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1.「自然」に関する情報開示要請の高まり
企業に対する自然関連の情報開示の要請が、国際的に高まってきています。2022年12月に国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)にて、新たな生物多様性の世界目標である「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択されました。本枠組では、ターゲットの1つとして、「企業、とりわけ大企業や多国籍企業において、生物多様性に関するリスク・依存関係・影響を開示できるようにする、または奨励するための施策を、各国政府が講じる」ことが合意されました。また、企業における自然関連の情報開示を進めるための枠組みを議論している「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD:Taskforce on Nature-related Financial Disclosure)」からは、2023年9月に最終提言が公表される予定です。こうした情報開示の枠組みは、投資家や金融機関においても、グリーンウォッシュを防止し、客観的にサステナブルファイナンスを進める観点からも、議論されています。
自然関連の情報開示に関する議論が進むなか、サプライチェーンに関する情報の取扱いが注目されています。既に対応が進む「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD:Taskforce on Climate-related Financial Disclosure)」では、サプライチェーンの上流・下流における温室効果ガス排出量(Scope3)の算定が課題となっています。TNFDでも同様に、自社の活動のみならず、サプライチェーンの上流、そして必要に応じて下流の活動における自然への依存関係・影響について把握・開示の対象に含めることが、TNFDフレームワーク(※)のベータ版v0.3に盛り込まれています。
しかしながら、企業の上流および下流を含めたサプライチェーンにおける情報把握は簡単ではありません。多くの企業は、グローバルにサプライチェーンを構築しています。また、サプライチェーンには多数のセクター・会社が関与することも多く、各組織が使用する管理システムも異なります。
今回は、水産加工会社にNTTデータの技術を導入し、サプライチェーンを通じて情報を一元管理することで、業務の効率化とサステナビリティ情報の透明性向上を実現した事例を紹介します。
企業が自然に関係するリスクと機会を評価し、開示するためのフレームワーク
2.エクアドルの水産加工会社Tecopesca社
現在、世界的な健康志向の高まり等により、世界における魚の需要量は増加しています。一方、漁獲できる水産資源は減少傾向にあり、国連食糧農業機関(FAO)による評価では、世界全体で過剰に漁獲され枯渇状態にある資源は約30%に及ぶとされています。こうした資源枯渇の背景のひとつとして、いわゆるIUU漁業(違法:Illegal、無報告:Unreported、無規制:Unregulated)の存在が指摘されています。IUU漁業で獲られた水産物の輸出入を国境で取り締まるため、水産物が適法に獲られ、運ばれたこと等を証明する規制が広がっています。このような規制は、EU、アメリカで既に導入されているほか、日本においても、2022年より、「水産流通適正化法」として、特定の魚種について適用が開始されました。
1999年に設立されたTecopesca社もこれら規制の影響を受けています。Tecopesca社は、エクアドルのハラミホ市にある会社で、主に水産加工品製造、特に高品質の缶詰マグロの加工に注力しており、製品は南アメリカ、EU、北アメリカ、日本を含め、世界中に輸出されています。Tecopesca社では、輸出先国において、水産物が適法に獲られたものであるか等を証明することが求められており、事務コストやサプライチェーンの上流・下流との間でのコミュニケーションコストの増大が課題となっていました。課題解決のために様々なITソリューションをこれまでも導入してきましたが、販売や加工などの部門によりソリューションが分断されているといった問題も抱えていました。
これらの課題を解決するため、Tecopesca社はNTTデータとともに、同社のサプライチェーン上流・下流も含めて透明性の高い情報伝達が可能となるソリューション「IoTrace」の実装に乗り出しました。
3.ブロックチェーン技術を用いたトレーサビリティソリューション
IoTraceは、ブロックチェーン技術を用い、サプライチェーンの上流から下流まで一貫して、関与する企業等が情報を付加することができ、かつ改ざんリスクをなくし信頼性を高めたソリューションです。Tecopesca社の例では、国際的なトレーサビリティ標準であるGS1に準拠すると同時に、水産物加工に関わる主要な業界フォーラムであるGDST(Global Dialogue on Seafood Traceability)が推奨するサステナビリティ情報も含むトレーサビリティ基準をカバーして構築されました。
