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SAF利用促進の鍵は事業性 克服すべき3つの重要課題
次世代エネルギーの普及は、環境性と経済性の両輪が必要だ。利用拡大、持続性を実現するうえで、ビジネスの要素は欠かせない。GHG(温室効果ガス)排出量削減が難しいHard to Abate分野の1つである、航空業界において期待が高まるSAF(Sustainable Aviation Fuel=持続可能な航空燃料)も例外ではない。SAFのポテンシャルについて、NTTデータの松枝進介は次のように話す。
「SAFは、バイオ燃料や合成燃料などを使う非化石燃料由来の航空機向け燃料です。従来のジェット燃料と混合して使用できるため、既存インフラをそのまま利用し燃料の脱炭素化が図れます。この特性を活かすことで脱炭素化が困難な分野である航空・海運などでも活用が見込め、資源循環に寄与することができます。GHG排出量削減効果は最大80%、市場規模は今後30年で450倍(2020年対比)といわれています。資源エネルギー庁によると(※1)、2030年における国内SAF需要量は、国内ジェット燃料使用量の10%(127万kL相当)の見込みで世界基準で見ても多い割合です。SAFの普及は、ビジネスとして成り立つかといった事業性の観点が成否を左右します」(松枝)
国産SAFにおいて、事業性の観点で3つの重要課題があると松枝は指摘する。
1.原材料の確保
SAFの原材料における事業系廃食油の3割(12万トン/年)が輸出されている。輸出後の用途を追うことはできないが、それを国内資源として利用することがポイントとなる。また、家庭系廃食油は90%(9万トン/年)が廃棄されており、それをいかに活かすかが重要だ。「SAFの原材料確保では、国内資源の最大限活用が欠かせません」(松枝)
2.SAF生産能力の偏在性とコスト低減
CO2削減効果が高いとされる使用済み油を原料とした廃食油など、SAF原料の製造場所は偏在しており、供給能力も均一ではない。また、SAFはGHG排出量削減に価値を求めるため、燃料の長距離輸送は価値低下を招く。これらを解決し利用拡大の手法として期待されているのが、環境価値取引を行うBook and Claim(B&C)方式だ。
「B&Cは、環境属性と燃料を分離することで、環境属性のみを証書化し取り引きする手法です。例えば、空港Aの近くにSAFプラントがあるとします。空港Aを利用する航空会社はSAFを使ってGHG排出削減量を登録、証明書の発行(クレジット)を受けます。SAFの供給がない空港Bを利用した航空会社も、クレジットを購入することで排出量削減を宣言できます。また、貨物運送事業者や荷主メーカーなどもクレジットを購入できます。B&Cによりクレジットを販売することで、SAFによる排出量削減効果の公平性を高めるとともに、SAFを利用する航空会社のコスト低減にもつながります」(松枝)
3.認証体制の整備
GHG排出量削減効果のある燃料として、国際的に認められるためには、第三者機関の認証が必要となる。国連の専門機関である国際民間航空機関(ICAO)は、GHG排出量削減を実現するために、CORSIA(国際航空を対象とするカーボン・オフセットおよび削減スキーム)制度を採択。CORSIAにおいて、持続可能性基準を満たしていると認証されたものが、CORSIA適格燃料(CORCIA SAF)だ。CORCIA SAFのサステナビリティ認証を担う、サステナビリティ認証スキーム(SCS)について松枝は話す。
「SCSは、欧州のISCC(International Sustainability and Carbon Certification)とRSB(Roundtable on Sustainable Biomaterials Association)に加え、2024年11月に日本海事協会が世界で3機関目として認証されました。国内も認証体制の整備が進むと思います」(松枝)
図1:国産SAF利用拡大のためには、3つの重要課題を克服する必要がある
横断的に環境価値を測定 SAFデジタルプラットフォーム
認証を得るために不可欠なのが、資源調達から最終利用までを追跡可能にするトレーサビリティだ。認証機関への提出だけでなく、事業の競争力を確保するためにも欠かせない。重要なのは、その要点と実装の枠組みを具体的にどう整えるかである。松枝は次のように語る。
