テクノロジーが生み出す分断
テクノロジーは社会生活をよりよいものへと向上させますが、実際に社会生活が営まれている物理空間においては、新たなヒエラルキーを生じさせ、社会の分断をも生み出しかねません。テクノロジーの恩恵を受ける人々がいる一方で、その恩恵を享受することができず、発展に乗り遅れる辺境地域や社会的階級もあります。
例えば、HealthTech(※2)がもたらす先進的な医療は、それを享受するために高度な知識や技術が求められたり、利用コストが増大するようになると、富裕層以外の人々が、基本的な医療すら受けられなくなる事態を招く恐れもあります。キャッシュレス化が急速に進行していると言われているスウェーデンでは、デジタルデバイスの扱いに不慣れな人やサイバー攻撃のリスクを憂慮する人々が、現金の流通がなくならないように働きかける社会運動も起きています。
テクノロジーがあまりに普遍的なものになると、デジタルリテラシーの差が人々の日常的・社会的なあらゆる不利益や危険に直結することになり、その分断はさらに埋めがたくなっていきます。社会の在り方そのものがテクノロジーを前提とした社会に変わりつつある中、デジタルリテラシーを持ち合わせること、またリテラシーを高めるための活動は極めて重要な優先課題となっていくでしょう。
新たに生じる課題と倫理観の必要性
テクノロジーは、我々の行動や思考に大きな変化を及ぼすような新たな社会的問題を生じさせています。テクノロジー自体は善でも悪でもありませんが、作る側や使う側の人間にはそれらが存在します。
AIの発展により様々なコンテンツが自動的に生成できるようになりましたが、同時に偽のデータを作り出すことも可能となっています。近年、深刻になりつつあるのがDeepfakeです。AIによって作られた選挙の候補者が敵対候補を罵っている偽動画は、まるでその人物が本当に話しているかのように自然に見えます。もはや、ちょっとした知識や技術があれば誰でもフェイクデータを作り出すことができます。より高度かつ精巧になるフェイクデータは、人々が気付かないうちに個人や集団のバイアスを深め、社会的分断を進めることにもなりかねません。フェイクデータの真偽を判断することはますます難しくなっていきますが、フェイクを見破るためにもAIが用いられていくのです。
近年注目を浴びる、ゲノムを改変して新たな細胞や生物を作る合成生物学や、病気の原因になる遺伝子を操作する遺伝子編集技術は様々な難病を解決し、環境変化に耐えうる作物を創り出すなどの恩恵をもたらすでしょう。一方で、未知の脅威や軍事利用の可能性もあるばかりか、新たな種類の人間や生物を造り出すことは許されるのかという倫理的な問いを突きつけます。中国で遺伝子の一部が編集された双子の女児が誕生したというニュースは世界中の注目を浴び、倫理や法規制論争を過熱させています。
このようなテクノロジーの進化により生じる課題に対し、我々は一歩立ち止まり、倫理を議論するテーブルに着く必要があるでしょう。
迫られる選択
デジタル化が進展する社会では、過去になかったほどのメリットを我々は享受できるでしょう。しかし一歩誤れば世界を分断するような、かつてなかった問題を顕在化させてしまいます。我々はこれらをどう乗り越えていくかの岐路に立たされているのかもしれません。
進化するテクノロジーと共存していくためには、技術を作る側と利用する側の倫理観の醸成か、社会によるルールや法規制の導入か、AND/ORの選択が必要になるのではないでしょうか。倫理と規制の平衡点はまだ定まってはいませんし、確定されることはないかもしれません。しかし、ルールがあるからこそ生まれるイノベーションも存在します。このバランスへの答えを試行錯誤することが、新たに我々に課せられた社会課題となるでしょう。
http://www.nttdata.com/jp/ja/insights/foresight/sp/index.html
「ヘルス(Health)」と「テクノロジー(Technology)」を組み合わせた造語で、最新のデジタル技術を活用した新しい医療サービスやイノベーションを指す。