AI導入の躊躇が招く顧客離反リスク
コンタクトセンターが抱える人手不足やコスト増といった構造課題。その解決策として、AIへの期待はかつてないほど高まっている。カスタマーサービスは生成AIの価値を最も発揮できる領域の一つと目されているにもかかわらず、その実態はオペレーターの補助や一部業務の自動化に限定され、まだ多くの企業で決定的な打開策とはなっていないのが現実だ。
その一因は、AIへの信頼性に対する根強い懸念にある。特に日本のカスタマーサービスには、実利的な解決だけでなく、丁寧さや納得感の形成が強く求められる。「顧客の高度な要請に正しく応えられるのか」「顧客との信頼関係を損なう可能性はないか」。こうした懸念から、抜本的なAI活用へのアクセルを踏み切れない企業は多い。消費者側も、利便性を歓迎する一方で、画一的な対応や問題解決に至らない体験への不満を抱えており、AIへの信頼はまだ醸成過程にあると言える。
決済大手のクラーナ(Klarna)社の事例は、AIによるコスト削減の追求が行き過ぎれば顧客満足度を損ないかねないという、多くの企業が抱く懸念を象徴する出来事として受け止められている(※1)。
だが、こうした現状認識だけで安住しているとすれば、その判断は危険かもしれない。なぜなら、消費者の行動が、すでにAIファーストに変化し始めているからだ。何かを調べるとき、無数のWebサイトを巡るのではなく、まずAIチャットツールに相談する。そんな行動は、もはや一部の先進層だけのものではなくなっている。
この流れを決定的にするのが、消費者一人ひとりが持つ「パーソナルAIエージェント」の台頭である。日々の複雑な手続き、複数サービスにまたがる情報収集、あるいは急なトラブル対応といったタスクを、ユーザーの状況や意図を深く理解したパーソナルAIが代行し、企業のAIエージェントと直接対話して自律的に目的を完結させる。
その時、これまで煩雑さや時間制約から顧客が諦めていた潜在的なニーズが顕在化し、企業への要求量は大きく増加するだろう。その総量は現在の倍以上となることも十分に考えられる。加えて、企業には、これまで以上に迅速な対応が当然のものとして求められるだろう。人だけでの顧客対応を前提としていては、この圧倒的な量と速度に応えきれず、顧客を失うことになりかねない。
AIファースト時代、カスタマーサービスに求められる構造変革
この変化を前に企業が目指すべきは、単純な現状業務のAI化ではない。それは、AIファーストでの新たな顧客サービスの構築であり、業務プロセスや人の役割の抜本的な変化を伴う構造変革である。
実現すべき姿の第一は、AIによる自律的な目的完遂と、説明責任の両立である。例えば、機器故障の問合せがあった場合、その解決方法の案内をするだけでなく、交換品の手配や復旧までを一気通貫で完遂する。そして、その進捗や判断根拠といった情報を、顧客に対して正確に開示する。これは、納得感を重視する日本の消費者にとって、AIへの信頼を醸成する上で不可欠な要素となる。
第二は、AIと人間の接点を、それぞれ新たな価値創造の源泉として戦略的に活用することだ。AIとの対話からは、詳細な顧客インタラクションデータが大量に集積される。これを分析することで、顧客ニーズの微細な変化をいち早く掴むことが可能になる。その一方で、AIとの対話が標準となるからこそ、人間による直接の接点は、より希少で価値ある機会となる。この貴重な機会を、顧客の生の声を深く傾聴し真のニーズを掴むとともに、共感を通じてエンゲージメントを飛躍的に高めるための、戦略的なタッチポイントとして集中的に活用していくのだ。
そして第三が、人間の役割と組織構造の変革だ。AIが自律的に業務を遂行する世界では、人間の役割は「処理」から、AIを正しく導き活用する「統制」へとシフトする。この「統制」は、主に3つの役割から構成される。
- 【監督】:自律的に動くAIエージェントの活動を監視するとともに、そのパフォーマンスを評価し、改善のフィードバックを与える教師としての役割を担う。
- 【高度対応】:難易度が高い重要な局面や、共感力が求められる場面において、高度な顧客応対を行い、顧客エンゲージメントをより深く強固なものにする。
- 【戦略立案】:AIエージェントを中心に収集された膨大なデータを分析し、これまで見過ごされてきたインサイトや新たなニーズの兆候を発見する。そして、それを起点に、新たな顧客体験を設計し、サービスや事業全体の改善へと繋げ、事業の成長を直接的に牽引する。
信頼性と成長を両立する循環モデルの確立
AIファーストでの顧客応対を実現する上で、避けて通れないのが「信頼性」の担保だ。ここで陥りがちなのが、導入時のAIの精度のみに議論を集中させてしまうことだ。しかし、顧客の要求も、ビジネス環境も、そしてAI技術も絶えず変化する。重要なのは、初期の精度ではなく、こうした変化に適応しながらAIの品質を維持・向上させ続ける改善の運用プロセスを、導入の初期段階から設計できているかどうかだ。
その鍵となるのが、前章で解説したハーネスエンジニアリングの考え方。である。P/K/S/Tフレームワーク(※2)に従い、AIに最小限の権限を与えることから始め、失敗を検知し即座に人がフォローを行いながら、改善とAIの権限拡張を継続する循環モデルを確立するのである。
この循環モデルは、以下の5つの活動で構成される。これらのプロセスは、人とAIの融合により実行する。
- 【監視】:AIの応対ログやパフォーマンスを常時モニタリングし、あるべき顧客体験の提供と、自社の事業利益の確保という双方の観点から、その健全性を確認する。
- 【承認】:事前に定義されたAIの権限(Permission)に基づき、人間の最終確認が必須となる重要判断ポイントにおいて、承認プロセスを実行する。
- 【介入】:Permissionに基づくAI自身の判断によるエスカレーション(引継ぎ)、あるいは人的なモニタリングからの能動的な介入によって人間が対応を引き継ぐ。これは、顧客体験の毀損を防ぐセーフティネットであると同時に、顧客エンゲージメントを飛躍的に高める機会となる。
- 【評価】:顧客やAIを利用する従業員からのフィードバック、そしてAI自身の応対ログを基に、応対品質を評価し、P/K/S/Tの観点で問題の根本原因を分析する。
- 【改善】:評価結果に基づき、具体的な改善アクションを実行する。
これら5つの活動が、日々のオペレーションの中に自然に組み込まれ、高速で循環することで、初めてAIは日々の顧客との対話を通じて学習し、成長し続ける資産となるのだ。
P:Permission(権限)、K:Knowledge(知識)、S:Skill(技能)、T:Tooling(道具)
変革の鍵は、テクノロジーと組織・人の融合にある
本稿で見てきたように、パーソナルAIの台頭がもたらす変化は、単純なAIツール導入だけで対応できるものではない。それは、顧客体験の再設計を起点とし、組織と人の価値そのものを問い直す構造変革だ。
こうした前提に立ち、NTTデータではテクノロジー導入にとどまらず、業務運用や組織変革支援までを含めたBPS(Business Process Services)の提供を進めている。AIを組み込んだ業務の再設計と、その運用を一体で支援する取り組みだ。


生成AI(Generative AI)についてはこちら:
https://www.nttdata.com/jp/ja/services/generative-ai/
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