NTTデータのマーケティングDXメディア『デジマイズム』に掲載されていた記事から、新規事業やデジタルマーケティング、DXに携わるみなさまの課題解決のヒントになる情報を発信します。
【対談メンバー】
左から 櫻井さん、梅本さん、内山さん
櫻井 亮
MAHO-LA CREATIVE ㈱ 代表
Hewlett PackardからNTT DATAを経て多業種の企業コンサルティングに従事。2019年、アンラーニングのため英国の大学にてMaster of Arts(修士課程)デジタルマネジメント修了。現在は、事業支援、新規事業開発、研修・ワークショップにて企業がいま必要とする組織学習について提案している。
梅本龍夫
有限会社アイグラム 代表取締役 物語ナビゲーター
日本電信電話公社(現 NTT)、ベイン&カンパニー、シュローダー・ベンチャーズ、サザビ ―リーグ取締役経営企画室長を経て、独立(経営コンサルタント)。スターバックスコーヒージャパン立ち上げ総責任者として日本参入調査、合弁契約策定、事業戦略と組織構築を推進。
内山 尚幸
株式会社NTTデータ SDDX事業部長
NTT DATA一筋で25年。現在はリテールを中心とした事業変革とグロースの実行支援を推進。
新たなセグメントを作り出したスターバックス
櫻井さん:まず初めに、そもそもマーケティングとは何かという話から入っていきたいと思います。梅本さんはスターバックスの経営企画という立場で、マーケティングをどう考えていらっしゃいましたか。
梅本さん:スターバックスの立ち上げ当時、私は経済性の検証やフィジビリティ調査、組織作りなどの経営にかかわると同時に、マーケティング全般を担っていました。
スターバックスが日本に上陸する以前の1990年代前半、日本のコーヒービジネス市場において、スターバックスのターゲットとなる顧客は存在しませんでした。ですから、スターバックスは市場に新たなセグメントを生み出したと言えます。
その昔、マーケティングの第一人者であるフィリップ・コトラーが初めに提唱したのが、セグメンテーションとターゲティングです。マーケティングが未知のセグメントを見出す、あるいは、既存のセグメントをずらすことで新たなセグメントを作っていく活動だと考えると、スターバックスは(新たなセグメントを作ったという意味で)まさに教科書的な事例になったと思っています。
櫻井さん:スターバックスが入ってくる前は、コーヒーを飲む場所と言えば純喫茶でしたよね。今よりたくさんの純喫茶がありましたが、煙草をふかしながらコーヒーを嗜むような中年の男性が牛耳っていたようなイメージがあります。
梅本さん:おっしゃる通り、そもそもコーヒーは男性の飲み物であるというステレオタイプがありました。一方で女性が飲むのは紅茶とされ、もしもカップルがコーヒーと紅茶を頼んだなら、必ず男性の前にコーヒーが置かれました。さらに1990年代の男性の喫煙率は約60%と非常に高く、喫茶店はコーヒーと喫煙の場所だったのです。当時も実態としては、喫茶店は一つの体験をもたらす場でありコミュニティでしたが、今でいう「サードプレイス」という概念はまだ登場していませんでした。
したがって、スターバックスが他の喫茶店と差別化できた理由は、ほぼ最初から禁煙政策を取っていたことも大きいと考えています。焙煎したコーヒーの香りを楽しんでもらうために、働く従業員も含めたばこを禁止していました。
櫻井さん:「スターバックスエクスペリエンス」といわれるように、スターバックスはマーケティングによって唯一無二のポジションを取りに行けた成功例ですよね。
内山さんは、マーケティングについてどのように捉えていますか。
内山さん:マーケティングという言葉が指す対象が、今日ではかなり広くなってしまったように感じています。
私自身がマーケティングに出会った若手の時、それは初めに売り物があり、それを売り込むためのやり方だったように思います。当時は大量生産・大量販売を是とした前提でしたが、今は違います。差別化戦略や市場作り、お客さまの囲い込みやカスタマーサクセスと手法は色々とありますが、企業起点ではなくユーザー起点で考え、事業を円滑に進めるための活動すべてがマーケティングだと感じています。
櫻井さん:今は、売るものも買う人も多様化し、不確定要素が多い状況でマーケティングしていく必要があることが難しい点ですよね。
マーケティングの領域でのNTTデータの印象は、小手先のツールや部分的な数字を改善するということにとどまらずに、より本質的なところをめざしているように感じました。
スターバックスは最初から「インフルエンサーマーケティング」を行っていた
櫻井さん:スターバックスは第一に、お客さまにいかに良い店舗体験をさせるかを重要視していますよね。そのため、そもそもどのように店舗に誘導するかというマーケティング活動が必要になります。スターバックスはマーケットに対してどのように普及させていったのでしょうか。
梅本さん:スターバックスはまず、店舗が存在すること自体がマーケティングと考えていました。きれいで輝いていて、雰囲気が良く、ロゴも素敵でオリジナリティがある、そこに入りたいと思わせる店舗です。目の前にある競合の喫茶店をスルーして足を運ぶぐらいの吸引力のある店舗をめざしていました。
