NTT DATA

DATA INSIGHT

NTTデータの「知見」と「先見」を社会へ届けるメディア

絞り込み検索
キーワードで探す
カテゴリで探す
サービスで探す
業種で探す
トピックで探す
キーワードで探す
カテゴリで探す
サービスで探す
業種で探す
トピックで探す
全英オープンゴルフへの活用から見えてきたデジタルツインの大きな可能性
2023年2月8日展望を知る

全英オープンゴルフへの活用から見えてきたデジタルツインの大きな可能性

2022年7月に行われた第150回全英オープンゴルフでは、全コースをデジタルツイン(サイバー空間上に作成された現実空間のコピー)上に再現し、ゴルフファンに新しい観戦体験が提供された。全英オープンゴルフでのスポーツテック責任者であるNTT DATA UKのLaurence Normanと、NTTデータでデジタルツイン活用をリードする吉田 英嗣の2人が、そこから見えてきた課題や可能性を語るとともに、スポーツテックでのデジタルツイン活用の未来像に迫る。
目次

芝の種類までリアルに再現されたコースと2cm精度のボールの軌跡で新しい観戦体験を提供

全英オープンゴルフに2013年から協賛してきたNTTデータ。全英オープンゴルフを主催するロイヤル・アンド・エンシェント・ゴルフ・クラブ・オブ・セント・アンドリュース(以下、R&A)と緊密に連携しながら、ゴルフファンの観戦体験を向上させるために最先端のデジタル技術を提供。そのひとつとして2014年からは、巨大なデジタルサイネージ「NTT DATA Wall」を通じて、リアルタイムで分析したデータとプレー映像を発信することで、ゴルフファンに興奮を届けてきた。コロナ禍の2021年には、NTT DATA Wallは全英オープン公式サイトにその場を移し、場所を問わずデジタル観戦体験を視聴者に提供した。

そして2022年、NTTデータは初めて全英オープンゴルフへデジタルツインを導入した。大会期間中4日間の全選手のボールポジショニングデータをリアルタイムで3Dマップ上にプロット。そのデータをShotViewとLeaderboardに組み込んだ。
ShotViewはウェブブラウザ上のアプリだ。ゴルフファンが全英オープンの全プレーヤーの現在地と各ホールの統計データを閲覧できる。Leaderboardは全英オープン公式サイトthe Open.com上でライブスコアや試合結果などの詳細情報を提供するウェブページだ。

ShotView画面イメージ

ShotView画面イメージ

NTT DATA UKのスポーツテック責任者であるLaurence Normanは、今回の取り組みのポイントについてこう語る。
「今回の取り組みの目的は、ゴルフファンにより一層全英オープンを楽しんでもらうことでした。そのために重要だったポイントは3つあります。1つ目は、物理環境のより正確なモデリング、つまり、セントアンドリュースのオールドコースを正確に再現することです。これに関してはドローンで測量した約6cm精度のデータに、オルソ画像(※1)を重ね合わせることでリアルな3Dマッピングモデルを実現しました。また、より精度が求められるグリーンに関しては、より高精度のLiDARマッピング(※2)を実施しました。LiDARマッピングの精度は2cmです」(Norman)

しかし、実在する物体のデジタルツインモデルを作ることは技術的に難しいうえに、コストがかかる。それがゴルフコースという広大な土地であればなおさらだ。この点に関して、Normanは「全英オープンには約30万人の観客が訪れます。そのため、R&Aは観客席、駐車場などの会場設営準備の一環としてコースのマッピングを行っているのです。そのデータを活用することで、時間とコストを削減できました」と、妥当なコストで実現できた理由を説明する。

次に課題となるのは、正確なポジションデータの取得だ。必要なのはプレーヤーの位置と、ボールの落下点。特にボールの落下点については、どこにボールが落ちるかがわかないため、リアルタイムでデータを取得する難しさがある。このリアルタイムセンサーデータを高精度で取得することが2つ目の重要な要素だった。

