- 目次
1.MOTの実践がもたらす企業価値の向上
自社が取り組むべきテーマを特定し、企業価値を向上させる取り組みへと展開するためには、「技術の体系的把握(第3回で解説済み)」「自社の技術資産の可視化」「社会課題を解決する技術の予測」が重要です。本稿では「自社の技術資産の可視化」と「社会課題を解決する技術の予測」について詳細に解説します。また、これら3つのインプットを活用して、技術を事業化へと導く戦略について述べます。
自社の技術資産の可視化では、自社の競争優位性の源泉となるコア技術を特定すること、自社技術の市場における強み・弱みを把握することが、開発方針を立案するうえで重要です。
社会課題を解決する技術の予測では、研究開発の成果を効率的に事業につなげるために、解決すべき社会課題から逆算して、求められる技術を予測する視点の重要性を解説します。本稿では、将来の理想的な社会像を規定し、そこに向かう過程で乗り越えるべき困難を「社会課題」として扱います。
2.自社の技術資産の可視化
すべての自社技術を市場における競争力によって分類し、可視化することで、「技術ポートフォリオ」を作成できます。技術ポートフォリオを作成する目的は、自社の競争優位性を支えていると考えられる「コア技術」を客観的かつ再現性のある方法で特定することです。
自社技術の競争力を評価するためには、技術を比較・評価可能な単位として定義する必要があります。これには、第3回で述べた「技術の階層的把握」が有効です。技術の階層的把握では、技術を3つの階層:顧客に対して価値を発揮する「機能区分」、その機能を実現する「技術開発区分」、技術に求められる「性能発揮区分」に分解します(図1)。「性能発揮区分」の階層で技術を評価することで、その技術の競争力を明らかにすることができます。
図2は、EV用のリチウムイオンバッテリーにおけるバッテリーモジュールを題材に技術の階層的把握の事例です。EV用リチウムイオンバッテリーにおいて、顧客に対して価値を発揮する機能区分は、バッテリーモジュール、充放電制御、安全性設計などが挙げられます。ここでは、「バッテリーモジュール」をさらに掘り下げていき、機能を実現するための技術開発区分、技術開発として比較・評価可能な最小単位としての性能発揮区分を導出します。このような階層的把握によって、技術は比較・評価可能な単位として定義されます。
図1:技術の階層的把握
図2:EV用リチウムイオンバッテリーを技術領域とする技術の階層的把握
階層的把握によって得られた性能発揮区分を、(1)自社事業への貢献度、(2)市場における価値、(3)技術優位性の3つの観点で評価します(図3)。すべての自社技術を3つの観点で評価することにより、技術ポートフォリオを可視化することができます。3つの観点でいずれも高いと評価された技術群が自社の競争優位性を支えるコア技術であり、企業価値の源泉となります。
図3:技術ポートフォリオ
3つの観点の具体的な評価方法を示します。
- (1)自社事業への貢献度は、技術を活用する事業における売上、自社内での展開性などを組み合わせて評価します。
- (2)市場における価値は、市場規模、成長性、技術によって解決される課題などを組み合わせて評価します。
- (3)技術優位性は、自社技術の独自性、代替可能性、性能優位性などを組み合わせて評価します。
これらの評価は客観性が重要であるため、社内の人材に加えて、業界内の有識者や顧客へのインタビュー・ヒアリングを通じて評価することが適切です。
客観性のある評価に基づいて自社技術を評価し、「技術ポートフォリオ」を把握することで、研究開発の方針を定めることができます。具体的には、自社が維持すべきコア技術やコア技術へ進化するポテンシャルの高い技術の特定、コア技術を目指すうえでの現状の課題把握、限られたリソースを配分すべき技術や中止すべき技術の選定などが可能となります。
3.社会課題を解決する技術の予測
技術を競争優位の源泉として企業価値を高めるには、研究開発の成果を効率的かつ持続的に事業につなげる必要があります。そのためには、将来の社会像に必要な技術を導出する視点が欠かせません。本稿では、「社会機能の整理」「各機能におけるリクワイアメントの把握」「事業機会仮説の導出」「将来必要となる技術の予測」の順に社会課題を解決する技術の導出を行います。将来予測では不確実性が高くなるため、技術の活用シーンを想像するのは容易ではありません。そのため、社会に求められる機能を俯瞰することから始め、次に自社と関連のある事業領域、技術領域へと検討対象を絞り込みながら、特定の領域において将来必要な技術を導出することが適切です。各段階では、市場における価値、自社の事業領域とのシナジーの観点で評価しながら、優先度を決めていくことができます(図4)。
図4:将来の社会像から必要となる技術の導出
まず、将来の社会で求められる「社会機能」を導出します。ここでの「社会機能」とは社会システムを維持するために必要不可欠な機能のことです。例えば、国家運営を担う中央省庁の構成・配置を起点として社会機能を整理することができます(図5)。
図5:将来予測における分析単位としての「社会機能」の例
次に、リクワイアメントを導出する際には、各社会機能の動向を俯瞰的かつ長期的視点で理解する必要があります。リクワイアメントは多数存在するため、各社会機能において想定される利用シーン、利用者、対象者・物、サービスの種類などの軸で整理するのが適切です。例えばモビリティ領域では、利用シーンと乗り物の種類を軸として整理することができます。
