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2026.3.12業界トレンド/展望

小売と金融の「究極の自動化」時代。人間にしか生み出せない価値とは?

AIの進化は留まることを知らず、AIが自律的に行動する「Agentic AI」の到来も視野に入ってきた。特に、生活者の購買行動に直結する「小売」と、それを裏側で支える「金融」の領域では、かつてないパラダイムシフトが進行中だ。三越伊勢丹ホールディングス 執行役員CHROの嘉納 亜紀子 氏と、NTTデータの山本 英生が、AIが社会に溶け込んだ世界における小売と金融の未来図、そしてそこで再定義される「人の力」について、議論を交わした。
目次

「究極の自動化」と「3つの変革」

AI技術が社会に完全に浸透した先にある世界とはどのようなものか。例えば製造業の現場では、すでに人の手を介さない完全自動化が進み、照明設備すら不要な工場が登場しつつある。山本は、その未来像を「究極の自動化」という言葉で表現し、これと同様の構造変化が小売と金融にも訪れると予測する。

NTTデータ 金融イノベーション本部 ビジネスデザイン室 ビジネスイノベーション統括部長
山本 英生

「小売においては、選ぶ、買う、運ぶといった従来の購買プロセスそのものが消滅する可能性があります。生活者が『これが欲しい』と思った瞬間、あるいはAIがその潜在的な欲求を察知した瞬間に、裏側で購買プロセスが自動的に走り、気がつけば商品が手元に届いている。Googleが発表したUCP(ユニバーサル・コマース・プロトコル)に見られるように、AIエージェント同士が会話をして購買を進める世界観は、もはや空想ではありません」(山本)

この変化は金融にも波及する。購買に伴う決済やリスク管理といった金融機能は、AIによって自動化され、生活者の意識に上らない透明なインフラと化していく。

図1:小売りの「究極の自動化」イメージ

しかし、この自動化の裏には、乗り越えるべき「2つのジレンマ」が潜んでいると山本は指摘する。

1つは「生活者のジレンマ」だ。「AIが推奨する商品は本当に自分にとって最善なのか、騙されていないか」「勝手に高いものを購入されないか」「トラブル時に誰が責任を取るのか」という疑念である。技術的には可能であっても、社会的な受容の壁がある。もう1つは「企業側のジレンマ」だ。AIが購買の意思決定を代行する世界では、ブランド名や店舗への愛着といった価値は考慮されない。その結果、AIに選ばれないプロダクトや企業は、市場での競争力を失い、事業機会を喪失するリスクを抱える。つまり、消費者には「制御を失う不安」を、企業には「選ばれなくなる危機」をもたらす。

山本は、このジレンマを解消し健全な自動化社会を築くには、3つの変革が不可欠だと説く。第1に、手続きや作業といった「実行」はAIに任せ、人間はこれまでのスキル習得中心の教育から、目的を定義する力や感性を磨く教育へ転換するという、教育の「構造」変革。第2に、個社で完結せず企業間連携でサプライチェーン全体をブランド化する「協調」を軸に、AI時代に対応したエコシステムネイティブな組織アーキテクチャへの変革。そして第3に、AIが失敗した場合でも影響が適切に保証される社会的な仕組みを整備し、人間が安心してAIに意思決定を委ねられるようにする「信頼」の提供である。

特に金融機能は、AIによる自動化の裏側で「信頼」を担保する社会基盤(インフラ)としての役割を強め、小売をはじめとするあらゆる産業を根底から支える存在へと進化していくと山本は予見する。

「館業」から「個客業」へ。350年企業の変革

創業から350年以上の歴史を持つ三越伊勢丹グループもまた、テクノロジーの進化を背景に大きな変革の只中にある。同社が掲げるのは、従来の「館業」から「個客業」への転換だ。嘉納 氏は「個客業」について、次のように語る。

「これまでの百貨店ビジネスは、店舗である『館』の魅力を磨き続けることでお客さまを呼び込み、そこで商品を販売して完結するモデルでした。しかし、誰が来たかは必ずしも把握できておらず、売って終わり、という側面がありました。これからは違います。グループの関連会社37社(25年3月末時点)が持つ多彩なコンテンツと顧客接点をつなぎ合わせ、お客さま一人ひとりを識別し、そのライフタイム全体に関わり続ける『個客業』へと変わらなければなりません」(嘉納 氏)