NTT DATA UK Laurence Norman

NTT DATA UK
Laurence Norman

「ゴルフコースを横切るように配置したマシンビジョンカメラ(※3)とレーザーレンジファインダー(※4)を併用し、ゴルフコース全体を通じて240人で計測作業が行われました。プレーするのはプロなので、飛距離を含め、ある程度は落下点を予測できるのですが、ホールの長さや形状によってはマシンの台数などの調整が必要です。センサーをどこに配置するか、正しく計画することが重要です。これにより打たれたボールを20秒以内で正確に追跡できます」(Norman)

ボールが落下すると、レーザーレンジファインダーの横にいるスタッフが、レーザーレンジファインダーを旋回させてボールの位置に向けてマーキング。レーザーレンジファインダーは、あらかじめGPSを利用して、高精度で位置を決めて固定されているため、その位置からボールの落下位置を2cm以内の精度で検出できるという仕組みだ。

そして3つ目の重要な要素は、得られたデータを使って何をするか、だという。今回NTTデータでは、ShotViewとLeaderboardで大会期間中4日間の全選手のボールポジショニングデータをリアルタイムで3Dマップ上にプロットし表示したことに加え、もう一つ新たな取り組みをした。
「計測したデータは“Clip Tag”として一選手の一ホールごとのショットをつなぎ合わせた動画の形で、全英オープンの公式サイトとNTT DATA Wallから視聴できるようにしました。これにより海岸線や建物、芝の種類、低木の茂みの種類などすべてがリアルに再現されたコース上のカップまでの道筋を、ゴルフファンは、自分自身がボールになった視点で、正確に追跡できるのです。また、今回Clip Tagを作成した約32,000の各ショットのデータは、デジタル資産の集合体だと考えられます。大会期間中リアルタイムで楽しめるだけでなく、今後さまざまな目的のためにデータを再利用できるでしょう」

NTT DATA Wall

NTT DATA Wall

(※1)

写真上の像の位置ズレをなくし、空中写真を地図と同じく、真上から見たような傾きのない、正しい大きさと位置に表示される画像に変換したもの

(※2)

レーザー反射と時間遅延を分析し、正確な表面モデリングを開発する地形測定の技術

(※3)

主に目視検査の代用および画像処理用として使用するカメラ

(※4)

レーザビームを物体表面に投射することにより、距離計測を行う装置

デジタルツインコンピューティングから見た今回の取り組み

NTTが掲げるIOWN構想(近未来のスマートな世界を支えるコミュニケーション基盤)(※5)では、デジタルツイン同士を自在に掛け合わせ、さまざまなシミュレーションや未来予測を行う「デジタルツインコンピューティング(DTC)」が主要技術分野の一つだ。NTTデータでは、この「デジタルツインコンピューティング」を活用し、デジタルツイン同士を融合させる技術の開発を進めている。
この取り組みを主導するNTTデータ IOWN推進室長 吉田英嗣は、今回の全英オープンでの取り組みを以下のように捉えているという。

IOWN推進室長 吉田 英嗣

IOWN推進室長
吉田 英嗣

「多様なデータを掛け合わせることで、高度な観戦体験を生みだすデジタルツインを構築し、さらに、他の用途への適用も推進する今回の取り組みは、まさにデジタルツインコンピューティングがめざす提供価値です。
デジタルツインコンピューティングの一つの例として、『街づくりDTC』という事例があります。街区で取得できるIoTデータや天気情報、人流統計情報など多様なデータ。それらを組み合わせ、フードロスサービスやグリーンな空調管理、健康行動のレコメンドサービスなど、さまざまなサービス創出の取り組みを進めています。スポーツデータの利活用においても、デジタルツインのアプローチがどのような価値を生みだしていくか、そこにIOWNのデジタルツインコンピューティング技術を組み込んでいったとき、さらなる価値を生みだせるか、フラグシップな取り組みだと思います」(吉田)

取得したデータを再利用し、新たな価値を創造

「今回の取り組みをひとつの事例として、デジタルツイン技術を含むIOWN構想のスポーツへの適用方法を考えたいと思います。そこで質問ですが、全英オープン期間中、ShotViewを視聴していた人たちの反応はどうだったのでしょうか?」(吉田)

