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生活者理解を深めるために--ライオンがAIペルソナに挑戦した理由
生活者の価値観や行動を深く理解することは、あらゆるマーケティング活動の出発点である。しかし近年は、生活者の価値観が多様化し、従来のアンケートやインタビューだけでは十分に実態を捉えることが難しくなっている。さらに、調査設計から対象者のリクルーティング、インタビュー、分析までには多くの時間とコストがかかり、現場担当者の負担も大きい。
ライオンでは、生活者とのさまざまな接点や調査を通じて得た深い顧客理解をもとに、製品やサービスを通じて、くらしや社会の課題解決につながる「より良い習慣づくり」を提案している。生活に身近な製品を提供する企業だからこそ、「生活者が本当に求めている価値は何か」を理解することが、新たな顧客体験価値の創出に繋がると考えている。
こうした背景のもと、同社が着目したのがAIペルソナである。AIを単なる業務効率化ツールとしてではなく、「生活者理解を支援する存在」として活用できないか。NTTデータとともに、「AIペルソナはどこまで調査業務で活用できるのか」というテーマでPoCを開始した。
「AIペルソナは簡単に出来る」わけではなかった--現場での試行錯誤
今回のPoCでは、ライオンが過去に実施した調査のスクリーニング条件をもとに、SNSデータから消費者インサイトを発見する「トレンドエクスプローラー™」というサービスと、NTTデータの「LITRON Multi Agent Simulation(LITRON MAS)」を組み合わせ、「ある特定のお口の悩みがある生活者」と「ない生活者」のAIペルソナを生成した。そして、実際の調査で使用した設問を用いてAIペルソナへのグループインタビューを実施し、人間の調査結果と比較検証を行った。
しかし、実務に適用できるレベルのAIペルソナ構築は簡単ではなかった。
まず取り組んだのが、SNSデータがAIペルソナの発話品質にどの程度影響するかの検証である。SNSデータを活用したAIペルソナと、活用していないAIペルソナを比較した結果、SNSデータを活用したAIペルソナは、回答の具体性や一貫性、判断根拠の明確さが向上し、生活者の価値観や行動背景まで踏み込んだ発話が確認できた。
一方で、単純にSNSデータを取り込めばよいわけではないことも分かった。SNS上に投稿された生活者の本音や日常の発信から、価値観や不安、意思決定の傾向といった内面的な特徴を読み解き、それらをAIペルソナへ適切に反映することが重要である。再現したい生活者像に合わせて内面的な要素を設計することが、AIペルソナの高い品質を大きく左右するポイントとなった。
また、人間向けに設計した調査質問票をそのままAIへ適用しても、期待した回答が得られないケースもあった。そのため、確認したい論点は維持しながらも、AIが回答しやすい質問順序や表現へ見直すなど、ライオンとNTTデータが何度もディスカッションを重ねながらインタビュー設計をブラッシュアップしていった。
さらに、人間調査で実施していた「サークルドローイング」のような生活者の期待を物理的に可視化する手法についても、テキストベースで構造化し置き換えるなど、AIならではの代替手法にも挑戦した。人間の調査手法をそのままAIへ移植するのではなく、ライオンが長年培ってきた生活者リサーチのノウハウと、NTTデータの生成AI・データ活用の知見を融合し、AIの特性を踏まえた調査プロセスを再設計したことが、本取り組み成功の大きな要因となった。

ライオン株式会社 マーケティングデザインセンター
菅原 絵理子 氏
ライオン マーケティングデザインセンター 菅原 氏は今回の取り組みを振り返り、次のように語る。
「長年、生活者調査に携わってきましたが、人への調査で培ってきた経験がそのままAIでも通用するわけではありませんでした。一方で、生活者を理解しようとする考え方そのものは変わりません。AIを使いこなすにはこれまでのリサーチ経験を土台にしながら、ペルソナ設計や質問設計、結果の解釈といった新しいノウハウが必要になります。これからは、そうした知見を組織全体で蓄積していくことが重要だと感じています。」(菅原 氏)
AIペルソナはどこまで調査を代替できるのか--PoCで見えた可能性と限界
検証の結果、AIペルソナは生活者の価値観や生活背景を踏まえ、一貫した回答だけでなく、その判断理由や改善案まで論理的に説明できることが確認された。これまで調査後にリサーチャーが整理・構造化していた情報の一部をインタビュー段階で取得できるため、仮説整理や分析業務の効率化につながる可能性が見えてきた。
さらに対象者のリクルーティングや日程調整も不要となるため、従来約1か月を要していた調査プロセスを約0.5日まで短縮できる見込みも得られた。一方で、今回のPoCでは、AIペルソナの活用可能性だけでなく、人への調査が持つ価値についても改めて整理することができた。それぞれに異なる特徴や強みがあることが分かり、目的に応じて適切に使い分けることの重要性が見えてきた。

NTTデータ 第二インダストリ事業本部 飲料・ウェルネス事業部
田村 美紅
「今回の検証で実感したのは、『AIと人のどちらが優れているか』ではなく、『それぞれの得意な領域をどう組み合わせるか』が重要だということです。AIペルソナは、仮説を素早く広げたり、多面的な視点を整理したりすることには非常に強みがあります。一方で、最終的な意思決定や、人だからこそ生まれる矛盾した感情や偶発的な気づきは、人への調査が不可欠です。AIを人の完全代替として考えるのではなく、それぞれの強みを生かした新しいリサーチプロセスを設計していくことが、今後さらに重要になると考えています。」(田村)
リサーチャーの仕事はどう変わるのか--始まるAI習慣と新たな価値
今回得られた最大の示唆は、「リサーチャーの仕事は調査をすることから、意思決定を支援することへ変わる」という点である。ただし、根本にあるのは顧客理解であるという事は変わらない。
またAIペルソナの活用によって、マーケティングリサーチのプロセスそのものも変化する。従来の調査では、一度の調査に多大な時間とコストがかかるため、検証の機会が限られた一方向のプロセスが一般的だった。
一方、AIペルソナを活用すれば、コンセプト立案やパッケージデザイン評価などの各ステップで事前にAIによる予備検証が何度もでき、仮説を十分に磨き込んだうえで人への本調査に進めるようになる。これにより、仮説検証・改善のサイクルが繰り返され、意思決定の確度をさらに高めることが期待される。
今回のPoCは、AIペルソナの有効性を検証するだけでなく、リサーチャーがAIを使いこなすためのノウハウを蓄積する機会にもなった。AIを前提とした調査設計や結果の解釈を現場で実践することで、担当者のAI活用に対する理解は着実に深まり、その知見を他部門へ展開する動きも始まっている。生活者の「より良い習慣づくり」を支えてきたライオンが、今度は自らの組織の中でAIを自然に使いこなす「AI習慣」を育てていく。今回のPoCは、その第一歩となった。
ライオンとNTTデータは、こうした現場発のAI活用をさらに広げ、新たなマーケティングリサーチの実現に挑んでいく。


トレンドエクスプローラーについてはこちら:
https://www.nttdata.com/jp/ja/lineup/trendexplorer/
LITRON Multi Agent Simulation(LITRON MAS)についてはこちら:
https://www.nttdata.com/jp/ja/lineup/litron-mas/
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