2019.9.4イベント & レポート

高齢者の記憶を支援する「デジタルメモリーブック」など超高齢社会ソリューション続々
NTTデータ、MITメディアラボの共同ワークショップ

「高齢者や家族が持っている写真や映像などのデジタルデータから記憶を抽出、デバイスに格納し、いつでも取り出せるようにすることで認知症の予防・ケアサポートになるかもしれない」。米MITメデイアラボに客員研究員として赴任中のNTTデータの吉田英嗣氏は、研究開発中の「デジタルメモリーブック」の構想をこう語る。

話したのは、NTTデータとMITメディアラボが、2019年5月22日に共同で開催したワークショプ『超高齢社会:2025に向けた技術』にて。MITメディアラボから参加した3人の研究者、2人のスピンオフ企業幹部を始め、NTTデータを含むMITメディアラボのメンバー企業から約30人が、NTTデータが運営する六本木の「デザインスタジオ『AQUAIR(アクエア)』」に集まった。

MITの最先端研究をインプットとしたワークショップ

MITメディアラボでは「メンバー企業」と協力し、こうしたワークショップなどのイベントの共同開催を定期的に実施している。今回のようにNTTデータとの共同開催は初めて。NTTデータの他に参加したのは、NHK、横河電機、ポーラ、凸版印刷などのメンバー企業だ。

今回のワークショップは、朝9時半から昼食をはさんで18時まで。吉田氏やMITメディアラボの研究者・企業幹部によるインプットを聞いた後にワークをおこなった。

ワークは個人ワークとグループワークに分かれている。個人ワークでは、当日配られたワークシートを元に、超高齢化社会にまつわる社会問題を書き出し、そのうちひとつのITを使用した解決方法を考える。その後、5つのグループに分かれて議論を重ね、超高齢社会の課題を解決する技術ソリューションをひとつ考案するのだ。

今回はアイデアソン形式のワークショップとしたが、吉田氏によると、その目的は具体的なプロダクトの開発につなげることではない。「NTTデータの社員がMITメディアラボの研究者・企業幹部やメンバー企業の方々と交わる機会を設けることで、MITメディアラボで行われている協創を体験し、NTTデータのビジネスや研究開発だけでなく、今後どんな組織でも必要となってくるイノベーティブマインドの習得や醸成を目指しています」。

今回参加したメンバーたち

今回参加したメンバーたち

人々の記憶を補佐するデジタルデバイス

冒頭で紹介した「デジタルメモリーブック」は、いわば人間の脳に対する外付けの記憶装置のようなもの。具体的には、高齢者やその家族が持つ写真や映像などのデジタルデータを大量に入力すると、人工知能が高齢者にとって意味のありそうな「人、場所、モノ」を自動で抽出する。それに家族や介護者・介助者がタグを付けることで、その高齢者にとって重要な「人、場所、モノのメモリーネットワーク(記憶の関係図)ができあがる」と吉田氏は言う。

この抽出されたメモリーネットワークをベースに、高齢者などに対して「従兄弟の子供の名前を覚えていますか」などと質問することで認知症の進行具合を診断したり、人、場所、モノの記憶のどの部分が欠落し始めてきているのか検知したりできる。欠落し始めている情報に関する動画や写真を定期的に見せることで、「記憶をリフレッシュさせ、認知症の進行を遅らせる効果も期待できるかもしれません」と吉田氏は指摘する。

また外部に設けた記憶装置の存在が高齢者に安心感を与えるという効果も期待できる。「認知症は、記憶を失っていくという問題もありますが、物忘れが進むことで高齢者の自信を奪うという問題もあります。自信がなくなると、うつ病など別の問題に発展するケースが多い。そうした問題の予防にもなるかもしれません」。

デバイスは、今はスマートフォンのようなものを想定しているが、高齢者や認知症の人には小さい画面のスマートフォンは使いづらい。大画面テレビやソーシャルロボット、スマートグラスなどもこれから選択肢として検討していくとしている。