「SAFの生産プロセスでは、原材料生産、収集、燃料生産など複数企業が関わります。サプライチェーン横断でトレーサビリティを実現するデータ流通基盤を構築することで、信頼性の高い環境価値をクレジット市場へ提供できます。また、クレジット登録からクレジット売買、カーボン・オフセット(※2)へと事業をまわしていくクレジット取引基盤の構築も必要です。データ流通基盤とクレジット取引基盤を連携することで、SAFの効率的かつ効果的な活用を支えます。ポイントは、この仕組みを企業1社で実現するのは困難であるという点です。関わる企業が多く、膨大なコストがかかります。NTTデータは、共同利用型SAFデジタルプラットフォームの構築に取り組んでいます。サービスとして利用することで、コストを抑えながら、迅速かつスムーズに導入できます」(松枝)
NTTデータのSAFデジタルプラットフォームのコンセプトは、国際規格に準拠したバリューチェーン全体の一貫した情報管理の実現だ。原材料の収集・確保の支援、データ流通&認証プラットフォーム、持続可能性認証取得・維持支援の大きく3つの要素で構成される。それらが連携し仕組みをまわしていくことで、SAFにおける3つの課題である、1.原材料確保、2.生産能力の偏在性とコスト低減、3.認証体制の整備を解決する。
図2:NTTデータのSAFデジタルプラットフォームは、国際規格に準拠したバリューチェーン全体の一貫した情報管理を行うことで普及拡大に貢献する
NTTデータのSAFデジタルプラットフォームは、成功モデルを活かしたものだ。特筆すべきは多くの企業が関わり扱うデータも多く、技術要件も厳しいプラットフォームであるなか、このプラットフォームを実現できている点だ。その根底にあるのは、同社がこれまで培ってきた多くの社会インフラ、エコシステムの構築運用実績であり、サーキュラーエコノミー実現に向け、同社が構築したバッテリートレーサビリティプラットフォームでも成果を創出できているからこそだろう。
「バッテリートレーサビリティプラットフォームは経済産業省の実証・支援事業の成果を活用し、EV向けバッテリーを対象に、業界横断でカーボンフットプリント情報を連携するプラットフォームサービスです。2024年5月からサービス提供を開始(※3)しています」(松枝)
航空業界も自動車業界も、脱炭素化は不可避の流れだ。対応の遅れがチャンス喪失につながる懸念もある。「大事なのは、協調領域を定め、早期に展開を行い、競争力の維持・拡大を目指すことです」と松枝は指摘する。航空業界はSAF、自動車業界はバッテリーが協調領域にあたる。
バッテリートレーサビリティプラットフォームは、バッテリー生産・再利用に関連する企業間でデータ主権を確保しながら、必要な情報を共有する。バッテリーのライフサイクルにおいて製品単位で環境性能を測定。製造から再利用まで一連の情報をプラットフォーム上で管理することにより、資源循環のプロセスをまわしていくことを目指している。また、EU域内で販売される電池のライフサイクル全体を対象とした環境規制である欧州電池規則にも対応している。
バッテリートレーサビリティプラットフォームは、バッテリーだけでなく、次世代エネルギーへの展開も視野に入れている。重要なのは、強調領域を見定め競争力を維持拡大することだ。デジタルプラットフォームによる情報管理が次世代エネルギーの普及を支える。
社会実装に向け実証加速 「ルール整備」と「データ主権」に対応
「海外のSAFデジタルプラットフォームは、ISCCやRSBがそれぞれ構築しており、米国では民間企業が独自にプラットフォームを有しクレジットを発行しています」と松枝は話し、こう続ける。「国によってクレジットなどのルールは異なります。日本もそうです。自国でクレジットを流通させるためには、国際標準をそのまま使えません。国内事情に合わせたルール整備が必要です」(松枝)
「ルール整備」とともに、国や地域が自国のデータに対する管理権を持つ「データ主権」の確保も課題だ。SAFデジタルプラットフォームでは、環境価値の測定もクレジット化も、各企業のデータ開示がベースとなる。「企業の競争力につながるデータは公開したくないという側面があります。NTTデータのSAFデジタルプラットフォームでは、データ主権を確保するデータスペース技術を採用し、企業が公開したい情報だけを公開することを可能にしています。データ開示に関する企業の懸念を払拭し、環境価値をより正確に測定できます。データスペース技術は、バッテリートレーサビリティプラットフォームで採用しました。世界的にも活用例が少ない先進技術です」(松枝)
