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2025.6.6業界トレンド/展望

大企業ならではの事業開発「アセットベース思考」

近年、日本の大企業が直面する最大の経営課題のひとつは、「持続的成長を支える新たな事業の創出」である。既存事業の市場成熟、グローバル競争の激化、技術革新の急進、そして国内市場における人口減少や労働力制約といった構造的変化により、従来型の成長モデルは限界を迎えている。これまでのように既存市場におけるシェア維持に注力するだけでは、もはや成長は保証されない状況に、各社新規事業創出にいとまは無い。
本稿では、大企業の優位性を生かし、新規事業創出をするための「アセットベース思考」について解説する。
目次

はじめに:変容する経営環境と大企業の課題

既存事業の市場成熟、グローバル競争の激化、技術革新の急進などの環境変化を背景に、2010年代以降、多くの企業が新規事業部門を設置するなど新規事業創出に取り組み、リーンスタートアップやデザイン思考といったベンチャー的アプローチを取り入れてきました。これらの手法による顧客起点の思考は、社内承認対応など内向きになりがちであった大企業に対し、顧客視点の重要性を再認識させる好機となり、安定志向から挑戦志向への組織風土の変革にも貢献しました。

一方で、顧客ニーズへの過度な依存により、小規模な成功にとどまり、事業のスケール性や継続性に課題を抱えるケースも散見されます。また、スタートアップと同じ土俵で競合した場合、柔軟性や意思決定スピードに劣る大企業が厳しい戦いを強いられることも少なくありません。

このような状況に対する打ち手として、推奨したいのが、大企業が本来的に有する「アセット」を起点とした事業開発アプローチです。

アセットとは何か:経営資源と組織能力の再定義

本稿における「アセット」とは、単なるヒト・モノ・カネ・情報といった経営資源にとどまりません。顧客理解力、対面販売力、高品質な製造力など、長年の事業運営を通じて形成された組織能力も含めた、広義の資産を指す概念です。

アセットには大きく2つの層があります。第一は、可視化できる「経営資源」としてのアセットです。たとえば通信ネットワークに利用される基地局、通信サービスを販売する店舗や接客スタッフ、携帯電話故障時の修理業者などが該当します(図1)。第二は、これらの経営資源が統合されることで生まれる「組織能力」——すなわち、対面販売力や定期的な収金能力など、目には見えにくいものの実務において重要な、競争優位の源泉となるものです(図2)。

図1:経営資源

図2:組織能力

たとえば、携帯キャリアの「対面でデジタルサービスを販売する能力」は、店舗、販売スタッフ、教育体制、顧客管理システムといった複数の経営資源の高度な統合によって成り立っています。このような組織能力を明確に認識することができれば、異業種展開や新規サービス開発の起点として機能し得ます。

加えて、他業態と比較することで、当該アセットの独自性がより鮮明になります。たとえば、家電量販店によるハードウェアの対面販売に対し、携帯キャリアが担っているのは“デジタルサービス”そのものの対面販売であり、これは極めてユニークな能力と言えます。(図3)。

図3:アセットの特徴の抽出

こうしたアセットを活用した事業開発は、すでに多くの大企業で実践されています。
代表的な例が、小売業における店舗アセットの活用です(図4)。ここでは、顧客ニーズの把握力、見込み顧客の集客力、顧客への訴求・販売力といった組織能力が鍵となります。これらを活用することで、Amazonが他社にも売場を開放するマーケットプレイス事業を行ったり、総合スーパーがプライベートブランド(PB)を自社主導で展開したりしています。後者はイオンの「トップバリュ」や、西友から生まれた「無印良品」が、その代表格でしょう。

図4:小売業における店舗アセットの活用

スタートアップが無印良品のようなブランドを展開することは可能であるものの、西友はすでに3桁規模の店舗網を有する点において圧倒的な優位性を誇ります。同社はこの強固な大規模店舗網と販売インフラを活かすため、販売の川下領域のみならず、商品企画などの川上領域にも事業を拡張し、プライベートブランドの構築と展開を実現してきましたが、中でも無印良品という、より差別化された自社ブランドの立ち上げと展開に成功しました。その後、同ブランドを通じて獲得した若年層のファンという新たなアセットを生かし、顧客のライフステージに沿った商品展開を行うことで、事業領域を拡張しています(図5)。

図5:無印良品の“ファン顧客をアセット”にした事業開発

この事例は、既存アセット(店舗・販売網)を起点にブランド事業を構築し、さらにそこで得た新たな無形資産(ファン)を次なる成長の足掛かりとした好例であり、大企業ならではのアセット活用型事業開発の典型と言えます。

フレームワーク:アセットベース思考による事業構想

アセットベース思考に基づく事業構想は、以下の4要素の掛け合わせによって整理することができます(図6)。

  • 自社のアセット
  • 顧客・市場課題
  • 適合するビジネスモデル(D2C、プラットフォーム、外販型など)
  • マクロ環境(制度・技術・社会変化など)

図6:アセットベース思考による事業開発のフレームワーク

このフレームワークを用いることで、戦略性と実行性の両立が図れます。特に、自社のアセットと相性の良いビジネスモデルの型を見極め、最適な組み合わせを検討することが、構想の精度と実現可能性を大きく左右すると言っても過言ではありません。

顧客視点とアセット視点の統合:双方向での構想プロセス

アセットベース思考では、自社資産を起点とすることが多いのですが、顧客視点との統合は不可欠です。顧客ニーズ、代替手段、市場受容性などを的確に捉え、自社の「できること」と顧客の「求めること」の接点を創出する設計が求められます。

実務上は、まずアセット起点で事業仮説を立て、そこに顧客ニーズやマクロ環境の分析を加えて構想を具体化する方法が有効でしょう。一方で、顧客起点で構想を開始し、後から自社アセットによる実現可能性を検証するアプローチも有力です。重要なのは、どちらか一方に偏らず、両視点を往復しながら、構想を磨き上げていくプロセスです。

おわりに:自社の「当たり前」に潜む価値を見直そう

アセットベース思考は、大企業がこれまで培ってきた経営資源や組織能力に改めて光を当て、それらを価値創出の源泉として再定義することで、新たな成長の道筋を描くための有効なアプローチです。

とりわけ重要なのは、自社にとっては「当たり前」となっているアセットを、他業界の視点を交えて再評価することです。業界常識にとらわれず、異分野のフレームワークで自社資産を捉え直すことで、これまで見えていなかった事業機会が立ち現れてきます。

ゼロから事業を立ち上げるよりも、保有アセットを活用した構想の方が現実的かつ実行可能性が高いケースは多くあります。本稿が、読者の皆様にとって、自社の強みを再認識し、そこから新たな価値を創出する一助となれば幸いです。

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