NTTデータの吉田英嗣氏

NTTデータの吉田英嗣氏

ロボットが高齢者に与える不思議な影響力

MITメディアラボから派遣された研究員の一人、Hae Won Park博士はソーシャルロボットの専門家だ。製造業で見られるような身体的な動きに重点を置いたロボットの研究ではなく、動きは少ないものの人間との関係性などを研究する分野だ。

「言語によるやりとりはAIスピーカーでも可能。でも同じような会話でもロボット相手だと人の表情が変わる。ロボットをインターフェースにすることで、より多くのデータを入手できるのです」。より多くのデータを入手することで、人間をより理解し、「人間に対しより影響力のある技術を構築していきたい」。

Park博士によると、人間はロボットに対し特別な感情を持つことが分かっている。お掃除ロボットのメーカーに旧型のお掃除ロボットが修理のために送られてきた。修理する代わりに、サービスの一環として新型のロボットに無償で交換しようとしたところ、ユーザーがそれを拒否したという。「新型は要らない。〇〇ちゃんじゃないとだめって言ってきたとのことでした。このユーザーはお掃除ロボットに愛称をつけるぐらい愛着を持っていたようです」。

Hae Won Park博士

Hae Won Park博士

こうした特別な愛情やきずなを利用して、ユーザーの行動変容を促すことが可能だ。子供に対しては、ロボットを通じて教えるほうが効果的に学習できるという調査結果があるという。

高齢者に対しても、同様の行動変容に効果があることが分かっている。あるダイエットのプログラムで体重などのデータを毎日行う場合、紙に記入するのか、スマホアプリで入力するのか、ロボットに催促されて記録するのかという3通りの方法で比較した実験がある。紙に記入したのユーザーはすぐに飽きて長続きしなかったが、ロボットに催促された場合はその2倍、アプリと比較すると20%以上もデータ記入する日が長く続いたという。

また老人ホームでは、共有スペースにロボットを置いたところ、入所したばかりの高齢者でもロボットを共通の話題にすることで、他の入居者との関係構築がスムーズになるという効果も認められた。

今後は、IoTデバイスとロボットを連携させることで、ロボットの環境センシングの能力を強化していきたいという。「薬のボトルを傾けたことをセンサーで認識することで、薬を決められた時間に飲んでいるのか、などといったことが分かるようにしたいのです」。

Park博士は今回のワークショップに対し「異なるバックグラウンドのメンバーとチームを組めて面白い。いろいろな刺激をもらえた」と語っている。

今後人口は都市部に集中。都市計画こそ急務

Luis Alonso博士は、もともとは建築学で博士号を取得したが、MITメディアラボでは都市計画を研究し、最近は機械学習を使ったビッグデータの解析にも力を入れている。同博士が所属するMIT Media Lab City Scienceグループは、上海、ハンブルグ、トロントなど世界7カ所以上の都市にラボを置いている。それぞれの都市の専門家と協力し、各都市が取り組んでいる問題の解決にリサーチ・コラボレーターとして協力しているという。

「各都市には固有の課題があります。上海ではオーバーツーリズムが大きな課題ですし、ハンブルグでは難民問題、メキシコのグワダラハラではスラムによる治安悪化が社会問題です。われわれはそれぞれの都市の専門家に協力し、彼らが持つ国勢調査や、交通、通信、ハウジングなどのデータを使って、シミュレーションモデルを構築し、問題解決に努めています」とAlonso博士。

なぜ都市に注目するのだろうか。Alonso博士によると、今後、世界の人口の約70%が都市部に住むことになるという。「2050年には、35億人が社会インフラの整備されていないコミュニティーに住むようになると言われていて、社会インフラの整備には米国、中国、欧州のGDPをはるかに超えるコストが必要になると推計されています。都市こそが最も重要な場所になるわけです」。