NTTデータのSAFデジタルプラットフォームは、実証フェーズに入った。「航空会社、空港、SAF製造会社、認証機関など関連企業・機関が参加しています。原材料の収集から生産、流通までの流れを検証します。原材料収集フェーズではアプリを活用した回収能力の向上、一般家庭参加による資源獲得能力の強化が実証のポイントです。生産のフェーズでは環境価値の指標化が、流通フェーズではB&C方式を用いた環境価値取引の市場化がそれぞれポイントとなります。成果を積み重ねる中で、政府などによるルール整備と歩調を合わせ、国産SAFの普及拡大に貢献していきます」(松枝)
日経BP 総合研究所 上席研究員 金子憲治氏が聞く SAFデジタルプラットフォームの意義と真価

日経BP 総合研究所 上席研究員
金子 憲治 氏

NTTデータ 第一インダストリ統括事業本部
自動車事業部 第二ビジネス統括部 ビジネス 担当 部長
松枝 進介
金子 憲治 氏(以下、金子氏)
バッテリートレーサビリティプラットフォームの技術やノウハウは、SAFデジタルプラットフォームにどのように活かされているのでしょうか。
松枝 進介(以下、松枝)
バッテリートレーサビリティプラットフォームは、欧州電池規則に対応するために、製品単位でカーボンフットプリント値などを、サプライチェーン横断で計測することに利用されています。SAFデジタルプラットフォームとの類似点でいうと、原料段階から積み上げてカーボンフットプリント値を計算するというプロセスは同じです。また、プラットフォームで収集・計算したデータを、自動車会社は欧州委員会に、航空会社は認証機関に提出します。さらに、そのデータを使って製品やサービスの改善に取り組むといったことも共通しています。バッテリーもSAFも、複数の会社が関わり、管理主体も異なる中で、サプライチェーン横断で情報を積み上げ、トレーサビリティを管理するためにはプラットフォームが必要です。
金子氏
サプライチェーンが大きく広がるSAFにおいて、トレーサビリティを実現するポイントはありますか。
松枝
基本的に、事業者が報告したものを積み上げていくしかないと思います。各社が自社の活動に対して責任をもってカーボンフットプリント値を計算し、それをバケツリレーのようにつなげていく方法です。積み上げたデータに基づき、認証機関がSAFとしての環境価値を認証し、SAFを利用することで便益を受ける多くの企業の間で環境価値を利用できる形にしていきます。
金子氏
SAFにおいてクレジット化する意義をどのようにお考えですか。
松枝
クレジット化の意義は大きく2つあると考えています。1つ目は、SAF製造場所が偏在しているため、クレジット化により長距離輸送等を避けることで効率的に利用拡大していくということ。2つ目は、航空会社のコスト負担軽減。生産者の努力もあり、価格は下がってきています。しかし、石油由来燃料と同等の価格になるかというと、難しいと思います。クレジットにより環境価値を売買することで、SAFを利用する航空会社のコスト負担を軽減する仕組みが必要です。そうした考え方は、CORSIAにも取り込まれており、世界各国でクレジットの活用が進んでいます。
金子氏
SAFデジタルプラットフォームの展望をお聞かせください。
松枝
今後、SAF以外のさまざまな次世代エネルギーに応用できるプラットフォームになりうると考えています。技術開発や市場の状況に応じ、このSAFデジタルプラットフォームを段階的に進めることができるため、次世代エネルギーを社会に広めるための具体的な計画やロードマップを描きやすく、その可能性を広げます。
※本記事は日経ビジネス電子版に掲載した内容を許諾を取って掲載しています。


サーキュラーエコノミー実現に向けたデータ流通基盤についてはこちら:
https://www.nttdata.com/jp/ja/lineup/circular-economy/
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