株式会社三越伊勢丹ホールディングス 執行役員CHRO
嘉納 亜紀子 氏

この転換を実現するために、同社は「集客」「識別化」「利用拡大」「生涯顧客化」という4つのステップを設定している。百貨店をはじめとするタッチポイントから「集客」し、「識別化」では、デジタルテクノロジーを駆使し顧客情報のデータ化による一元管理を行う。すでに三越伊勢丹アプリやオンラインサイト、エムアイカード(クレジットカード)などを通じて約800万人の顧客IDを統合し、将来的には世界中の顧客の識別化をめざす。「利用拡大」では、個客マーケティングの深化やコミュニケーションを通じた多様な価値を提供し、「生涯顧客化」では、人間が中心となり顧客との繋がりを深め収益を拡大していく。

「データ分析の結果、識別化されたお客さまは、そうでないお客さまに比べて購買単価が高く、当社グループと長期的な関係性を築いてくださること実証されています。AIを活用して個々のお客さまにパーソナライズされた提案を行うことは、もはや必須条件です。しかし、我々のめざす『生涯顧客化』、つまりお客さまとの長く深い関係を築くのは、AIではなく『人の力』です。人と人との間で交わされるコミュニケーションから得られる情報や、バイヤーが個人のネットワークを通して収集する知見・情報といった、当社の強みである定性データを活かすことで、三越伊勢丹グループならではの高度なパーソナライズ提案が可能となります」(嘉納 氏)

図2:個客業におけるCRMの考え方

嘉納 氏が強調するのは、AIによる効率化と、人による高付加価値サービスの融合だ。
AIがベーシックな提案や事務処理を担うことで、人間はより創造的で感情的なサービスに注力できる。この「役割分担」こそが、次世代の小売業の競争力の源泉となる。

経験のパラドックスと「デジタル人材」の再定義

議論は、AI時代に求められる「人材育成」という核心的なテーマへと進んだ。テクノロジーによる自動化が進むほど、人間が現場で経験を積む機会が失われるという「経験のパラドックス」に、両者は強い懸念を示す。

山本はシステム開発の現場を例に挙げる。
「AIを使ってトラブルが起きない完璧なシステムを作ろうとすればするほど、いざトラブルが起きた際に泥臭く対応できる経験豊富な人材が育たなくなる。これは大きなジレンマです」(山本)

嘉納 氏も同調し、小売の現場における同様の課題を口にする。
「効率化を追求して接客をスマートにするほど、お客さまとの濃密なやり取りは減っていきます。お客さまが真に求めていることは何か、どうすれば喜んでいただけるかという『感性』は、座学では身につきません。現場でのお客さまとの接点や、成功・失敗といった『経験』を通じてしか養われないのです」(嘉納 氏)

だからこそ、三越伊勢丹グループでは人材育成の方針を転換しつつある。正解のある知識を教えるのではなく、若手に幅広い経験を積ませることを重視する。
さらに、「デジタル人材」の定義も拡張している。IT部門と連携しながらシステムを作ることができる人材、そしてシステムを使う現場側と作る側の双方の視点を理解し、協力関係を築くことができる人材の育成に注力しているという。

AIに人の心は動かせるか、人間の価値とは何か

嘉納 氏は「AIがあらゆることを処理できるようになると、『私の価値とは何か』という問いに直面し、悩んでしまうこともあるのではないでしょうか」と、技術進化の中で揺れ動く人間の存在意義について率直な想いを吐露した。そして議論は、「AIが人間を超えることができるか」という根源的な問いへと深まっていく。

「ロボットに『恐怖』を教えるために、心臓のドキドキという身体的反応と恐怖の感情を紐づけようとする研究があります。しかし、そうやって定義づけられた反応は、本当に『怖い』という感情なのでしょうか。人間の複雑な感情とはまだ距離があるように感じます」(嘉納 氏)

この問いかけに山本が「まさに『恐怖』は重要なキーワードです」と応じる。
「生物には『恐怖』や『死』という概念があり、それがあるからこそ感情が生まれます。しかしAIには時間の概念もなければ、死ぬこともありません。どれほど高度に感情を模倣できたとしても、本質的な意味での痛みや喜びを理解することはできない。その意味で、AIは人間とは異なる存在であり続けるでしょう」(山本)