スターバックス1号店のあるシアトルのパイク・プレイス・マーケット
さらに、マス広告についてはしないほうが良いという考えを持っていました。
スターバックスの祖国であるアメリカでは、メジャーや流行りなどはありません。あるのは田舎のローカルだけです。スターバックスは、その発祥の地であるシアトルから展開を始めるにあたり、まず地元のインフルエンサーにコンセプトを説明しコーヒーを試飲してもらいファンになってもらいます。次に地元の福祉施設や高齢者施設に無料でコーヒーを配り、同じくファンになってもらうとともに、社会貢献の姿勢も見せます。そして満を持してダウンタウン(東京でいう銀座四丁目のような場所)にいくつか店舗を構えます。すると、すでにスターバックスが噂になっているので、オープンと同時にお客さまがどっと訪れます。その勢いに乗ってそのローカルマーケットの各地にさらに店舗を出すということを繰り返しました。
街の著名人が口コミでスターバックスの良さを広めてくれるという、まさに今で言うインフルエンサーマーケティングを、当時フィジカルにやっていたのがスターバックスなのです。
内山さん:バズらせる、コミュニティを作る、インフルエンサーマーケティングなど、まさに今のマーケティングの常套手段ですよね。いまデジタルで取り組んでいるこれらのマーケティングを、すでに1990年代にやっていたのですね。
”質の良いモノづくり”もマーケティング活動
梅本さん:マーケティングに成功したスターバックスですが、質の良い商品を扱っていることが大前提です。コーヒーの質にとてもこだわっていたからこそ、インフルエンサーも広めてくれたのだと考えます。モノづくりがしっかりしていないとお客さまに届けることは難しいと思います。
内山さんが言われたように、マーケティングが始まった当初、モノづくりの王道は、マスプロダクト・マスコミュニケーションでした。しかし、現在求められるのはパーソナライズされたプロダクトです。ひとりひとり必要なものが異なるうえに、時間や空間によって変化する、複雑な方程式のリレーションシップです。
スターバックスはそれに対応しています。基本のコーヒーに、サイズや温度、トッピングなどカスタマイズという概念を持ち込みました。チェーン化・自動化された仕組みの中で、カスタマイズが「一期一会」を作り出します。さらに、従業員がお客さまそれぞれのオーダーを声でリレーしていくのも、パーソナライズドマーケティングを楽しんでやっていることの表れであると考えています。
櫻井さん:SDDX(NTTデータ)はお客さま企業と一緒にマーケティングをしていく立場ですが、モノづくりまで入り込むことは難しいですよね。そもそも商品の質がマーケティングの成功を大きく左右するとすれば、企業によって成果の出しやすさも異なるのではないでしょうか。
内山さん:仮にお客さま企業の成功ポイントがその点にあるのであれば、私たちはモノづくりの部分までも含めてマーケティング活動の範囲としてとらえ、お客さまと一体となって取り組んでいきたいと思っています。
これまでNTTデータは、お客さま企業のシステム開発・提供は行っていましたが、お客さま企業の事業にコミットするまで十分にフォローできていませんでした。そこで、そもそもお客さま企業にとって必要となるデジタルサービスが何であるかを考え・作る企画開発の領域と、作ったものをどうやって伸ばすかを考えるマーケティングの領域の、2つの新たな領域をサポートしようという考えから立ち上がったのが、SDDXです。
これまであまり注力してこなかったうえに、世の中のスピードも速い領域ですが、システムを提供することにとどまらず、マーケティングを通じてお客さま企業の事業にコミットするところまでをミッションとして取り組んでいます。
梅本さん:プロダクトが持つ価値を磨いていくためには、関わっている人々がそれを愛しているかどうか、が非常に重要だと考えます。NTTデータは、プロダクトにどのように愛情を注いでいくか、という点についても価値提供できるのではないかと思っています。
マーケティングとはデコレーション、つまり化粧であるという、強固な誤解が持たれていることが多くありますが、それは違います。マーケティングはプロダクトの内なる輝きが重要です。プロダクトを世に出したい、磨いていきたいという強い想いが従業員にあれば、自然とアイデアが出てくるはずです。従業員自らが良いと思っているからこそ、お客さまもインフルエンスしてくれるのがスターバックスの王道なのです。
櫻井さん:本当にスターバックスが好きでコミットしたいという従業員の想いが、あのスターバックスエクスペリエンスを作り出す接客やマーケティングにつながっているのですね。
つづきの記事はこちら
スターバックスに学ぶマーケティングの本質【後編】 “未知の体験”を伝えるマーケティングとは
前回につづき、かつてスターバックスコーヒージャパン立ち上げの総責任者を務めた梅本龍夫さんとNTTデータSDDX事業部長を務める内山尚幸さんに「マーケティング」をテーマに特別対談を行っていただきました。MAHO-LA CREATIVE ㈱ 代...
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