図1:IoTraceイメージ(出典:NTTデータ)
Tecopesca社は、漁業者、漁法や漁獲場所、水産資源の持続的な利用のための漁獲割当量の範囲内であるか、違法性の有無、水揚げした港などの情報を、漁業会社・漁業者から得てIoTraceに登録します(漁業会社や漁業者自身が、スマートフォンやPCを用いて入力することも可能です)。また、IoTraceは、どのようなERPを使用していても連携が行いやすい汎用的なAPIを構築しています。これによって、運輸、卸、小売り事業者などのサプライチェーンにおける各企業が、それぞれの立場で、受領日、輸送時間、冷蔵の種類、保管期間などをIoTraceに入力できます。よって、一貫した情報が蓄積されるとともに、各企業は、漁獲に関する情報も含めて活用することができます。信頼性を確保しながら、サステナビリティ情報、トレーサビリティ情報の透明性を大きく向上させられるのです。
図2:IoTrace 画面イメージ(出典:NTTデータ)
注:Production, Landing, Shipment, Reception, Transformation・・と漁獲物の移っていく各段階別に、現在存在するロットが表示される。ロット別に、各種情報、証明書、インボイスなどが紐づけられ保管されている。
4.IoTrace導入によって得られた効果
IoTraceの導入によって、次に示すような効果が得られました。
(1)サプライチェーンを通じた効率的な情報管理
この取組によって、Tecopesca社のサプライチェーン上のステークホルダー間の情報管理が大幅に効率化されました。具体的には、上流・下流の取引先とのコミュニケーションの効率化や、各業務によるシステムの分断などの課題を解決することにつながりました。また、作業従事者がすべての情報を把握できることで、権限移譲を進めるなどの取り組みも進み、各従業員の主体性が向上しました。さらには、現場からのプロセスの改善提案などがなされやすくなるなど、社内のガバナンスの改善が、さらにサステナブルなビジネスの実践につながっており、「人」を中心に据えながら持続可能性に貢献するという社のビジョンに合った変革がもたらされたと捉えられています。
(2)金融機関やサプライチェーン下流企業への透明性の高い情報開示
金融機関やサプライチェーン下流の企業にとっても、事務コストを最小限に抑えながら、必要なサステナビリティ情報を入手できるソリューションとして関心を集めています。金融機関はIoTraceに参加することで、遠隔においてもリアルタイムで企業の状況を注視することができ、また信頼性の高い情報を得ることができます。これは、Tecopesca社がエクアドル以外の銀行からも資金調達できる可能性が広がったことを示唆しています。
(3)よりサステナブルなサプライチェーン実現のためのアクションの特定
IoTraceでは、漁業に関するサステナビリティ情報として、漁法や漁獲場所、違法性の有無などの情報を入力できます。しかし、その漁獲場所が生物多様性の観点から重要か、希少種の混獲はないかなど、周囲の生態系にもたらす影響を評価するための情報までTecopesca社は持ち合わせていませんでした。今後、自身のサプライチェーンをよりサステナブルで透明性の高いものにしていくためのアクションに気づくことができました。
5.まとめ
Tecopesca社は、IoTraceの導入によって、効率性やサステナビリティ情報の提供を実現しましたが、このようなソリューションは、今後ますますニーズが高まっていくと考えられます。
本記事の冒頭でも述べました昆明モントリオール生物多様性枠組みやTNFDなどの議論をふまえ、企業に自然関連の情報開示を求める動きが加速していることはもちろんですが、その他にも、EUにおいては、特定の農産品(大豆、牛肉、コーヒー、ココア等)が森林破壊に関わっていないかの証明を域内での販売時に求める法律(森林防止破壊法)が2022年12月に合意されるなど、特定の分野・品目でのサプライチェーン上流における影響を把握する取組も広がっています。また、EUでは製品や部品のサステナビリティ情報を提供する仕組みDPP(Digital Product Passport)の法制化にかかる議論も進展しています。日本においても、こうしたニーズの高まりや法制化の動きが予見され、今後注視が必要です。
現在IoTraceは主にBtoBで活用されていますが、今後の展開としてサステナビリティ情報を消費者にも届けることが期待されます。サステナビリティ情報を商品に添付するなど、消費者自身がサステナビリティに関する情報を閲覧できるように設計することで、訴求力を高めていく取組なども将来の展望として考えられています。今後の社会の要請に応じて、さらなる活用方法の深化が期待されています。
NTTデータでは、今回ご紹介したIoTraceに限らず、サプライチェーンを一貫した情報管理や、各ロケーションにおける自然への依存・影響の計測など、デジタル技術を活用したサステナブルな社会の実現に向けた検討を行っています。TNFDの動向を引き続き注視し、引き続き、ネイチャーポジティブな社会の構築に貢献できるよう取り組んでいきます。
参考:ブロックチェーンの仕組み
https://www.nttdata.com/jp/ja/services/blockchain/002/