さらに、リクワイアメントを満たす商品・サービスに対して、ビジネスの成立要件を付加したものが事業機会仮説です。ビジネスの成立要件としては、顧客への提供価値、実現可能性、収益性等のさまざまなものがあります。これらの要件を含む事業機会仮説を可視化することにより、あるべき技術の姿が規定され、技術開発の方向性が市場のニーズと乖離することを未然に防ぐことができます。
これらの検討を基に、事業機会仮説を立案することで、その実現のために将来必要となる技術を予測することが可能になります。ここで留意すべき点は、必要となる技術の全てが前例のない革新的なものとは限らないということです。第2回で述べたTeslaやBYDがリードする電気自動車を構成するバッテリーやモーターの技術自体は以前から存在していましたし、Amazonがネットショッピングを始める前にも通信販売の市場は存在していました。そのため、既存の技術で対応可能なもの、既存の技術の性能向上が必要なもの、革新的な技術の実装が必要なものに分類し、開発リソースを投入する対象を見極めることが重要です。
4.取り組むべき技術テーマの選定と事業化に向けた戦略
第3回で「技術の体系的把握」、本稿のここまでで「自社の技術資産の可視化」と「社会課題を解決する技術の予測」について述べてきました。これら3つのインプットを活用することで、自社が取り組むべき技術テーマを特定することができます(図6)。
図6:3つのインプットによる取り組むべき技術テーマの選定
1つ目の「技術の体系的把握」は競争環境の理解に役立ちます。例えば、技術成熟度が低い場合に考えられるのは、研究開発の成功確率が低くなるため、資金力が十分でない会社にとってリスクの高いプロジェクトになる可能性です。技術成熟度が高い場合には競合他社との差別化戦略が必要になる場合があります。また、市場有望度が低い場合には、競争相手が少ない一方で研究開発の投資リターンの低さが課題になり、市場有望度が高い場合には厳しい競争を勝ち抜く必要があります。
2つ目の「自社の技術資産の可視化」は、獲得すべき技術と現在の自社技術との差分の把握に有用です。獲得すべき技術は自社の技術ポートフォリオの中にあるのか、あるいは外部から獲得する必要があるのか、などを明確にすることができます。
3つ目の「社会課題を解決する技術の予測」は、技術と事業機会の整合性の確認に役立ちます。社会課題を解決するために必要な技術を導出し、研究開発の対象とすることで、成果がビジネスにつながらない事態をあらかじめ防ぐことができます。
これら3つのインプットを考慮し、事業化までを見据えたときに自社で育成・保有することが必要不可欠なものとして、取り組むべき技術テーマを特定することが重要です。
取り組むべき技術テーマに照準を合わせた後は、その技術テーマの研究開発成果が企業価値向上につながることを確認することが非常に重要です(図7)。その目的においても、これまで見てきた3つのインプットを活用することができます。
1つ目の「技術の体系的把握」によって理解した競争環境の情報をもとに、自社が優位性を築く戦略を立てます。知的財産権による自社技術の保護、ノウハウ化、模倣困難なビジネスモデルの構築など、オープン/クローズの使い分けが鍵です。
2つ目の「自社の技術資産の可視化」によって明らかになった目標と現状の差分を埋めるべく、ヒト・モノ・カネなどのリソースを確保する必要があります。
3つ目の「社会課題を解決する技術の予測」で検討した事業機会仮説を実現するため、より具体的なビジネスモデルを想定し、収益見込みや事業化に要する時間を検証することが重要です。
さらに忘れてはならないのは、「組織の意志」を固めておくことです。研究開発の成果がビジネスとして結実するには、しばしば大きな投資と長い期間を要するため、技術テーマを取り組むことに対する経営層からの支持や組織からの共感・理解を十分に得る必要があります。このように、取り組むべき技術テーマの選定に用いた3つのインプットは、戦略的に技術テーマに取り組み、企業価値向上を実現する重要な要素となります。
図7:選定された技術テーマの妥当性確認
5.将来の国際競争力を築くためのMOT実装への展望
日本企業は高い技術力を持ちながらも、技術から顧客価値を生み出し、企業価値の向上へとつなげる仕組みが弱く、技術の出口が不明瞭なまま埋もれてしまう傾向にあります。今後、日本企業が国際競争力を向上させるために必要なのは、市場ニーズや社会課題を起点に構想の段階から技術を設計し、顧客への価値提供を前提とした技術戦略を立てることです。技術トレンドや自社の技術ポートフォリオに対する理解を深めることは、事業化への道筋を高い解像度で描くことにつながります。日本企業の国際競争力を向上させるには、イノベーションの創出が必要不可欠であり、技術と経営を結びつけるMOTを実践していくことが今まさに求められています。
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第3回「日本企業の国際競争力を向上する技術経営(3)技術の体系的把握」はこちら:
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