組織が抱えていた3つの課題
「あい作」プロジェクトとは、食と農に携わるお客様と一緒によりよい地域コミュニティを構想し、創造していく取り組みです。当時、食農ビジネス推進部には各1プロダクトを担当する5つのプロダクトチームのほか、CS、インフラ、営業、マーケティングの計9チームが存在していました。しかし、組織の拡大に伴い生まれた運営上の課題へのアプローチができておらず、以下の課題を抱えていました。
課題1:チーム間の情報共有が不足
基本的にマネジャー経由で情報が共有されるため、他チームへの情報の展開スピードが遅い。また、情報そのものは伝わっても、背景までは共有されず、結果として情報の欠落が生じてしまう。
課題2:成果の共有ができていない
プロダクトの新機能のリリースや改修の頻度が高く、当たり前のような雰囲気になっていることで、プロダクトとしては前進しているものの、組織全体での振り返り機会が少なく、フィードバックや盛り上がりに欠けている。
課題3:ビジネスバリューの意識が欠如
プロダクトが顧客にどのような価値を提供しているのかを、プロジェクトメンバーが十分に把握できておらず、自分たちのプロダクトの先にいる顧客を意識できていない。そのため、組織の立ち上げから関わってきたマネジャーたちと比べて、他のチームメンバーの熱意が高まりづらい。
そこでNTT DATAは、食農ビジネス推進部の各チームにおけるスキルの幅と仕事の範囲をOrg.Topologiesのマップ(図1)に落とし込むことで、組織としてめざす姿を練り直しました。
図1:Org.Topologiesのマップ:チームが担う仕事の範囲と、個人やチームが持つスキルのケイパビリティの 2 軸で表現したマップ
当初、組織がめざすべき姿は、各プロダクトチームが持つエンドツーエンドでのデリバリー能力をさらに拡張することだと考えていました。しかし、Org.Topologiesのマップでスキルのケイパビリティと仕事の範囲について整理してみると、デリバリー能力ではなく、プロダクトマネジメント能力を拡張することが必要なポイントであり、顧客が抱えている課題やプロダクトの提供価値を各チームに閉じずに共有し、議論し合える状態をめざすべきということが分かりました。
そこで、各プロダクトチームが持つエンドツーエンドでのデリバリー能力はそのまま各チームが持つこととし、チーム間での情報共有を円滑にして、プロダクトへのフィードバックや、組織全体でのビジネス目標を共有・浸透しやすくするため、大規模アジャイルフレームワークであるSAFeの適用を検討することにしました。
食と農に携わるお客さまと一緒によりよい地域コミュニティを構想し、創造していくプロジェクト。
あい作とは? | あい作 | 株式会社NTTデータ
SAFeにおける重要なプロセス「プランニングインターバル(PI)」とは
「あい作」プロジェクトがSAFeに注目したのは、経営目線でポートフォリオをマネジメントすることが組み込まれており、大規模に運営する上での組織体系や、組織運営における優秀かつグローバルなプラクティスが定められていたからです。
中でも、SAFeの中核的な仕組みに「プランニングインターバル(PI)」(図2)があります。PIは、8~12週間のタイムボックスを設け、関連するチーム間で同期を取りながらビジネス目標を推進します。例えば、12週間のタイムボックスの場合、6つのスプリントを1つのPIとして計画を立て、開始時に「PIプランニング」というイベントを実施します。PIプランニングは、SAFeの目玉ともいえるイベントです。関連するチームやステークホルダーが一堂に集まり、通常2日間をかけて、ミッションとプロダクトビジョンの認識を揃え、各チームがボトムアップで目標と計画を作成します。
さらに、PIの最後には、デモや目標に対するレビュー、全体での振り返りを行う「インスペクト&アダプト」を実施します。1つ目のPIが終わると、次のPIを開始します。
このように2~3カ月単位でビジネス目標を立てて達成をめざしていく活動は、OKR(Objectives and Key Results)と呼ばれる目標管理の仕組みとも相性がよく、SAFeと組み合わせて運用されることも少なくありません。
図2:PI(プランニングインターバル)の例
2~3カ月単位の計画立案については、誤解されることもあるため補足します。例えば、1つのPIに6スプリントがある場合、通常のプロダクトバックログ管理の粒度に合わせて、直近のスプリント1と2では、確度の高い現実的な計画を立てます。
一方で、後半のスプリントは粒度が粗くなるため、あまり時間をかけず大まかな計画に留めます。下記のプロダクトの4階層(図3)で説明すると、「How」としての機能よりも、ターゲットユーザーやペインとゲイン、市場分析、競合分析などの「Why」を踏まえて、ユーザーにどのような体験を提供していくのか、ビジネスモデルやロードマップは最適かといった「What」の計画を重視して考えます。Whatの目線が上位層と一致していれば、Howが多少違ってもビジネスバリューは達成できます。ポイントは、「バックログを消化することを目的にしない」ということです。
図3:プロダクトの4階層:Core、Why、What、Howの4つの要素で構成される、プロダクト開発におけるフレームワーク。上の階層ほど抽象度が高いため、変更すると下の階層にも影響が及ぶ。
このようなPIの考え方が「あい作」プロジェクトの組織スタイルにマッチしていると考え、SAFeの導入を決定しました。
