VRデバイスの進化と普及
仮想空間への没入体験を提供するヘッドマウントディスプレイは2016年についに本格普及が始まりました。2010年頃から様々な企業で一斉に始まっていた開発競争により、圧倒的な高性能化と低価格化、軽量化などが進みました。
特に十分な性能を持ちながら10万円以下の価格を実現した普及機は半年足らずの間に90万台が世界に出荷されています。多くのエンタテインメント施設ではハイエンドのヘッドマウントディスプレイをさらに改造して利用している例が沢山出てきています。(図1)
図1:ヘッドマウントディスプレイによる仮想空間への没入体験
ヘッドマウントディスプレイが生む没入体験
VRのヘッドマウントディスプレイを使うと、視覚は完全に仮想空間で覆われ、首を動かすとその動きに極めて正確に追随して仮想空間が描かれていきます。ここで得られる没入感、つまり現実がそこに再現されていると信じ込む感覚は非常に強いものです。
仮想空間で、相手が近づいてくる、足元が崩れるといったイベントが起こると、多くの人は思わず現実の世界でも起こる防御行動をとってしまいます。一方で、視覚以外の感覚、触覚を再現するデバイスはまだまだ発展途上です。体感を補完するスーツと言ったデバイスを視覚効果と組み合わせるなど(※1)、様々な挑戦が続いています。
- ※1 Hardlight VR Suit - Don't Just Play the Game. Feel it.
https://www.kickstarter.com/projects/morgansinko/hardlight-vr-suit-dont-just-play-the-game-feel-it(外部リンク)
ARによる実用的用途の開拓
VRが視野を完全に仮想現実に置き換えるのに対して、ARやMRと呼ばれる現実世界と仮想現実が混じりあうスタイルも急速に進化しています。ARのヘッドマウントディスプレイではゴーグルは透明で現実世界がそのまま見えていますが、そこに仮想世界が貼り付けられ、融合して見えます。
とはいえ現状販売されているARヘッドマウントディスプレイはあくまで開発者用です。大きな制約は、仮想現実が表示される範囲がまだ狭く、視線の先の特定の領域でしか現実世界と混じり合わないことです。
それでも人間の視覚に極めて精緻に仮想現実を重ね合わせるARヘッドマウントディスプレイは、人とシステムをつなぐ新たなUIにつながる可能性を見いだした多くの開発者から注目を集めています。
デバイスの改善
ヘッドマウントディスプレイにはまだ進化の余地が色々残っています。強力なコンピュータの「本体」と太いケーブルで接続する現状は、行動範囲も制限され決して快適なものではありません。
エンタテインメント施設では、リュックサイズ型のPCを背負うことで「本体」と一緒に動き回る解決策を選んでいますが、高度な計算力と省電力を併せ持つスマートフォン用のプロセッサをヘッドマウントディスプレイに内蔵した「本体」がないタイプも提案されています。さらに、目の前の現実世界をリアルタイムに仮想現実に変換出来るほどコンピュータが強力になれば、VRとARが融合することは容易に想像できます。
一方ではヘッドマウントディスプレイがなくとも物理空間に仮想空間を貼り付け、さらにインタラクションを加えることで共同作業を実現するARも提案されています(※2)。新たな装置によるディスプレイを超えたインタラクションを実現する仮想世界とのチャネルの追求は加速しているのです。
- ※2 Xperia™ Touch Official Website
https://www.sonymobile.com/global-en/products/smart-products/xperia-touch/(外部リンク)
三次元空間との接続
新たなデバイスが提案され、人々が日常的に仮想現実に触れる日々はいずれ到来するでしょう。コンピュータが作り出す様々な仮想空間を統合し、統一されたUIを提供するVROSと呼べるようなインターフェースが登場するかもしれません。
しかし、現在急速に進むVRやARの進化の本質は人間の感覚という未知の領域への新たな探求ではないでしょうか。デバイスの急激な普及、開発者の増加、膨大なユーザーフィードバックの集積が、様々な人間感覚に関わるノウハウの蓄積を加速させています。ここでのノウハウは、VRの没入体験によって、身体が感じている筈のない浮遊感や実態とは全く別の物質を触った触感が生み出すといったものだけではありません。
視覚が捉える物体の大きさは人間の注意力によって変化することがあるとされてきましたが、この問題は仮想空間においてどのくらいのサイズでモノを表示すれば人間が「正しい」と感じ没入できるかという3Dコンテンツ制作者の課題にもなっています。
飛んでくるボールを掴む動きも、仮想現実で支援すると人間が本来視覚で行うのとは異なる動き方に変わり、高速化するという報告もあります(※3)。こうした知見がより自然なインターフェースのあり方に活用され、システムと人の関係を改善していくでしょう。
- ※3 Catching a Real Ball in Virtual Reality
https://www.youtube.com/watch?v=Qxu_y8ABajQ(外部リンク)