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2022年12月27日展望を知る

欲望を満たし、健康課題も解決。食品メーカーが向き合う“相反”との戦い

テクノロジーの発展により、あらゆる業界で新たな潮流が生まれる一方、急速な変化に伴う課題も生じている。その両極にはどんな景色が広がっているのか。有識者とNTTデータのエバンジェリストが、日本社会の将来を見通す対談シリーズ「未来予測2sides」。
初回は食品業界の未来について、元ネスレ日本代表の高岡浩三氏と、NTTデータの三竹瑞穂氏が考察する。二人の対談からは、食品メーカーが直面する数々の課題と、業界のデジタル化が進んだ先に広がる豊かな暮らしの両面が見えてきた──。
目次

──まずは食品業界の現状からお聞きします。この数年の業界の動向をどのようにご覧になりますか。

三竹食品メーカー各社がデジタル化に注力する流れはあるものの、他の業界に比べるとその勢いは少し弱いと感じます。

高岡実際、変化はかなり緩やかですよね。

三竹私は仕事柄、製薬業界の動向も注視していますが、製薬はデジタル投資が活発です。気になるのはその原資の出どころです。

株式会社NTTデータ 製造ITイノベーション事業本部 第四製造事業部 統括部長 三竹 瑞穂

プロセス製造業(食品・飲料、製薬、化学・素材、エネルギー業界等)向けビジネスのセールス&マーケティング、コンサルティング機能を統括。農林水産省のフードテック官民協議会に参画。一般社団法人SPACE FOODSPHERE 研究開発推進会議 委員。公立大学法人 宮城大学客員准教授。

高岡さんも著書の中で触れておられますが、製薬業界では2013年から2020年までの7年で約1万2000人のMR(製薬会社の営業職)が減っています。
医薬品情報をオンラインで提供できるサービスなどが登場したことで、対面営業の必要性が薄れた影響もあるでしょう。

仮にMR一人を雇用するのにかかるコストを1500万円とすると、給与分だけでも年間1800億円が浮いている。

その一部がデジタル投資に振り向けられていると考えられませんか。

高岡研修費も浮くから、実際はもっとですよね。そのうちの半分でもデジタル投資に回しているとしたら、かなり大きな変化です。

ケイアンドカンパニー代表 高岡 浩三 氏

1983年、神戸大学経営学部卒。同年ネスレ日本入社。利益率の低い日本の食品業界において、新しいビジネスモデルを追求しながら超高収益企業の土台をつくる。2010年から2020年までネスレ日本CEO。2020年4月より現職。著書に『ゲームのルールを変えろ――ネスレ日本トップが明かす新・日本的経営』(ダイヤモンド社)、『逆算力』(日経BP社)。コトラー氏との共著で『Marketing in the 21st century』他多数。

三竹ネスレ日本も早くからデジタル化を進めていましたね。

DXが叫ばれる以前からビジネス環境の変化を見据えて営業人員を自然減に導くなど、長期的な視点で着実に組織改革を進める姿勢が非常に素晴らしいと感じます。

高岡僕が社長に就任してから、定年退職者の補充を控えるかたちで10年かけて500人ほど社員を減らしました。

その人員削減の過程で意識したのは、製薬企業と同じく営業部隊の縮小です。

きっかけは、九州で売上の半分以上をディスカウントストアが占めたこと。

「常時低価格」という業態は今ほど一般的ではありませんでしたが、このスタイルはきっと全国に派生する。

それが「新しい現実」だと思い、当時600人いた営業人員を半分にして、多くをリモート商談に切り替えました。

ディスカウントストアは、食品メーカーの営業の訪問をほとんど必要としませんから。

三竹そういった営業改革の必要性はコロナ禍でさらに顕在化しましたよね。

海外では消費財のグローバルプレイヤーが小規模小売店との取引のデジタル化を進めています。

当社もラテンアメリカで世界ビール最大手「AB InBev(アンハイザー・ブッシュ・インベブ)」のB2Bコミュニケーションのデジタル化に携わっています。

国内でも同様の動きが求められていることは言うまでもありません。

日本では内食(自宅で食材を調理して食べること)に強い食品メーカーがコロナ禍で業績を上げました。

外食に流れていた消費者が自宅で食事するようになったことが追い風になったわけですが、それに加え、営業担当者がスーパーなどでの対面商談を自粛せざるを得なくなったことが結果的に販促費の抑制につながり、業績向上に寄与したという話もあります。