NTT DATA UK Laurence Norman

「ShotViewは全英オープン公式サイトから視聴できました。ShotViewがなかった2021年のデータと比べると、全英オープン公式サイトでのユーザーの滞在時間は3倍以上になっています。つまり、ShotViewが滞在時間の増加に貢献したことは明らかです。私たちが実施したアンケート調査でも、約89%の利用者がShotViewによってよりスポーツに没入できると回答しています」(Norman)

これはShotViewにより、ゴルフファンが全英オープンをよりいっそう楽しめるようになったことの一例だろう。また、会場にいた観客もまた、これまでにない新しい観戦体験ができた。コースに出なくても、NTT DATA Wallの前に座って休憩をしながら、詳細な試合結果をリアルタイムに見れたのだ。

さらにNormanを驚かせたのは、会場にいたスポーツインフルエンサーからの高評価だった。
「コメンテーターやジャーナリストといったスポーツインフルエンサーは、選手の後を追ってコースに出ていきます。従来は目の前に起こっていることだけが彼らにとっての情報でした。しかし、スマートフォンでShotViewを活用することで、彼らはゴルフファンに対してより興味深いオリジナルの物語を語ることができ、大会を盛り上げたのです」(Norman)

「遠隔地からリアルタイムで観戦できるアプリが、遠隔地だけではなく会場でも多く活用されたのというのは興味深いですね。この点に関して、見えてきた課題はあったのでしょうか?」(吉田)

「モバイルコネクティビティですね。Wi-Fiの性能に対してフラストレーションを抱えている観客が、会場には多く見られました」(Norman)

穏やかなロケーションにある7,250ヤードに及ぶすべてのゴルフコース上で、安定した高速通信環境を構築するのは非常に困難だ。この課題に対して吉田は、「私たちNTTグループが推進しているIOWN構想にはプライベート5Gや6Gの研究開発も含まれ、大きく役立つのではないかと思います」と答える。

さらに吉田は、これからのデジタルツインを活用したさらなる視聴体験の向上について問いかける。
「データを使ったプレーに関する予測情報の提供というのは実現できないのでしょうか?」(吉田)

「たしかに、予測をすることはデジタルツインの重要な活用方法だと私も思います。そのためには飛行弾道データの取得が必要ですが、ゴルフ用具に関する厳格な基準のため、ボールにセンサーを搭載することは今のところできません」(Norman)

これに対して吉田は、サッカーワールドカップで起きている「オフサイドディレイ」を例に挙げ、技術がスポーツの規則や用具を変えていく可能性について言及する。

IOWN推進室長 吉田 英嗣

「オフサイドディレイは、オフサイドを判断する上での時間遅延のようなものです。ワールドカップでは、内部にセンサーが埋め込まれたボールを使用してプレーの正確な判断を実現します。センサーデータがコントロールルームに送信され、追跡カメラのデータと組み合わせて確認することで、正確なオフサイドコールができるようになっているのです。しかしこの判定には時間を要するためオフサイドディレイが生じるようになりました」(吉田)

Normanも、吉田の見解には賛同しつつ、ギャンブルへの悪用についても注意を促す。
「サッカーの例はとても興味深い例です。審判技術の向上のために、多くのリアルタイムのセンサーデータ収集が必要だったところ、センサーがより小型かつ丈夫になったことで信頼性が増した。結果としてサッカーでのセンサー付きボールの利用が認められるようになりました。そして収集できるようになったデータは、ほかの目的で、たとえばプレーの予測などへも再利用できます。
ゴルフでも、将来的に規則が変わりセンサー付き用具を利用したデータ収集ができようになる可能性はもちろんあります。データを活用して新たなゴルフファンを獲得することはゴルフ業界にとっても関心の高いことだからです。ただ、注意しなければならないのはギャンブル目的での悪用です」(Norman)

