2020.12.22事例&対談

千年カルテ:医療データ活用の先にある未来とは

医療データの2次利用は、医療の高度化や製薬研究に大きな効果が期待できる。ところが日本の医療データは、個人に関わる機微な情報として取り扱いが厳格化されており、情報を収集する仕組みの構築や統一フォーマットの策定も進んでいなかった。こうした課題を解決し、医療分野における効果的なデータ活用を実現するための取り組みが「千年カルテ」だ。

今回は、千年カルテを推進する一般社団法人ライフデータイニシアティブ(以下、「LDI」)とNTTデータの担当事業部に、医療・ライフサイエンスにおけるデータ活用の現状と未来について話を聞いた。

長きに渡った日本版EHR(※1)の取り組みが、次世代医療基盤法の施行により本格化

LDI 代表理事/医学博士で2001年から日本版EHRを牽引してきた吉原 博幸氏は、千年カルテにおいても中心的な役割を担っている。

一般社団法人ライフデータイニシアティブ 代表理事 医学博士
吉原 博幸氏

「日本版EHRの取り組みは以前より進めていましたが『千年カルテ』として始動したのは2015年です。日本医療研究開発機構(AMED)の研究公募事業に採択され、2019年からの自立運営に向けて準備を進めてきました」(吉原氏)

千年カルテの推進には法的問題の解決が不可欠であり、吉原氏は各種講演や国への提言で新たな法律の策定に尽力。これが2018年5月の次世代医療基盤法施行につながったと言う。

「改正個人情報保護法では、病院のデータを内部で利活用する場合はオプトアウトで対応できるのですが、1つの病院で完結できない臨床研究の場合はデータを外部に出すため個別の同意(オプトイン)が必要で、研究に必要な母数を確保することは難しい状況でした。次世代医療基盤法の施行で、こうした課題を解決するための糸口が見えてきました」(吉原氏)

次世代医療基盤法の施行にともない、LDIとNTTデータは電子カルテを含む詳細な医療情報を、収集・匿名加工提供する認定事業に取り組む。本事業を主にシステム面から支えるNTTデータの責任者である製造ITイノベーション事業本部 副事業本部長の杉山 洋は、プロジェクトに参画した経緯をこう語る。

株式会社NTTデータ 部門執行役員 製造ITイノベーション事業本部 副事業本部長 兼 第四製造事業部長
杉山 洋

「NTTデータは千年カルテの前身の頃から関わっています。当社はもともと『情報技術で、新しい「しくみ」や「価値」を創造し、より豊かで調和のとれた社会の実現に貢献する』という企業理念のもと、医療の高度化や課題解決に貢献したいという思いを持っています。
本プロジェクトの目指す未来に共感したメンバーも多く、我々としては“単なるビジネス”ではなく、社会に貢献するための取り組みであると捉えて参画しています」(杉山)

※1 Electric Health Record:個人の医療等に係る情報を蓄積し活用すること

LDIとNTTデータの連携により、医療データの2次利用環境を整備

千年カルテでは、特定非営利活動法人日本医療ネットワーク協会(JMNA)が運営する「EHRセンター」に医療機関の電子カルテデータやレセプトデータなどが収集・保存される。
認定事業者であるLDIやNTTデータが「二次利用センター」にて、利用者からの申請に合わせて名寄せや匿名加工などの処理を行い、データを提供するという仕組みを構築している。

現在は、106の医療機関がEHRセンターにデータを送信しており、検査の結果伝票や処方箋などを1枚とすると、90~100万枚相当のデータが毎日送られてきており、今では相当のデータが蓄積されている状況と吉原氏は言う。

EHRセンターのデータは患者の要求に応じても開示され、複数の病院にまたがった自身の臨床データを簡単に確認できるようになった。東日本大震災で、医療データの連携が取れず患者の診療に問題が発生したことを踏まえ、モバイルデバイスでの閲覧を前提としてアプリを開発・運用しており、2020年10月からはスマートフォン向けアプリに一本化していると話す。

本格的に動き出した千年カルテですが、課題も見えてきた。1つめは「データを提供する医療機関の増加」、もう1つは「データを出力する仕組み」が挙げられる。
新型コロナウイルスなどの影響もあり、目標である「300の医療機関との契約」には時間がかかっている。病院側の理解を得るためには「経済的な負担をかけず」「データ入力を強いるような手間も増やさない」ことが重要と吉原氏は話す。
また、現在電子カルテは病院ごとに運用しているため、医者の所見や経過記録など構造化されていないデータも数多く含まれており、データを利活用するにはAIなどの技術を使って分析・加工する必要がある。

「非構造化データの処理・活用を高度化していくことが、本プロジェクトのブレイクスルーに必要な要素だと考えています」と杉山は言い、匿名加工や統計データの作成だけでなく、非構造データの処理においてもNTTデータの技術を活用していきたいと話す。

さらに、多様なデータを医療機関同士や患者も含めて活用することで、医療の安全性を大幅に高められると吉原氏は言い、特に患者をターゲットにしたデータの利活用は、海外でも進んでおらず、千年カルテの先進性が見えるポイントとなる。

「私は『医療チームの中の重要な一員は患者である』ことを信念に、医療に携わってきました。すべての医療データを患者と共有することで、患者が自分の病気を理解することができ、治療成績の向上にもつながります」(吉原氏)

最終的には、健診の結果などの『ウェルネス』データや、介護・在宅医療系の『ケア』データの収集も強化し、千年カルテで収集したデータで高精度医療を実現していきたいと力を込める。