高岡皮肉な話ですよね。国内には400社ほどリージョナルチェーン(特定エリアで展開するチェーンストア)があり、対面営業を実施するため、食品メーカーはこれまで一定の営業人員を必要としてきました。

けれども、リモート営業の環境を整備すれば、話は変わります。

一人当たりの担当件数を大きく増やせるので、一握りの優秀な営業職に仕事を集約できます。当然、営業効率は格段に高まり、無駄なコストは減らせます。

これが今、食品メーカーが取るべき「新しい現実」への対応でしょう。

食品メーカーの営業仕事の多くは、そう遠くない将来、どんな質問にも完璧に答えられるAIに置き換わっていくと思います。

──コロナ禍で顕在化した「新しい現実」に食品メーカーがどう対応していくか。それが業界の未来を左右するのでしょうか。

三竹そうでしょうね。個人的には、日本の食品メーカーのD2C(Direct to Consumer)化は欧米や中国などに比べて数年遅く、売上に占めるEC比率も高まらない現状があり、「新しい現実」への対応が遅れていると感じます。

消費者の購買スタイルは、これからどんどんネットにシフトしていくので、そこにどう向き合うかが今まさに問われています。

高岡日本はこれから超高齢化社会に突入しますが、高齢者が毎日元気に買い物に行けるとは限りません。

その観点からもeコマースの需要はますます高まっていくでしょうね。

Ridofranz / istock

Ridofranz / istock

三竹過疎地に住む高齢者であれば尚更です。eコマース=若者のような印象がありますが、中国のアリババグループのネットショッピングアプリ「タオバオ」が良い例で、高齢者に広く利用されています。

高岡日本でも、僕のような60歳くらいの世代が高齢者になったときには、若い人以上にeコマースを使っていると想像します。

ただ、そんな将来を見据えて各社の対応が進んでいるかといえば、必ずしもそうではない。それはつまるところ、顧客の課題が見えていない、ということかもしれません。

三竹と、言いますと?

高岡例えば、我々の成功事例としてよく語られる「ネスカフェ アンバサダー」は、美味しいコーヒーを手軽に飲めるオフィス環境が少ない、という課題から生まれたサービスです。

コーヒーカプセルの定期便(直販サービス)も、自宅で消耗品がストックアウトしたとき買いに行くのが面倒くさい、という消費者心理に向き合って生まれたサービスです。

粉ミルクやペットフードも、乳幼児や大型のペットを連れて買い物に行くことが難しいから直販比率が高い。

つまりすべて顧客課題の解消です。

この先どんどん専業主婦が減って、高齢者の一人暮らしが増えれば、生鮮食品をスーパーで買うことすら不便に思われていくでしょう。

買い物に行くことが当たり前の行動ではなくなる時代がそのうち訪れます。

そこに目を向けて、冷蔵・冷凍両方の機能を備えた生鮮食品の宅配ボックスを家電メーカーが作ればきっと売れます。生鮮食品の通販も広がるでしょう。

そうやって顧客が解決を諦めてしまっている課題、あるいは顧客自身が認識していない課題に着目し、デジタルテクノロジーを活用して解決する。それがあるべきデジタル化の進め方です。

