スケールしたときのデザインの価値と影響を増大させるため人材とプロセス、プロダクトを組織化して最適化すること
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「共創する自動車保険 &e(アンディー)」とは
イーデザイン損保が提供する新しい自動車保険&eは、自動車に取り付けたセンサーとアプリで急ブレーキなどの危険運転を検知・スコア化するなど、日常から事故に遭わないように契約者の安全運転をサポートするという特徴がある。
安全運転に努めれば“ハート”が貯まり、コーヒーなどの商品と交換できるほか、フレンド機能で離れて暮らす家族・友人とスコアを共有もできる。また自治体や企業とのデータ連携により事故のない社会をめざす取り組みを行ったり、寄付によって安全な街づくりを支援するプログラムがあったりするなど、安全運転の輪を広げていく工夫が随処に施されている。
図1:&eが提供するコア体験
全社CX(顧客体験)デザインの統括として2021年5月にイーデザイン損保に入社した田屋和美氏(同社CX推進部リーダー/お客さま体験統括)は、同サービスについて次のように話した。
「これまで多くの事業会社が行ってきた商品開発あるいはサービス開発は、自社で販売している商品・サービスと、それに対するユーザー・お客さまのことだけが考えられていたと思います。しかし私たちが新たに提供している自動車保険&eは、商品・サービス、ユーザー・お客さまに加え、お客さまの友人や家族、(イーデザイン損保の)従業員・組織、ひいては社会にもその輪を広げ続ける保険。事故時の安心だけでなく“事故のない世界”そのものを、お客さまと共創する自動車保険——それが&eのコンセプトです」(田屋氏)
イーデザイン損害保険株式会社 CX推進部 リーダー/お客さま体験統括
田屋 和美 氏
田屋氏曰く「自動車保険は完全にコモディティ化」しており、同社を含む競合同士の価格競争が起こっているという。
「私たちがお客さまにインタビューをして聞こえてくるのは『自動車保険なんて結局どこも同じ』、『提供サービスも補償内容もだいたい一緒だし違いなんてない』といったお声ばかり。違いがあるとしたら、万一事故に遭ったときに“ちゃんとお金を払ってくれるか”、“親身になってサポートしてくれるか”などですが、基本的には事故なんてめったに起こらない。だから結局価格で選ぶしかありません。
そうした実状を踏まえ、本当にお客さまのためになる自動車保険とは何か、考え直しました。その結果たどり着いたのが『事故のない世界をみんなでつくる』という発想です。多くの自動車保険加入者は『なんとなくお金を払い続けている』のが本音だと思いますが、その払っているお金でもう少し価値を生み出したいというお客さまの心情を、『&e』は体現しています」(田屋氏)
&e訴求に取り入れた「社会の目的達成への共感・共創型モデル」
田屋氏はこれまでの&e開発プロセスについてこう振り返った。
「私たちが提供していきたいのは『&eを契約することで、いつのまにか、気づいたら事故のない世界の実現に貢献していた』というお客さま体験です。しかしそうしたメッセージを普通に発信しても、お客さま、あるいは世の中へは届かない。『自動車保険なのに事故のない世界の実現とか、よくわからない』、『自動車保険なんて安ければいい』、『ソーシャルグッドなんて、高尚な人たちのもので自分とは関係ない』といった反応が大半だと思います。気づいたら事故のない世界の実現に貢献していた、という意識変容をどのように促すかが、私たちにとって大きな課題でした」(田屋氏)
そこで田屋氏らがチャレンジしたのは「&eがもたらす世界観をビジュアル化し、世の中に打ち出す」ことだった。具体的には「安心で安全」、「ちょっと未来で心地よい」、「みんながお互いをケアしている」——そんな世界を可視化して、キービジュアルとして広く公開した。
図2:&eでできる体験を随所に取り込んだキービジュアル
その狙いを田屋氏は次のように説明した。