NTTデータのノウハウを活かし、安心・安全なデータ活用を

千年カルテでは扱うデータが特定の機微な個人情報を含むため、国が求めるガイドラインのハードルが高く、時間がかかりましたが詳細かつ広範な検討を行う事で要件をクリアしたと言う。
そこでは、社会インフラの構築で培ったNTTデータの知見が大きな役割を果たしたと、NTTデータのプロジェクトリーダーを務める宮川 宗大はこう振り返る。

宮川 宗大

株式会社NTTデータ 製造ITイノベーション事業本部 第四製造事業部 VC統括部 営業担当 課長
宮川 宗大

「認定や申請にあたり、アカデミア・一般法人・行政とそれぞれ異なる文化を持つ組織との協調が必要でした。NTTデータは社会インフラの構築を重要なミッションに掲げて、さまざまな分野と密接な連携を行っており、その知見が今回のプロジェクトの推進に活かせました。ハイレベルのセキュリティや運用、人員の管理など、情報システムの技術だけでなく、あらゆる要件をトータルに対応できるノウハウを蓄積しているのが我々の強みだったのではないかと感じています」(宮川)

本プロジェクトに携わるNTTデータの西田 陽介も「認定要件の1つとなる匿名加工に関しても、NTTデータグループの持つ技術を活用できました。単なる匿名加工ではなく、“使える”データにするためのノウハウを持っていたのも大きかったと思います」と、技術力や知見を活かせたことを実感していると語る。

次世代医療基盤法に基づいた事業は一度認定を受けたら終わりではなく、認定事業者として資するかの確認が続けられる。NTTデータの豊島 雄太は「利用者の目線に立つとデータを扱いやすくするための工夫の余地がまだあると感じています。関係各所と密接にやり取りしながら、より良い仕組みとなるような改善に取り組んでいければと思っています」と、継続的な取り組みが必要であると話す。

豊島 雄太

株式会社NTTデータ 製造ITイノベーション事業本部 第四製造事業部 VC統括部 営業担当 課長代理
豊島 雄太

また、西田は「関連する病院、患者、製薬会社、研究機関にどのようなインセンティブを提示するのかが大きな課題です。全員にメリットのあるエコシステムを築くことができれば、大きな成果が得られるはずです」と語り、LDIとNTTデータの知見を合わせ、より多くの医療データを集約するための取り組みを継続していく予定だと話す。

西田 陽介

株式会社NTTデータ 製造ITイノベーション事業本部 第四製造事業部 VC統括部 営業担当 課長代理
西田 陽介

千年カルテの取り組みに期待する製薬会社のコメント

日本版EHRを実現し、医療データの集約と2次利用を可能にする千年カルテには、多くの製薬会社が注目している。今回は、日本製薬工業協会の安中氏(第一三共)とPfizerの米本氏に、同プロジェクトへの期待についてコメントをいただいた。

エビデンスを創出するための「パートナー」として力を合わせていきたい

日本製薬工業協会 産業政策委員会 イノベーション政策提言推進ワーキングチーム
安中 良輔氏

安中 良輔氏

いま製薬企業は、研究開発技術を基盤とした「テクノロジードリブン」のアプローチに加え、医療ビックデータやAIなどを活用する「データドリブン」なアプローチで、革新的な医薬品の研究開発や育薬に取り組んでいます。
こうした状況のなか、LDIとNTTデータが次世代医療基盤法の認定事業者として政府に認定されたことは大変喜ばしいことと受け止めています。

まずは匿名加工医療情報の活用で得られるプラスの効果を国民の皆様に実感いただくことが重要であり、そのために、LDI/NTTデータと製薬企業は、単にデータを「渡す者」と「受け取る者」ではなく、エビデンスを創出するための「パートナー」として共に知恵を絞りあう関係を築いていければと思います。

目的に応じた、多様なデータの活用により、医薬品の価値の最大化を

米本 直裕氏

Pfizer株式会社ヘルス&バリュー本部 医療技術・事業性評価部 部長
米本 直裕氏

近年、世界中の製薬企業で、医薬品の価値を最大化するために、EHR、レセプトデータ、製品・疾患レジストリ、患者報告データなど、リアルワールドデータ(RWD)の活用が進められています。日本でも2019年に費用対効果評価制度が開始され、費用の算出にレセプトデータの利用の検討がガイドライン内で挙げられるなどRWDの利活用の機会は広がりつつあります。

今後、日本においても、目的に応じて多様なデータを活用し、医薬品の価値を最大化できる時代が到来することが期待されています。
その実現のためには、次世代医療基盤法の円滑な運用が必須であり、そのさきがけである千年カルテの取り組みは、大変重要なものと考えます。日本に新しいRWDの利活用の機会が生まれることで、さまざまな価値創出の機会が広がることを期待しています。

医療データの利活用を拡大し、フード&ウェルネスの領域で人々の幸福な生活に貢献を

本格的に始動した千年カルテの中心的役割を果たすLDIとNTTデータは、運用をスタートさせたことで見えてきた課題に対処しながら、医療に関連する社会課題の解決を目指している。

NTTデータの杉山は、千年カルテを含めたライフサイエンス領域におけるNTTデータの目指す姿をこう語る。

「NTTデータでは、今後も医療データを利活用する仕組みを通じて、医薬品の安全性向上、医療費の増大、超高齢社会の到来などの社会課題の解決に資するための取り組みを進めていきます。もう少し広く見ると、Food & Wellnessの領域で、人々の幸福な生活に貢献できればと考えています。たとえば、すべてのWellness Dataを自動で収集するFrictionlessやImplantable(※2)といったテクノロジーやデバイスの活用にも、当社のノウハウが活用できると思っています。NTTデータが蓄積している、さまざまな領域のデータを横断的に捉えることで、未来の社会をより良いものにできるのではないかと考えています」

※2 Implantable:体内状態を把握するための植え込み型デバイス

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