食品メーカーが顧客の課題を本気で探さない限り、EC活用もデジタル化も進まないでしょうね。

三竹なるほど。今のお話で一つ気になるのは、食品メーカーがユーザーへの直接販売を実施する場合、小売業者との関係をどう調整すればよいのか、ということです。

同じ商品なのにメーカー直販の方が小売店の販売価格より安くなるわけですから、小売側からすると面白くない。

食品メーカーがなかなかECに踏み切れないのは、小売業者との関係悪化を避けているためとも考えられませんか。

高岡なので、小売側に納得してもらう仕組みづくりが必要になります。

ネスカフェのコーヒーカプセルは、「ネスカフェ ドルチェグスト」という専用マシンがないと淹れられません。つまりマシンのユーザーは他社のコーヒーカプセルに“浮気”ができない。

これはすなわち、値下げ販売などに日々苦心している小売店に対し、値下げの必要がない商品を提供しているということです。

VTT Studio / istock

VTT Studio / istock

マシンはネスレ側が開発し、赤字で安く販売しているので、小売側に環境整備への出費はありません。

このように小売にとって利益率の高い仕組みを提示してきたからこそ、我々のeコマースやテレビショッピングは一定の理解を得られました。

三竹なるほど。顧客の課題を見ながら、同時に小売の課題も見ると。

高岡大変ですが、それを諦めてはいけません。食品メーカーの生き残りは、独自の「製造小売業」になれるかどうかにかかっている。僕はそう見ています。

「ユニクロ」を抱えるファーストリテイリングや家具のニトリは言わずもがな。コンビニやスーパーもPB(プライベートブランド)を量産する製造小売業と化している。結局これが一番儲かるんです。

食品メーカーは、すでに製造機能は持っている。そこに顧客の課題を解決するために販売機能を組み合わせる。さらには小売側も損しないロジックも付加する。こうした発想が必須です。

単に直販が大事だと言ってAmazonなどの真似をしても、食品メーカーに勝ち目はありません。

──多くの課題を抱える食品業界に明るい未来の兆しはありますか。

三竹近年、あらゆる食品メーカーが食を通じた生活者の健康課題の解決を追求しています。

その動きが結実して、人々の健康に食品業界がこれまで以上に貢献するようになっていくことがポジティブな未来と言えるでしょう。

その実現にあたって課題となるのは、生活者が抱く「美味しいものを食べながら健康的な生活が送りたい」という欲求と、「実践して継続するのは面倒くさい」という感情のバランスをいかにして取るか、ということ。

そこにイノベーションの可能性が潜んでいるように思います。

metamorworks / istock

metamorworks / istock

高岡病気の予防という観点からも、食品メーカーが自社商品で顧客の健康を気遣う時代になっていることは間違いありません。

不健康の一因は食べ過ぎです。そこに歯止めをかける流れは先進国を中心に世界中に広がっており、サービス事業者もその点に留意する必要があります。

僕はアドバイザーを務める「スシロー」で、「消費した皿数や合計金額だけじゃなく、カロリーや栄養表示などもタッチパネルで表示した方がいい」と、よく言っています。

「そんなことをしたら売上が減る」と言われることもありますが、長期的に見ればそういう外食チェーンが選ばれる時代になり、いずれ価格も上げられます。

三竹消費者側も意識を変える必要がありそうです。

値上げに対する国民的アレルギーを「お客様は神様」文化が補強する関係が長らく続いていますが、価値あるものに相応の対価で報いる社会にしていかないと、良質なサービスが育ちません。