従来型自動車保険の訴求の仕方は「消費目的達成型のモデル」である。商品・サービスの説明が三角形の頂点にあり、消費者はそれを常に上から見ていた。商品・サービスを支えるつながり、あるいは社会とのつながりはそれより下層に置かれたため、いくら自動車保険の公共性・公益性をPRしても世の中には伝わりにくく、自分ゴト化も起こりにくかった。
対してキービジュアルを用いた&eの訴求は「社会の目的達成への共感・共創型モデル」。三角形を横に倒し、消費者にはまず社会とのつながりを伝えている。
「『これまでの自動車保険とは違う』、『新しいことをしようとしている』、『&eってちょっといいかも』——ご契約を検討される方にそう思っていただける取っ掛かりのようなものを作りたかった」(田屋氏)
図3:社会の目的達成への共感・共創型モデル
DesignOps導入により、顧客体験の社内共創を実現
しかし、その後の開発プロセスは一筋縄とはいかなかったようだ。
「このキービジュアルをもとにお客さまの声を聞きながらサービス改善をしていけばよい——そう想定していましたが、これだけでは全然駄目でした(笑)。その要因は自社の会社組織、つまり社内がついてこられなかったこと」(田屋氏)
社内がついてこられなかった一例として、田屋氏はカスタマーサポート部門が「すぐにパンクした」ことを挙げる。これまで同部門のメイン業務は補償・手続きなどの保険に関するお客さまサポートだった。それが、センサー・アプリを用いる&eの場合、問い合わせ内容が「ペアリングができない」「スマホの使い方がわからない」などテクニカルな面にまで広範に及ぶためだ。
「徐々に『自分たちじゃとても対応できない』、『&eなんてなくていいのに』、『これまでの自動車保険でいいのに』といったネガティブな空気が漂い始めました」(田屋氏)
それらの空気をどのように変えたのか。田屋氏らは社内における共創の取り組みとして「&eのお客さまを社員一人ひとりに深く知ってもらい、かつ理解を推進する活動」を始めたという。
「取り組みは大きく3つに分けられます。1つ目は&eのお客さまの声を軸とした定量・定性の現状分析です。具体的にはチャット履歴の全件分析や契約者インタビューなどを実施しています。2つ目は&eのお客さまの現状について理解促進することです。ここでは1で行った定量・定性の分析結果をもとに、ワークショップや座談会などを通じ、お客さまが&eをどういうふうに使っているのか、理解を深めてもらいます。そして3つ目が、ここまでの結果をもとに各部署や全社で取り組むべき課題を精査しその解決施策の実施をサポートすること。たとえばカスタマーサポートでは新たなトークスクリプト作成支援などを行いました」(田屋氏)
とはいえ、それら取り組みを全社的かつ継続的に推進していくのは容易ではない。「社内の他の取り組みを止めずにサービス運用改善も実施しないといけない」、「まだ顧客体験マネジメントをどうやればいいか模索している状態である」、「推進するできるデザイン組織が社内にない」等々の組織的課題があったためだ。
「もともとこの取り組みは、私を含むCXMと呼ばれるCustomer eXperience Managementチーム、3名で活動していました。私自身は前職でデザイン思考を用いたデザインコンサルティングに従事していたこともあり、専門的なデザインプロセスについて実践可能ではあったものの、それを組織的活動として全社に発展させるにはこの規模では限界がある。とても無理だと思いました。そこでNTTデータのデザイナー集団“Tangity”の支援のもと、DesignOpsを取り入れ、社内での共創を発展させていくことにしました」(田屋氏)
図4:CXMチームの取り組み
DesignOpsを通じて「新しい人材や組織も形成していきたい」
NTTデータでは、デザイン主導のアプローチでサービスを提供するスタジオネットワーク・NTT DATA Design Network(NDDN)をグローバルで16拠点構え、800人以上のデザイナーが活動する。それら16拠点のうち5拠点(日本・イタリア・イギリス・ドイツ・中国)のスタジオによって結成されたデザイナー集団が「Tangity」である。
デジタルテクノロジー推進室 エグゼクティブサービスデザイナー
村岸 史隆