SAFeのフレームワークについては重厚長大と言われることもありますが、「OKR」や「CoP(Communities of Practice)」といった世界中の組織で実践されてきた優れたプラクティスが含まれている点が、メリットの1つとして挙げられます。組織によっては、プラクティスを導入する際に一つひとつのプラクティスの目的や意味を上位層に説明しなければならない場合もあるでしょう。世界的に認められたプラクティスがフレームワークに含まれていることで、社内の合意形成がスムーズに進みやすいという点も、SAFeのメリットだと考えています。
SAFeを組織に適用させる要点と実際の効果
SAFe導入にあたって、「あい作」プロジェクトが実施した5つの取り組みについてご紹介します。
1.活動計画
PIを12週間と決め、会計年度に合わせて年間4つの期間で運営しました。スクラムがマッチしない営業チームや基盤チームはカンバン(※2)を採用し、それ以外のチームは基本的に2週間で1スプリントの開発を実施しました。
2.コミュニケーション設計
スクラムのイベントにPIプランニングやインスペクト&アダプト、プロダクトオーナーおよびスクラムマスターが情報共有を行うイベントを追加しました。さらに、システムデモというSAFeのイベントをウィンセッション(成果共有会)に変更するなど、一部のイベントについては独自に設定しました。
3.目標設定
PIプランニングでは、3カ月単位で、人事評価とは直接関係のないチームやプロダクトごとに、ボトムアップで目標を設定しました。その際に重視したのは、チームがワクワクする目標を立てることです。その目標が契機となり、チームは同じ目線で会話できるようになります。
PIプランニングの中で多くの時間をかけるチームブレイクアウトでは、チームごとに3カ月で達成する目標と計画を立てます。チームが主体となってボトムアップで目標を立てることにより、目標に対するオーナーシップを持つことができます。
4.ウィンセッション
SAFeには、スプリントごとに全体を統合したレビューを行うシステムデモがイベントとして存在します。「あい作」プロジェクトでは、1チームが1プロダクトを担当しているため、チーム間の依存関係も強くありません。そこで、デモとしては通常のスプリントレビューで充分であると考え、1.5カ月ごとにお互いの成果をたたえ合い、メンバーが主役となってチームや個人の成果をアピールできる場(ウィンセッション)を設定しました。
ウィンセッションでは以下のチェックインを冒頭に設けることで、通常のレビューとは異なることを意識付けしました。
図4:ウィンセッションの位置付け
5.組織全体でのレトロスペクティブ
スプリントごとにチーム単位のレトロスペクティブ(※3)を実施し、組織の観点からボトムアップでどのような課題があるのか、チームの垣根を越えて交流しながらディスカッションする方法を重視しました。PI単位の3カ月に1回は、ワールドカフェ形式やオープンスペーステクノロジー形式でレトロスペクティブを実施しました。
こうした5つの取り組みが奏功し、各チームがビジネスバリューを意識するようになっただけでなく、計画立案および目標管理、成果共有、振り返りのサイクルが回り始めました。その結果、「このプロダクトでどのようなアウトカムを実現し、そのためにはどのようなアウトプットが必要なのか」を自律的かつ柔軟に考えられるチームへと変化していきました。2024年度には大きく2つの成果を上げています(図5)。
図5:「あい作」プロジェクトの2024年度の成果
プロジェクトの進捗管理と、チームメンバーの作業の最適化を可能にするフレームワーク。
チームの作業プロセスを改善し、次のスプリントをより効果的にするため、開発サイクル終了後に行うチームの振り返りのセッション。
おわりに
アジャイルな組織へと変革するためには、組織としてめざす姿のビジョンを持つことが重要です。また、「単にバックログをこなすためのチームになっていないか」、「組織全体にチームのプロダクトビジョンやプロダクトのめざす姿が伝わっているか」に向き合うことで、プロダクトマネジメントのすきまを埋めていくことができます。さらに、組織全体でお互いの成果を認め合うことにより、各チームの活動をより深く認識できるようになるでしょう。
図6:プロダクトマネジメントのすきま
組織変革の真の原動力は、具体的な指標に基づく目標管理の仕組みだと考えています。どのようなアウトカムを生み出し、世の中にインパクトを残そうとしているのかを、組織に浸透させることが重要です。
NTT DATAではSAFeの適用の中で効果を確認するために、4keys(※4)やSPACEメトリクス(※5)といった指標を活用した改善サイクルを回し始めています。今後は、顧客への提供価値に向き合いながら組織の成長支援を進めると同時に、開発者の満足度にも目を向け、働きやすさ向上による持続可能性を高めていくことに挑戦していきます。
※本記事は、2025年8月30日に開催された「Scrum Fest Sendai 2025」での講演をもとに構成しています。
Shoichiro Hirai - SAFe実践から見えた、フレームワークより大切な組織変革の道程(49:15)
Google社が提唱しているソフトウェア開発チームの生産性を測る指標。デプロイ頻度、変更リードタイム、変更障害率、サービス復元時間の4つの値を計測して改善を繰り返すことで、ソフトウェアデリバリーのスピードと安定性を向上できる。
開発者の生産性を計測するためのフレームワーク。満足度、パフォーマンス、コミュニケーション、効率性、フローの5つのカテゴリから成立する。


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