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2023年5月16日事例を知る

VRがつなぐ 地域の未来 ~隠岐野球教室プロジェクト~

島根県、隠岐諸島を舞台に「地方創生×スポーツ」を掲げて取り組んだ“隠岐野球教室プロジェクト”。
地理的ハンディキャップを理由に技術力向上の選択肢が限られる離島の子どもたちに、NTTデータが開発・提供するVR打撃トレーニングシステム「V-BALLER」を体験してもらった。地域関係者、元プロ野球選手、コンサルティング企業、そしてNTTデータが協働し、球界の常識にとらわれないデジタルならではの発想により、地域課題の解決~活性化を図る。
目次

スポーツを通じて目指す、活気あふれる街づくり

人口減少、少子高齢化などさまざまな課題を抱える島根県、隠岐諸島。学生スポーツの分野においても練習相手や試合環境が整わないことを理由に、本格的にスポーツに取り組む子どもたちが本土へ流出するなどの問題は深刻だ。そうした課題を解決するため、NTTデータが提供するVR技術を活用した打撃トレーニングシステム「V-BALLER」を取り入れた隠岐野球教室の取り組みを通じ、関係者の想いを取材した。
まず、野球教室におけるV-BALLER活用の概要についてNTTデータ アセットベースドサービス推進室 荒 智子に聞いた。

今年で教室自体は第3回目になります。離島であることを背景とした課題、例えば、練習相手や試合環境を調整する難しさや、競技人口不足といったリアルな状況は、来島して初めて実感しました。
そうした課題解決のお手伝いをするために提供しているのが、さまざまな球種・球速の投球をVR空間で再現し、打撃トレーニングに活用いただける“V-BALLER”です。
教室では、未経験の子どもたちに簡単な遊びで野球のルールに触れてもらったり、地元の小中高野球チームの子どもたちに、元プロ野球選手の指導などを行ったりしています。

V-BALLERでの実際の画面

V-BALLERでの実際の画面

パフォーマンスデータによる、気づきの提供

本格的なスキルアップの支援としては、2021年から隠岐高校硬式野球部とも協力し、V-BALLERの本格的なトレーニング導入・活用に取り組みました。これまでずっと感覚的であった、選手の「スキル」「クセ」「調子」といった定性的な情報が、V-BALLERを通して数値やグラフがデータで表れることにより、感覚や精神論ではない気づきが生まれます。数値で見えるから、日々の成長も感じることができますし、それがチーム内で共有され、コミュニケーションが活性化するといった好循環が生まれるのかなと。データの分析結果に基づく専門的な指導は、元プロ野球選手の方々にもご協力をいただき、相乗効果で成果につながっていると思います。

V-BALLERを活用した指導シーン

V-BALLERを活用した指導シーン

島を挙げて子どもたちを応援する隠岐の風土

隠岐高校は、2003年春のセンバツで21世紀枠(※1)として甲子園初出場を果たしている。「選手たちが出発する飛行機を空港いっぱいの人々で見送った」。「約8000人入れるアルプスに、OBも含めた応援団が入りきれず外野席に回った」など、文字通り子どもたちの夢を“島を挙げて”応援する隠岐の熱量が伺えた。自然豊かな島々で育つ子どもたちに対し、隠岐の島町 教育委員会 前田 隼人氏はこう語る。

前田氏野球というスポーツを通じて、子どもたちの可能性を広げる活動ができればと思ったのが教室を始めたきっかけです。離島環境で育つ中で、どうしても自己肯定感が弱いというか、“どうせ自分たちにはできないだろう”と未来をあきらめてしまっている子どもたちが多いように感じていました。その問題を打開するきっかけが、この取り組みの中で作れたらいいなと。

