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原材料・エネルギーコスト高騰の波に、企業はどう立ち向かっているか
素材業界は、川上と川下の間に位置する“調整弁”のような存在である。原油やエネルギー価格の高騰、為替の変動など、企業は日々コスト増の波にさらされている。
「素材業界は、川上と川下の需要差の間に位置しており、供給制約や市況の変動を受けやすい構造になっている。まさに調整弁のような役割を担っている業界である」と、登壇したNTTデータの宮原は語る。
化学品製造業の価格転嫁率は47.3%と、全業種平均より高い水準にある。しかしながら、企業が自ら吸収しているコストの割合は依然として大きく、企業努力の限界が目前に迫っている状況である。
図1:素材業界の事業環境
実際、NTTデータが収集したIR情報や企業ヒアリングでは、複数の共通課題が浮かび上がっている。たとえば、製品別の利益が把握できておらず、どのSKUが収益を押し下げているのかが見えない。結果として、値上げの判断が曖昧になり、現場では「どこから手をつけるべきか分からない」といった声が上がっている。
また、事業部ごとに価格転嫁の進捗(しんちょく)がばらついており、同じ企業内でも対応の温度差が生じている。ある部門では市況に応じて柔軟に価格調整を行っている一方で、別の部門では過去の契約条件に縛られ、転嫁が進まないケースも見られる。
さらに、市況の急変に振り回されることで、値上げのタイミングを逃す事例も少なくない。原材料価格が上昇しても、社内での意思決定が遅れ、営業現場が顧客との交渉に踏み切れない。結果として、価格改定が後手に回り、利益を取りこぼす構造が常態化している。
加えて、価格設定の仕組み化が進んでいないことも大きな課題である。多くの企業では、価格判断が担当者の経験や勘に依存しており、明確な根拠や再現性が乏しい。属人的な判断が続くことで、組織としての価格戦略が描けず、経営層と現場の間にギャップが生じている。
図2:各社の認識
分断された情報と判断を、どうつなぎ直すか
さらに素材業界には“構造的な分断”が存在する。製販分離によって製造部門と営業部門が別々に動き、情報が共有されないという課題である。M&Aによる組織変化のたびに価格の整合性も崩れていきやすい。SKUの数は膨大であるにもかかわらず、データはExcelで管理されており、全体像が見えにくい。「製造会社と販売会社が分かれているケースでは、工場側と営業側の関係がうまくいっていないことも多く、情報の分断が起きやすいのです。結果として、価格設定の根拠が共有されず、現場が感覚で動いてしまうのです」と宮原は説明する。
市況の変動が事業着地に直結する今、価格戦略はまさに経営判断そのものである。営業現場では「値上げしたいが根拠が示せない」「どの製品が利益を圧迫しているか分からない」といった声が絶えず、価格戦略は属人的な判断に頼らざるを得ない状況が続いているのである。
図3:具体的な課題
損益を“見える化”することで、戦略は動きだす
そこで、NTTデータが支援したプロジェクトでは、地域会社任せだった損益管理を見直し、製品別・地域別のマトリックス型経営を導入した。サプライチェーン、BOM、販売情報をAnaplanに集約し、限界利益から営業利益までをリアルタイムで可視化する仕組みを構築した。
「以前は“目隠ししたままの経営”だった。連結で製品別の損益が見えず、地域任せの判断に頼っていた。そこをマトリクス型の経営に切り替え、各拠点が自律的に連結損益を追求できるようになった」と宮原は振り返る。
ERPとの連携により、予定売価や受注情報をもとに利益試算や価格シミュレーションが可能となり、販売実績データを活用し、値上げによる販売数量の減少や在庫変動も予測できるようになったという。導入後、営業利益は前年同期比で58%増加した。IR情報によれば、売値要因の72%が価格戦略によるものであり、価格設定の精度向上が業績改善に大きく寄与した。
図4:導入効果
生成AIによる価格戦略支援の可能性
次に、NTTデータの加藤が生成AIとAIエージェントを活用した価格戦略立案のデモンストレーションを実施した。「このデモは、Anaplanに格納された社内データやERPの情報、さらには外部ニュースなどをもとに、自然言語で価格戦略を立てる様子をお見せするものです」と加藤は説明する。
会場のモニター上でSKUを指定し、「提案価格を教えてください」と入力すると、AIは即座に「850円」と返答。さらに「なぜ850円なのか?」と尋ねると、目標単価849円に転嫁額1円を加えた結果であると説明される。
「裏側では、原価悪化リスクの数値化から価格戦略立案まで、5つのステップで処理が行われています。複雑な計算処理を自然言語で確認できる点が、この仕組みの強みです」と加藤は語る。
さらに、価格転嫁の判断には、依存度・価格感応度・競合強度といった指標を用い、顧客ごとの価格弾力性に応じた差別化戦略も実現したという。自然言語で「価格転嫁シナリオを作成して」と指示すれば、複数の転嫁パターンがすばやく自動生成される。
「価格戦略は、もはや営業担当者の経験則だけで決めるものではありません。AIが現場の判断を支援することで、より精緻で納得感のある意思決定が可能になります」と加藤はデモを締めくくった。
価格戦略は、現場と経営をつなぐ“共通言語”
今回のNTTデータのセッションが示したのは、価格戦略が単なる値付けではなく、企業の意思決定そのものをささえる“共通言語”になり得るということである。現場の知見とテクノロジーが融合すれば、属人的な判断から脱却し、組織全体で利益を守る戦略が描けるようになる。素材業界に限らず、価格戦略に悩むすべての企業にとって、今回のNTTデータの取り組みは一つのヒントとなるはずである。分断された意思決定を、どうつなぎ直すか--その答えは、すでに現場で動き始めている。
今こそ、価格戦略を“共通言語”として再構築するタイミングである。属人的な判断から脱却し、組織全体で利益を守る仕組みを描くことが、次の競争力につながる。


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