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1.インシデント駆動型市場拡大の課題--日本のサイバーセキュリティ投資を再考する
ここ数年、日本国内では金融セクターを中心にサイバーセキュリティ投資が活発に行われてきました。金融機関は高い金銭的価値を持つ情報を扱うため、攻撃対象になりやすい特性を抱えています。この背景から、脅威の高度化に比例する形でセキュリティ投資が拡大してきました。
2025年初頭には証券口座への不正アクセスが社会的に大きく取り上げられ、対策として上期中にFIDO2認証(※1)が急速に普及しました。これは単なる認証技術の導入にとどまりません。消費者レベルにまで「パスワード依存のリスク」や「ゼロトラスト的発想」が浸透し始めた象徴的な出来事だったといえます。
さらに下期には、国内大手企業がランサムウェア攻撃の標的となり、売り上げ減少や信用毀損(きそん)といった経営リスクが顕在化しました。これにより、金融セクター以外の産業でもセキュリティ投資の優先度が一段と高まっています。このように、日本のセキュリティ市場は「インシデントを契機として投資が拡大する」という構造を持っています。
しかし、ここで一つの問いが浮かびます。インシデント駆動型の投資構造は、果たして健全なのでしょうか。
事件が起きてから対策を講じるモデルは、短期的には合理的に見えます。しかしそれは、常に“後手”に回る構造でもあります。市場が成熟するためには、反応ではなく設計に基づく投資が必要ではないでしょうか。
パスワードに依存しない公開鍵暗号方式の認証標準。フィッシング耐性が高く、各国金融機関やプラットフォームで導入が進んでいる。
2.グローバルでは「規制」が市場を設計し始めている
視野をグローバルに広げると、サイバーセキュリティを取り巻く環境はさらに変化しています。地政学的リスクの高まりを背景に、データや情報にも主権(Sovereignty)が求められるようになってきました。GDPR(※2)に代表されるプライバシー規制、NIST(※3)や欧州NIS2(※4)などのサイバー耐性規制は、単なる努力義務ではなく、より具体的なアクションや統制体制を求める方向へと進化しています。
重要なのは、これらの規制が市場の前提条件を変えつつあるという点です。セキュリティは「推奨される対策」から「満たさなければ市場に参加できない条件」へと変わり始めています。日本においては、現時点でデータの所在を明確に縛るルールは限定的です。
表:日本国内のデータ保持に関する規制・ルール
しかし、経済安全保障の観点からの法制度整備や政府クラウドの要件強化などを見れば、今後より厳格な規制が求められる可能性は十分にあります。ここで重要になるのが、「何を先読みすべきか」という視点です。
EU域内の個人データ保護を定めた包括的規制。域外企業にも域内データを扱う場合は適用される。
サイバーセキュリティフレームワーク(CSF)を策定し、グローバル企業のリスク管理指針として広く参照されている。
EUにおけるネットワーク・情報システムのセキュリティ強化を目的とした改正指令。重要・基幹産業に対し厳格なセキュリティ管理義務を課す。
3.先読みには「予見しやすいもの」と「困難なもの」がある
サイバーセキュリティ市場をけん引する要素には、予見しやすいものと困難なものがあります。たとえば、次にどの企業がどのような攻撃を受けるかを正確に予測することは極めて困難です。攻撃者の行動は非対称であり、不確実性が高いからです。一方で、各国の規制動向や政策の方向性は比較的予見可能です。規制は突発的に生まれるものではなく、議論やパブリックコメント、段階的な制度設計を経て具体化していきます。そこには一定の時間軸とシグナルが存在します。
投資家の立場から見ると、闇雲に未来を予測することが「先読み」ではありません。重要なのは、確実性の軸を持つことです。規制強化、データ主権、重要インフラ防御義務化--これらは方向性としての確度が高い潮流です。
したがって投資判断においては、
- その技術は規制強化に適応できる設計思想を持っているか
- データローカライゼーションや監査要件に対応可能か
- グローバル展開を前提としたアーキテクチャか
といった観点が重要になります。
不確実性の高い「次の攻撃手法」を当てにいくのではなく、確実性の高い「制度進化」に耐え得る技術へ投資する。この姿勢こそが、投資家にとっての先読み力です。
4.セキュリティ事業者に求められる「設計力」
こうした環境下で、セキュリティ事業者に求められるのは単機能の技術力だけではありません。日本市場はインシデントを契機にニーズが顕在化する傾向があります。そのため、特定の領域に特化したプレイヤーは短期的な需要を取り込める一方で、構造変化に対応できなければ成長は限定的になります。
今後必要とされるのは、
- 脅威の進化を踏まえた技術的拡張性
- 規制の進化を前提としたアーキテクチャ設計
- 経営レベルでのリスク可視化とガバナンス統合
といった、フルフェーズ・フルスタックでの対応力です。
つまり、セキュリティは“反応する産業”から“設計する産業”へと移行しつつあります。
5.予見駆動型投資へ
インシデント駆動型の市場拡大は、今後も一定程度続くでしょう。しかし、それだけでは持続的な競争優位は生まれません。市場、規制、投資--この三層を構造的に捉え、確実性の軸を見極めた上で技術とアセットを構築していくことが重要です。
NTT DATAは、幅広いサイバーセキュリティニーズに応えるため、フルフェーズ・フルスタックのアセットを構築してきました。今後も、短期的なトレンドに左右されるのではなく、規制や地政学的動向といった確度の高い潮流を踏まえたforesightに基づく投資を継続していきます。
最も高価なセキュリティ投資は、後手に回ることです。だからこそ今、反応ではなく予見に基づく設計が求められています。


NTTDATAのサイバーセキュリティサービスについてはこちら:
https://www.nttdata.com/jp/ja/services/security/
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