やはり離島となると、練習試合もしにくいですし、遠征にも費用がかかります。そういった環境において、デジタルの力でリアルの経験値不足を補えることは多くあると考えています。ただ、このサービスを開始した2016年当時、まだまだVRデバイスは値段的にも導入のハードルの高さがありました。サービス開始初期はプロ球団向けのサービスでしたが、ここ数年で価格が安価になったことに加え、高校野球の世界でも“データ班”などの分析を専門とする部員さんも活躍されるようになりました。そういった時代背景やタイミングも後押しして、2023年現在はV-BALLERはアマチュア向けにもサービス展開を開始しました。時間、距離、天候、場所を問わず実践的なトレーニングが積めて、その地域でチャレンジする子どもたちを直接的、間接的に支援できることは、ITを強みとするNTTデータならではだと思います。

隠岐高校硬式野球部のスローガン

隠岐高校硬式野球部のスローガン

(※1)21世紀枠

秋季大会でベスト8(加盟校が多い地区はベスト16)入りした学校を対象に、困難の克服、地域貢献、文武両道などを評価する出場枠。

デジタルだからこそ実現できる、新たな発想とは

最初はVRシステムを装着した練習に戸惑う様子も見られたが、すぐに楽しみながら練習に取り組んでもらえたという。その結果「“ボールに対して差し込まれる”感覚がわかりやすかった」。「バットを振るタイミングとボールの軌道のズレが数値でわかる」。「同じボールを繰り返し練習できるため自分の弱点が明確になった」など多くの感想が寄せられ、V-BALLERの高い練習効果が実証された。
選手と一緒にVRを体験した隠岐高校硬式野球部の渡部 謙監督もV-BALLERを高く評価する。

渡部氏これまで感覚的に指導していた部分が可視化されることで、子どもたちによりデータをもとに正確な指導ができるようになりました。また、選手一人ひとりに合った指導が「季節や天候」を問わず実行できています。冬に投手の“活きた球”を体験できるなんて、これまでそんな発想はありませんでしたから。その発想を実現されているだけでも我々から見たらすごいことだと思いますが、さらに「どうしたらもっと見やすくなるか、使いやすくなるか」という改善点を常に求めてこられる荒さんの姿勢に感銘を受けました。技術的にも決してできないと言わず、挑戦し続ける姿を目の当たりにできたことで、我々も刺激を受けて相乗効果が生まれていたと思います。

V-BALLERは業界的にも新しい取り組みなので「これができます、どうぞ」と渡すだけがゴールではありません。利用する側が今どんな課題を持っていて、どんな状況にあるかを把握した上で、このツールを使ってさらにできることがないかを考え抜き、現場に踏み込み開発しています。当然、テスト機能にはユーザーのフィードバックが欠かせません。実際に現地で使ってもらって、生の声を聞く、そんなコミュニケーションを心がけています。

現場の声から生まれた、投手向け機能

V-BALLERの持つポテンシャルを、現場の声を集めながら次々と拡大するV-BALLERチーム。2022年には自身の投球データを登録できる「投手向け機能」もアップデートされた。元々、打撃技術の向上を目的に開発されたV-BALLERではあるが、実は投手向けのニーズも多い。

近年、投手向けではRapsode(※2)含め、さまざまな投球をデータ化する機器もあります。VR空間では自分の投球を打者目線で確認することができるため、球種や球速のパフォーマンス向上はもちろん、腕の振りや腰の回転を含むピッチングフォームの改善や「打者はどこを狙って立っていたのか」「なぜ打たれたのか」といった投球内容の振り返りまで再現することができます。NPB(※3)の現場では、対戦する投手の投球データをVR化して、試合前にデータを提供しシミュレーションしてもらうといったオペレーションも行っていました。プロ野球選手からもリアルさを評価いただけているのはNTTの研究所の開発力あってのことです。これまでリアルでは実現不可能であったトレーニング手法が確立することで、個々人がいつでもどこでも実践的なトレーニングをすることが可能になるのかなと。そのために必要となる機能等については、修正を何度も繰り返しながら進めています。