実際、一部のゴルフツアーでは、ギャンブル組織にデータを提供することで収益を得ているケースもあるという。

「データの取得と分析には非常にコストが生じます。それをまかなうためには、取得したデータを使って収益化することが重要です。これはスポーツに限ったことではありません。その際に必要なのは、データを新たな目的に再利用すること。データの利用方法の一つであるデジタルツインコンピューティングもIOWN構想の中の技術です。IOWN構想ではデジタルツインコンピューティングのみならず、メタバースなどのほかのデータ活用方法が見込まれる技術にも注目しています」(吉田)

「データはスポーツ組織にとって、新しい権利領域になりつつあります。ファンの獲得のために利用できるだけでなく、収益を得るためのNFTとして販売もできるからです。たとえば、今回の全英オープンで収集したデータをすべて取得してメタバース上に再構築し、ゴルフファンがメタバース上で出場選手と一緒にプレーできるようになる、といった活用方法も考えられるでしょう」(Norman)

なお、Normanはデジタルツインの利用目的に関して、また別の視点も持っている。

「デジタルツインは、対象物に影響を与えられるようになって初めて、真のデジタルツインになると思っています。つまり、得られたデータを現実空間にフィードバックすることで、物理環境を変容させるのです。今回の全英オープンの例で言えば、フィードバックを生かしてゴルフコースの再設計を行うことで、より競争的なコースに変えていくといった使い方が考えられます」(Norman)

「私たちIOWN推進室も、めざしたい将来像に向けた高度なシミュレーションを可能とするデジタルツイン構築を支援しています。まさにサイバー空間からのフィードバックで現実空間をよりよくしていくためです」(吉田)

スポーツにおけるデジタルツイン活用の可能性は無限大

最後に、スポーツテック領域などにおけるデジタルツインの活用について、今後の展望を2人はこう語っている。

「NTTデータグループでは、今回の全英オープンだけでなく、インディカーシリーズとツール・ド・フランスに協賛しています。この3つのスポーツイベントに共通する課題は、ファンの取り込みです。幸い私たちはいずれのイベントにおいてもデジタルツインを活用し、一定レベル以上の効果を実証できています。今後はファンの取り込みという共通課題を解決するために、それぞれで得た無数のデータを横断的に活用し、連携を深めていければと考えています。そのために、IOWNのさらなる進化に期待しています」(Norman)

「今回対談で、デジタルツインを含むIOWN構想が、スポーツテック領域の可能性を高めていくだろうことを確信しました。デジタルツインについていうと、観戦体験にとどまらず、選手の技術向上などへの活用も今後期待されるでしょう。
NTTデータのデジタルツインの取り組みは、“サイバーファースト”がコンセプトの一つです。理想とする世界観や要求を、まずはサイバー空間上に仮想的に組み上げる。そこで現実空間において発生し得る事象を組み込んでシミュレーションを繰り返しながら、未来から現在に向かって進むべきアクションを導き出すという考え方です。スポーツテックにおいても、この時間軸を逆算して考えていくサイバーファーストなデジタルツインが役立つのではないでしょうか。

サイバーファースト

サイバーファースト

たとえば、ゴルフのマッチプレーは、1打ごとの選択が相手にプレッシャーを与えたり、逆にチャンスを与えたりします。打順を遡ってさまざまな可能性を考慮しながらシミュレーションをしていくと、1打1打の駆け引きがどのように試合展開に影響していったかを分析できるようになるかもしれません。プロの駆け引きが一般視聴者でもわかるようになると、これまでとは違った味わいで観戦体験ができるようになるでしょう。
選手の技術向上にも役立つと考えられます。スポーツの世界では、イップスという心理的症状があり、一般的に、さまざまなプレッシャーや不安から発症するものと言われています。サイバーファーストなデジタルツインでは、過去の自分のプレーに対して悪い結果だけでなく良い結果につながる可能性があることを知れます。日ごろのトレーニングにプレーのポジティブな分析を取り込むことで、プレッシャーに対して戦える強いメンタルを獲得できるようになるでしょう。
今後もNTTデータではデジタルツインの技術開発を進めながら、IOWN構想が社会全体のDXにつながるようなユースケースを生み出していきます」(吉田)

お問い合わせ