連携し、世界に羽ばたくベンチャー企業の輩出を目的に開催された「九州・山口ベンチャーマーケット」の一環として行われた。
2015年8月、那覇空港から車で約15分の沖縄県瀬長島にオープンした海辺の観光・ショッピングスポット。沖縄ならではの飲食店や雑貨、工芸品などを取り扱う店舗が約30以上集まっている。「瀬長島47STORE」はそのうちの一つ。年間約300万人の観光客が訪れる瀬長島では、官民が一体となって島全体をリゾート地とする計画が進行中。3年以内に、ウミカジテラスの店舗数を50まで増やすほか、新たにホテルを建設する予定もある。http://www.umikajiterrace.com/
沖縄・瀬長島をイノベーションの起点に
明らかになったPaykeの有用性
12月初旬、NTTデータ、NTTデータ経営研究所、Payke、瀬長島47STOREの4者が集まり、実証実験の分析結果を共有する報告会がウミカジテラスで行われました。その結果は、まさに4者の想像を越えるものでした。
実証期間中に、Paykeのタブレットをスタッフから受け取った人は199人。そのうちスキャンをした人は190人と、約95%が一回以上何らかの商品をスキャンしたという結果に。またPayke利用者全体の約60%が何らかの商品を購入したことがわかりました。実証期間内外で比較すると、平日における1日あたりの店舗売り上げは25%、決済数は14%上昇。同じく平日における1回あたりの決済の平均購入個数は13%、平均決済単価は9%上昇しました。
実証実験時には、アプリを紹介するポップも用意された(写真提供:株式会社Payke)
「売り上げに最も寄与するのが個数ですが、同じ価格、同じ商品で購入個数を上げるためには、接客や陳列手法を見直すなど工夫が必要です。それをせずに、Paykeの導入だけで13%も上がったのはすごいことです。相当な売れ筋商品が出てこないと、これだけ上げることはできませんからね」と新里さんは驚いた様子で話します。
さらに一回でもスキャンをした人は、スキャンしなかった人に比べて、決済額、購入個数ともに約35%上昇。Paykeの有用性がはっきりと数字で現れた結果となりました。
「売り上げが順調に上がっただけでなく、スキャンを実施した人の方が購入額、個数ともに上昇することが明らかになったのは意義のある結果で、安心しました。これまで勘で動いていたところを、こうして数値で確認することができてとてもよかったです」と古田さんは笑顔を見せます。
また商品情報の内容について、情報量が少ない“プア”な商品をベースに、ツイッターやウェブの情報を付加したり、人力による翻訳で“リッチ”化することで、購入数に違いが出るのかを検証したところ、ウェブ情報によるリッチ化で約2倍、翻訳によるリッチ化では約3倍上昇。商品情報のリッチ化が購買に大きく影響することがわかりました。
そして実証実験終了後には、瀬長島47STOREのマネージャーとスタッフを対象としたアンケートを実施。その中で、全員が「Paykeのサービスは有用である」と回答し、定性的にもPaykeのサービスはニーズを満たしているという結果が出ました。
未知のものを追い求めるワクワクが原点
新里さんへの提案から実証実験の開始まで約1ヶ月。この短い期間の中で準備と折衝を行い、実証実験を成功に導くことができたのも、4者の熱意とチームワークがあったからこそ。古田さんと新里さんは、このプロジェクトにかける鈴木の並々ならぬエネルギーを感じ取っていたそうです。
「鈴木さんはカード&ペイメント事業部に所属しながらも、社内のあらゆる部署の情報を横断的に把握されていて、状況に合わせて他部署のリソースを引っ張ってくる力とエネルギーはすごいと感じていました。鈴木さんだったからこそ、ここまでスピード感を持ってできたと思っています」と古田さん。
「鈴木さんには、『絶対にやるんだ』という熱量がありました。だから、そこまで社内で動けたのだろうと思いますし、NTTデータの中で、鈴木さんが窓口一本で対応してくださったことが、スムーズに進められた大きな要因です」と新里さんは続けます。
実証実験以降、久しぶりに顔を合わせた4者のチーム。左端は、Payke営業部長の翁長良樹(おなが・よしき)さん
実際に、鈴木はこのプロジェクトの社会的意義や将来性について、社内のあらゆる部署に説明しながら、協力を募っていきました。ここまで熱を持って走ることができた根底には、どんな思いがあったのでしょうか。
「私がこれだけ動けたのは、『ウミカジテラスから日本のいいものを発信していこう』という新里さんと古田さんの熱い思いを感じたからです。自分の中に自然とワクワクした気持ちが生まれていました」
そこには未知なるものを追い求める、純粋なワクワク感が潜んでいました。
島まるごとインバウンドフリー化へ
Paykeのサービスがあらゆる観点から有用であると実証されたことで、4者はここをスタート地点として、新たなチャレンジに向けてすでに動き出しています。
瀬長島47STOREでは、Paykeのサービスを本格導入するのはもちろん、この店だけでなく、ウミカジテラス内にある34店舗の飲食店のメニューを多言語化するなど、Paykeの持つノウハウと強みを生かし、さまざまな構想を形にしようとしています。そして、ゆくゆくは“島まるごとインバウンドフリー化”をめざしているそうです。
「私たちの会社は、小売だけでなく、飲食店、ホテル、ビジネスホテル、レンタカーと、観光産業の幅広い業態を持っています。ITを駆使して瀬長島をインバウンドフリーの島にしていく中で、Paykeさんのサービスが小売以外にも広がっていけば、大きな波及効果が出てくるだろうと考えています。幅広い業態への広がりを想像すると、“イノベーション起こす”という意味で、おもしろい取り組みになるだろうと思います」と新里さんは今後の展望を語ります。
「瀬長島のウミカジテラスは、沖縄の新しい観光拠点として今とてもホットな場所です。ここで成功した事例は必ず他でも生かすことができるはずだと、特別な思い入れを持ってこのプロジェクトを進めてきました。それはこれからも変わりません」と、古田さんも瀬長島でチャレンジを続ける意義を強く感じています。
NTTデータとしても、膨大な営業資源や分析力、ソリューションの強みをさらに発揮しながら、Paykeとともに、「これがほしかったんだ」と言われるサービスをつくっていく準備をしています。そんな中、鈴木にはある思いが芽生えているようです。
「今回のことをきっかけに、瀬長島が“イノベーションの起点”になっていけばいいなと思っています。これからPaykeさんと新たなソリューションをつくっていく中でも、最初に瀬長島でさまざまなニーズ検証を行いながら実証できたことを、首都圏をはじめ、全国に発信するという流れをつくっていきたい。そうなれば、もっとワクワクが広がりますよね」
この瀬長島を舞台に、4者のチームがつくる“インバウンドソリューションの未来”が見えてきます。