Luis Alonso博士

Luis Alonso博士

都市計画に加え、ハウジングやモビリティにも力を入れている。

ハウジングは、「マイクロハウジング」と呼ばれる部屋のシステムを、MITからスピンアウトしたベンチャー企業が開発している。シンプルなリビングルームにボタンひとつでベッドが現れ、別のボタンでベッドが隠れてキッチンが変わる、というシステムだ。

また、ひとつの部屋を複数のオーナーで所有できる仕組み作りにも、取り組んでいる。ブロックチェーンのスマートコントラクト技術を使い、世界中のユーザーと幾つもの部屋を共同で所有できる仕組みだ。複数の拠点で生活するというライフスタイルが、より多くの人にとって現実のものになるかもしれない。

モビリティに関しては、日本のメーカーとマイクロモビリティ、パーソナルモビリティと呼ばれるような小型の交通手段を研究開発中だ。

今回の参加について、「2050年には世界の人口の25%が65歳以上の高齢者になる。大きなチャレンジだ。都市計画全体をこれまで見てきたが、高齢化社会に焦点を当てて議論するのは初めて。異なる視点を学べるのでありがたい」と語った。

安価な筋肉モニター、スマートメガネなどなど

このほか、Nan-Wei Gong博士は、MITメディアラボの卒業生で、身体動作の微細な定量化を可能にするデバイスを開発する「figur8」社のCEO。最新のデバイス「FlexTech Sensor」は、腕などの筋肉群に貼り付けたテープをゴムバントに似た機器へつなぐだけで、細かな筋肉の動作を安価にモニターすることができるという。

高齢者がケアホームに最初に入所するときにこのデバイスを使って入所者の動作能力を計測することで、ケアの仕方を工夫できるとしている。また人間工学に基づいた製品デザインへの利用も視野に入れている。

Juliana Cherston氏は、MITメディアラボの博士課程の学生。同氏は、現在開発中である宇宙向けのセンサー搭載電子テキスタイルについてレポートした。いろいろな専門家が集まっていることで自由な発想が生まれるMITメディアラボの雰囲気についても話してくれた。

Ernesto C. Martinez-Villalpando博士は、Kopin社のウエラブル技術部門の責任者。MITではバイオメカトロニクスの研究に取り組み博士号を取得している。これまでに外骨型ロボットスーツやヘッドマウントディスプレイの開発に従事してきた。NTTデータの吉田氏は、こうしたスマートグラスが冒頭で紹介した「デジタルメモリーブック」に応用できる可能性があると話している。

所属を越えて意見を交わす場

MITメディアラボの研究者と企業幹部からプレゼンテーションを受けたあとの個人ワークでは、あらかじめ配布された資料にそれぞれの考えを書き込んでいく。このワークは、プレゼンテーションの内容と個人の思考をつなげていく作業だ。

個人ワークで使用されたマトリクス表

個人ワークで使用されたマトリクス表

個人ワークを行った後は、NTTデータなどのメンバー企業から選抜された参加者約30人が5つのチームに分かれて、超高齢化社会に必要なサービス、プロダクトに関してアイデアを出しあう。

このグループワークでは、1グループにMITメディアラボの研究者と幹部から一人ずつ加わる。異なる団体の所属する人々が意見を交えることで、参加者全員が普段とは違う視点を得て、これまでにないアイデアが生まれる。

グループワークの時間は、3時間。時間内にそれぞれのチームで1つのアイデアにまとめ、チームごとに発表し、最後に全員で、気に入ったチームのアイデアに投票した。

5グループそれぞれが、議論を経てアイデアを固めていく。各グループにMIT Media Labのメンバーがひとりずつ加わることで、より専門性の高いアイデアにもアプローチすることが期待された

5グループそれぞれが、議論を経てアイデアを固めていく。各グループにMIT Media Labのメンバーがひとりずつ加わることで、より専門性の高いアイデアにもアプローチすることが期待された