他方で、溶かさなければいけない壁は他にも存在します。

この数年、パーソナライズされた健康サービスの需要が高まっています。

NTTデータとしてもそこに貢献したく、様々な企業や団体に眠る健康データを集め、食品メーカーの商品開発に活用してもらうためのプラットフォームを作りました。

このプラットフォームに参画する食品メーカーの方から多く聞かれるのが、「生活者を深く正しく理解したいが、その有効な術がない」ということ。

つまり彼らは必要なデータにアクセスできていなかったということです。

高岡それこそ小売はPOSデータ(消費者の購買データ)をもとにPBを次々と開発しますが、データを食品メーカーに共有することはまずありませんからね。

三竹「Food&Wellnessプラットフォーム」はその壁を解消するための取り組みです。

ただ、時代の要請はもはやPOS以外のデータに向けられている気がしています。

POSデータに特化した場合、極論すると、ジャンクフードをよく食べている人にはジャンクフードの情報ばかりレコメンドされることになります。

これからの時代、ジャンクフードをよく買っている人には、むしろ逆をエデュケーションする必要がある。

そうしたレコメンドや商品開発をするためには、POSの「手前」の情報が必要になると思うのです。

a_namenko / istock

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高岡同感です。生活者の情報を根源まで掘り下げていくと、購買の手前には「消費」の情報があり、消費の手前には「健康」の情報がある。

真の意味で生活者の健康増進に貢献するなら、健康や消費に関するデータを集めて食品メーカーと共有する必要がある、ということですよね。

三竹おっしゃる通りです。

先のプラットフォームでは、様々な企業や機関と連携し、健康保険組合が保有する個人の健康情報をはじめ、運動データ、食事データ、バイタルデータ、ゲノムデータなど豊富な生活者情報の収集と利用許諾の獲得を進めています。

それらを通じて、食品メーカーの健康増進に寄与する商品開発の後押しをする。

RossHelen / istock

RossHelen / istock

さらに「Food&Wellnessプラットフォーム」にはショッピングモールも機能もあって、そこで販売した商品については購買データをメーカーに共有する。

つまり食品メーカーがこれまでなかなかアクセスできなかった生活者のコアデータを提供し、メーカーのポテンシャルを引き出す。そんな実験的な試みです。

高岡今聞いていて思ったことがあります。

日本は国民皆保険の下で安く医療を受けられることから、欧米諸国に比べて国民の予防のインセンティブが低く、予防医療の発達も遅れ気味です。

そこでNTTデータさんが「Food&Wellnessプラットフォーム」事業で集めた健康データを細かく分析し、最近の日本人の栄養バランスの傾向などを掴み、それをメーカーと共有する。

それができれば、国民の未病に貢献する製品開発のあり方が見えてくるかもしれません。

三竹その実現を目指したいですね。

高岡さらに言えば、先ほど三竹さんがお話しされたように、独自のショッピングモールで商品を販売した際、購入者にAmazonなどとは全く異なるレコメンドをすることも重要です。

要は購入者の健康問題の解決につながるような情報をレコメンドする。

それによって、「このモールは私のことをここまでわかってくれている。だからここで買い物をする」と思わせる。

ここまで持っていくと、食品メーカーは目先の売上にとらわれなくなり、時代が求める道に迷わず進める。

それは我々消費者にとっても望ましい社会のあり方と言えるでしょう。

三竹その意味では、「欲望のコントロール」という生活者が諦めてしまっている課題に対してイノベーションを起こすことが明るい未来を引き寄せるための一つの鍵になりますね。

高岡ただ、大仰な必要はありません。僕は「柿の種」が大好きでつい食べ過ぎてしまうのですが、それを亀田製菓の社長に伝えたら、ひと袋の量を減らしたシリーズが登場しました(笑)。

これも健康課題を解決する一つのイノベーションです。

大切なのは、顧客の課題を見極めようとする姿勢を忘れないこと。そして短期的に失敗をしてもすぐにやめないこと。この二つです。

僕の経験上、イノベーションが日本社会に根付くまでには7、8年かかります。その間に「新しい現実」に気づいていない人たちから必ず反発を食らいます。

でも短期的な視点で物事を評価する人の意見を聞いて、イノベーションの種を引っ込める必要など全くありません。

いつの時代も、トライアンドエラーを繰り返しながら前に進むことを諦めなかった人がポジティブな未来を創るのです。

制作:NewsPicks Brand Design
執筆:田村朋美
撮影:猪俣博史
デザイン:小谷玖実
編集:下元陽

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