「支援先企業の新規事業開発、既存のサービスプロダクトの運用改善・体験改善にTangity独自のデザインプロセスを適用し、お客さまとの共創、そして伴走支援を実施しています」
そう話すのは日本のTangityである「Tangity Tokyo」のデザイン責任者を務める村岸史隆。DesignOpsとは「スケールしたときのデザインの価値と影響を増大させるため人材とプロセス、プロダクトを組織化して最適化すること」。村岸によると、「常にお客さまの声を軸としたCXリサーチを通じて顧客課題を掘り起こし、改善を図るにはこれが欠かせない」。
「ソリューションを作りつつ、常に“人”を見ながら改善を繰り返す。そのサイクルを回していくため、デザイン機能を事業体の中に作っていくDesignOpsの取り組みが、とても重要です」(村岸)
DesignOpsには以下4つの要素があり、今回村岸たちは特に「2.ワークフロー/プロセスの最適化」、「4.デザイナー環境の設定」の機能を支援したという。
1.デザイナーの採用、育成、配置
デザイン人材は、個人のスキルがわかりづらく、非デザイン人材によるデザイン人材の組織化は難しい。そこで、必要人材の定義、募集要項の一元化、面接、採用からのオンボーディング・育成など、人材の獲得から活用までを一手に請け負う。
2.ワークフロー/プロセスの最適化
ワークフローやプロセスを最適化することで、企業内におけるデザイン人材の役割や活動範囲、アウトプットを定義する機能。
それぞれの組織・チームで働くデザイン人材のアウトプットのばらつきを抑え、品質を安定させる。
3.デザイナー管理とプロセス評価
デザイン人材やプロセスの管理・評価方法を合意する機能。デザイン人材がより良いパフォーマンスを発揮するために、働き方や評価について、他部門との調整も踏まえて管理する。
4.デザイナー環境の設定
デザイン人材が日々利用するツール・インフラなどの最適な環境を準備する機能。デザイン人材が組織・チームを超えてパフォーマンスが発揮できるように、DesignOpsとして環境をセットアップする。
図5:DesignOpsを構成する4つの要素
具体的には、どんな支援をしたのだろうか。
「たとえばワークフロー/プロセスの最適化では、教科書通りのワークフローやプロセスを当てはめていくのではなく、デザイン運用の最大化ができるエリアを見定めるアセスメントワークショップを実施しています。イーデザイン損保様のビジネスプロセスを理解したうえで、今回は、みんなの“お客さま像”を振り返れる場所として、カスタマージャーニーを精緻化しようというところからDesignOpsを始めました」(村岸)
DesignOpsが起こした変化はすでに目に見えるかたちで広がっているという。たとえば、サービス開発の過程で行うデプスインタビュー(対象者とインタビュアーによる1対1の面談式定性調査)では、知見を持つCXMチームデザイナーが最初にインタビューを行い、社員たちがそれを見て学ぶ。そして今度は社員がデプスインタビューをできるようになるといったサイクルが回っているのだ。社内にデザインと事業、両方をわかる社員が増えていくことで、自分たちでサービス改善のサイクルをより精度の高い形で回していけるのだという。
最後に田屋氏はこう話す。
「そもそも顧客起点のサービス開発は、開発部門など特定部門だけの問題ではありません。実はカスタマーサポートや事故対応サポートなど、事業に関わるすべての部署で、会社全体としてみんなで理解し、取り組み、改善していく必要があるものです。各部署のお客さまとの接点は点かもしれない。けれど、お客さまからすると、その点がすべて線になっていて、全体の体験として捉えられます。だからこそ、みんなでカスタマージャーニー全体を理解したうえで考えないと、よりよい体験のサービスなんて作れないのです。お客さまの声やジャーニーマップを中心に社内のみんなで対話することで、お客さま理解が進むだけでなく、共創の“やり方”も浸透します。明確に会社自体が変わってきていると感じています」(田屋氏)
本記事は、2023年1月24日、25日に開催されたNTT DATA Innovation Conference 2023での講演をもとに構成しています。