最も多くの票を集めたのは、“ボンサイボーグ”と呼ばれるプロダクトのアイデア。盆栽とサイボーグの両方を掛け合わせた名称だ。チームメンバーによると、最初に超高齢化社会の課題出しを行った結果、高齢者の孤独解消や、見守りのニーズが挙げられたとのこと。それを解決する方法として、「普通のロボットでは味気ない。植物がいいんじゃないか」といった意見から、盆栽型ロボットのアイデアが浮上したという。植物は人間より長く生きる。祖父母と子、孫と、世代を超えてデータが引き継がれるというアイデアも出た。

技術的にはロボティクスに加えて、IoT、AI、各種センサーを搭載。「言語コミュニケーションではなく、音などの非言語コミュニケーションのほうがおもしろいのではないかというアイデアも出ました」。

光を求めてボンサイボーグが自分で動き回ったり、盆栽の持ち主同士のマッチングを促進するなどのアイデアも存在している。

ボンサイボーグに次いで多くの票を集めたのが、“Rent a Gramma”。若者と高齢者のマッチングサービスだ。

チームメンバーによると「高齢者だけではなく、若者の中にも孤独を感じている人が多い。おばあちゃんが聞き役になってくれたり、おばあちゃんの知恵を授けてもらったりするサービスに対する需要があるのではないかと思った。おばあちゃんを貸し出す、というサービスです」。

スマホアプリを想定したが、高齢者にとってスマホは使いづらいかもしれないので、鳥の形をしたロボットなどがいいかもしれないというアイデアも出た。

ビジネスモデルとしてはフリーミアム。人気のある高齢者と話すにはフィーが発生し、高齢者の収入源にもしたいという。

「MITの技術者の考え方に刺激を受けた」参加者の声

セッション後に何人かの参加者に感想を聞いた。

「MITの研究者の発想がおもしろかった。アイデア出しの際には、実現可できるかどうかは一切無視。どうすれば大きなインパクトを社会に与えることができるのかを中心に、自由に考えるという感じでした」

「MITの研究者は勢いがあるというか、うちのチームでは与えられたワークシートを完全に無視。ワークシートを裏返して、自由に考えてみようということになりました。それがいいのかどうかは分からないけど、進め方に勢いがあっておもしろかったです」

「他社の方とも意見交換ができて、社内ワークショップより刺激的でした。ものの考え方、調査の方法も、会社やバックグラウンドによって違うんだなって気づきました」

仕掛け人の一人であるNTTデータの吉田氏は、「日本の大企業は同じ文化、同じ考え方がしみついていて、角度の違う意見に触れる機会があまりない。今回は日本企業だけではなくMITメディアラボの新しい見方を持った人たちと触れることができ、とても刺激的な機会になったように思う」と語っていた。

お客様と専門家が集いサービスデザインの取り組みを推進

今回のワークショップは、六本木一丁目泉ガーデンビルの36階にあるデザインスタジオ「AQUAIR(アクエア)」で実施された。高層階から東京を一望できる、日常とは異なる場にお客様と専門家が集い、新しいサービスの企画からそのアイデアを形にしていく。

NTTデータはこれまで、技術とビジネスを強みとしてきたが、ユーザーを起点に真の課題・解決策を模索し、わかりやすいサービスを創造する“デザイン思考”を取り入れたサービスデザインの取り組みを推進する目的で、2018年に6月にAQUAIRを開設した。

サービスデザインはMITでもアイデアを形成する際に取り入れられていて、利用者の視点からサービスを考えることが、これからのビジネスにも必要である、と米国企業「IDEO」が提唱した手法だ。

デザインスタジオは世界15都市に展開され、NTTデータ・デザイン・ネットワークとして人材/事例/ノウハウを共有しグローバルで連携している。

取材・文:湯川鶴章 撮影:服部希代野

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