嘉納 氏は、人間の複雑な感情の機微こそが、これからのビジネスの核心になると指摘する。
「お客さまの不安やジェラシーといったネガティブな感情を理解し、それをポジティブな体験へと昇華させることで、深い信頼関係が生まれることがあります。AIに『心拍数が上がったら怖いと判断せよ』と定義することはできても、人間の複雑な感情の機微を真に理解し、共感することはまだ難しい。だからこそ、我々は企業理念のミッションとして掲げる『こころを動かす』という領域においては、人間が担うべき価値だと考えています。」(嘉納 氏)

AIが論理的な最適解を提示する一方で、人間は感情的な納得解や共感を提供する。AIに「身体性」がない以上、最後の最後に人の心を動かすのは、やはり同じ痛みや喜びを知る人間なのだ。

「1対30」の限界を突破する「三位一体人材」

顧客との深い絆を維持しながら、ビジネスとしてスケールさせるためにはどうすればよいのか。嘉納 氏は、百貨店の外商セールスが1人で担当できる顧客数は、人間の認知限界として「約30人」であるという実感を語る。

「どんなに優秀なセールスでも、お客さまの好みや背景を完全に把握して提案できるのは30人程度が限界です。しかし、AIエージェントの力を借りれば、これを例えば1対1000に拡大できる可能性があります。もしテクノロジーによって、1000人のお客さまに対して満足度を下げずに対応できるなら、我々はその技術に投資を惜しみません」(嘉納 氏)

これに対し山本は、「ITを提供する側として問われているのは、まさにそこです」と応じる。
「単に効率化するのではなく、『1対30』の濃度を保ったまま『1対1000』を実現できるか。顧客満足度を維持、あるいは向上させながらスケールさせる技術の使い方が求められています」(山本)

この難題に挑むため、三越伊勢丹グループが目指しているのが「三位一体人材」の育成だ。これは、高い接客スキルを持つ「販売員」、深い顧客理解と提案力に長けた「外商」、そして広い商品知識と独自のネットワークを持つ「バイヤー」という、3つの異なる専門性を1人の中に統合しようという試みである。
本来であれば分業が必要なこれら3つの役割も、AIによる効率化やパターン化の支援があれば、1人の人間が統合的に果たすことが可能になる。これこそが、AI時代における「最強の販売員」の姿かもしれない。

境界を超えたエコシステムが拓く未来

最後に、山本は「価値のコモディティ化を防ぐには、自前主義を脱却し、異業種と連携したエコシステムの構築が不可欠」と述べ、その際のビジネスの境界線をどう定義するかを問いかけた。

これに対し嘉納 氏は、境界線を決めるのは企業の論理ではなく、あくまで「カスタマードリブン(顧客起点)」であるべきだと強調する。

「お客さまとの絆を深めるために必要であれば、金融であれ、例えば貸金庫のようなサービスであれ、我々の守備範囲を広げていくことに躊躇はありません。お客さまが『三越伊勢丹にここまでやってほしい』と望むなら、外部と連携してでもその期待に応える。それが我々の考えるエコシステムの姿です」(嘉納 氏)

AI時代の小売と金融は、デジタルの中で一体化し、生活者を支える社会基盤となっていく。プロセスが消滅し、機能が透明化していく「究極の自動化」の世界において、最後に残る人間の価値は「信頼」と「心」である。テクノロジーの進化は、逆説的にビジネスにおけるヒューマニティの重要性を再確認させる契機となるのかもしれない。

本記事は、2026年1月27日に開催されたNTT DATA Foresight Day2026での講演をもとに構成しています。

NTTデータの生成AIについてはこちら:
https://www.nttdata.com/jp/ja/services/generative-ai/

NTTデータの金融業界での取り組みについてはこちら:
https://www.nttdata.com/jp/ja/industries/finance/

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https://www.nttdata.com/jp/ja/industries/retail-distribution/

AI時代の小売と金融 顧客価値創造と人材組織の変革 |Octo Knot(オクトノット) についてはこちら:
https://8knot.nttdata.com/trend/1263214

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