今回の教室でV-BALLERを初めて体験した中学生からは「VRのチームメイトの球は、とてもリアルだった」という声が聞こえた。自身のパフォーマンスが相手からどう見えているのか、球技経験者なら誰もが一度は想像したことがあるに違いない。

投球データを登録する様子

投球データを登録する様子

実際に登録されたデータ

実際に登録されたデータ

(※2)Rapsode

野球・ソフトボール向け3Dトラッキングシステム

(※3)NPB

Nippon Professional Baseball Organization(一般社団法人日本野球機構)

隠岐の未来、V-BALLERの未来

今回で第3回を数える野球教室を終えた今、V-BALLERチームとして今後どのような展開が考えられるだろうか。荒によると、打者や投手向けのVRの機能向上はもちろん、この技術を応用した別のスポーツ業界からの問い合わせも増えているという。

大変ありがたいことに、すでにサッカーやテニスなど、さまざまな業界からも問い合わせをいただいています。スポーツに「見える化」を導入するこの考え方は、選手の新たな可能性を広げるとともに、競技者人口不足や練習環境の整備等における地域の課題解決にも資するものでありたいと考えています。そのためにも、国内外を問わず多くの地域やスポーツ関係者の方に、なるべく簡単にご使用いただけるUI/UXを開発し、導入いただけるソリューションにしたいです。子どもからお年寄りまでユニバーサルにご利用いただき、コミュニケーションが活性化するような、そんなサービスにもしていきたい。そうして地域全体が盛り上がり、活気ある子どもたちが溢れる世の中へ貢献できたら、これ以上のことはないと思います。

隠岐諸島関係者が期待するデジタルの価値とは−−。

前田氏子どもたちはこれからの時代をつくる、島の宝です。時代は常に変わりますが、新しい時代が幕を開けた時、島で生まれ育ったことがハンディキャップではなく、住んでいる場所も環境も関係なく一斉にスタートできる。そんな環境や選択肢を用意できたらと思いますし、それをデジタルで叶えてくださる企業の方々と出会えたご縁には本当に感謝しています。もちろん、全てが成功でなくてもいいと思います。失敗も含めて、島に住んでいる子どもたちが先に進むきっかけを、どんどん一緒につくっていけたら。

島の子どもたち

島の子どもたち

渡部氏地域の方々あっての隠岐高校硬式野球部ですので、NTTデータさんはもちろん、さまざまな企業のお力も借りながら、野球の力で地域を盛り上げて、皆さんに喜んでもらうことが恩返しになると思います。もちろん理想は甲子園ですが、地域の方々に我々の野球を見て、元気をもらえたよと言ってもらえるような野球部づくりを、新しい技術、新しい考え方を取り入れながら目指していきたいと思います。

最後に、隠岐諸島とともにV-BALLERを育ててきた荒に今後の展望を聞いた。

例えばですが、「自主トレは素振りを何回しました」というような会話が、少し先の未来では、「“V-BALLER”で苦手なコースを何球トレーニングした結果、スコアがこうなりました」という会話に置き換わるような世界を目指していきたい。また、スコアの共有化なども実装したい機能の一つです。一人ひとりのパフォーマンスが可視化されることで、強豪校に入らなくても、社会人やプロ、はたまたMLB(※4)などの団体から注目される、“未来ある才能を埋もれさせない世界”をデジタルによって実現したいと考えています。もちろんデジタルやデータが100%ではありませんが、これまでは挑戦できなかったことに挑戦できる環境など、より良く改善していくお手伝いを、地域やパートナー企業とともに支援していきたいと思います。

時代とともにライフスタイルは多様化し、スポーツを取り巻く環境も日に日に変わり続けている。限られた環境や時間で効果を生み出すためのトレーニング手法として、デジタル活用の重要性は増している。

子どもたちが、島に生まれたことを誇りに持てる世界に−−。

隠岐関係者全員が口にするこの期待は、すでに実現しているのかもしれない。

(※4)MLB

Major League Baseball

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