1.マテリアルズ・インフォマティクスとは?
マテリアルズ・インフォマティクス(以下、MI)とは、データ分析技術を活用して、新たな材料開発を効率的に行うための研究分野です。従来、材料開発は試行錯誤を繰り返しながら長期間にわたる実験が必要で、試験できる材料の組み合わせパターン数に限界がありました。MIを活用すれば、過去の膨大な実験データを分析しシミュレーションすることで、有望な材料候補を迅速に見つけ出すことが可能となります。
MIは、各産業における開発スピード向上とコスト削減を実現し、企業の競争力を左右する技術として注目を集めています。特に近年、AIや機械学習をはじめとしたデータ分析技術の飛躍的な進歩に加え、GPUや量子コンピュータなど計算基盤の発展により、MI関連の技術開発が活発に行われています。
2.マテリアルズ・インフォマティクスに必要な技術とアプローチ
NTT DATAでは、2019年に「量子コンピュータ/次世代アーキテクチャ・ラボ」を立ち上げ、数多くのお客さまと技術検証を行ってきました。さまざまな検証から見えてきたのは、MIの導入において、膨大な組み合わせパターンから最適な解を求める「最適化問題」をどう解くかが大きな課題であることです。そこでNTT DATAは、同ラボの知見を活かし、複雑な最適化問題を量子コンピュータなどの計算基盤で解くための技術検証を進めています。
MIの導入を成功させるためには、データ準備、モデルの学習、シミュレーションの実行などを含む高度なデータサイエンスの知見が必要です。一方で、より一層重要なのは、材料開発のプロセスや評価方法に関する深い業務知見です。データをどう収集・解釈し、開発現場に活かすかは、ドメイン知識と現場理解に依存します。そこでNTT DATAは、大学やスタートアップ企業など、材料科学や化学分野の専門知識を有するパートナーと積極的に連携し、産学連携による実践的なMIソリューションの共創に取り組んでいます。
3.NTT DATAにおけるマテリアルズ・インフォマティクス事例
続いて、NTT DATAのMI事例を2つご紹介します。
【MI事例1】
AIでCO2回収を加速する-機械学習と生成AIによるCO2触媒探索への挑戦
地球温暖化の抑制は全世界において喫緊の課題であり、その解決に向けて「二酸化炭素(CO2)の回収・有効利用」の研究が急速に進展しています。この分野の重要性は、2025年のノーベル化学賞が、CO2を効率的に吸着できる金属有機構造体(MOF)を開発した北川進氏、リチャード・ロブソン氏、オマール・ヤギ氏に授与されたことからも明らかでしょう。
NTT DATAは2024年11月より、CO2を効率的に吸着し、有用な化学物質へと変換できる新しい分子を迅速に発見・設計するプロジェクトを推進しています。本プロジェクトは、NTT DATAがイタリアのパレルモ大学およびカタンザーロ・マグナ・グラエキア大学と共同で実施しており、イタリア国家復興・強靭化計画(NRRP)の一環としてICSCセンターより資金提供を受けて進めています。
本研究では、「試行錯誤によって、設計→膨大なシミュレーション→結果分析→再設計を繰り返す」という従来の分子スクリーニング手法の制約を克服するため、高性能コンピューティングと機械学習モデルを活用し、効率的な触媒設計を可能にするデータ駆動型のフレームワーク構築を進めています。特に、最適な特性を持つ新しい分子構造を計算するため、生成AIを用いた実験的アプローチの実装を行っています。現在、膨大な分子構造の候補から、特に高い効果が得られると考えられるCO2触媒候補を数パターン抽出することに成功しており、大学の化学専門家チームによる評価を進めています。
さらには、量子コンピュータを活用し、生成AIの性能向上および計算を高速化する検証も進めています。本手法は他のシステムにも応用可能であり、CO2回収・変換を超えた幅広い分野での展開が期待されています。

図1:計算中の分子構造例
【MI事例2】
香りをデータで再現-NTT DATA×香味醗酵が挑む“匂い”のデジタル化
NTT DATAは、2022年から大阪大学発のベンチャー企業である株式会社香味醗酵と共同研究を進めています。香味醗酵は、世界で初めて匂いを数値化する技術を開発した企業であり、ターゲットとする匂いと同じ数値になるように複数香料を混ぜ合わせることで、匂いを再現します。一方で、香料の候補は数千種類にもおよび、膨大な組み合わせから最適な構成を導き出すには、非常に大きな計算コストが課題となっていました。
そこでNTT DATAは、香味醗酵の匂いの数値化技術に、当社ラボで培った最適化技術を組み合わせることで、人では発見が困難な匂いの合成パターンを探索する手法や、消臭剤製造期間を従来比95%削減する新たな消臭成分調合手順の開発など、素材開発プロセスの大幅な効率化に成功しています。
図2:消臭剤の調合イメージ
4.まとめ
本記事では、MIの概要およびNTT DATAの取り組みを紹介しました。今後もNTT DATAは、創薬・バイオ・エネルギー材料をはじめとした各業界の材料開発の高度化を推進していきます。特に、IT技術と各専門分野の知見を融合することで、開発期間の短縮、実験にかかる回数や費用の大幅な削減、従来は発見が困難だった新材料の創出を実現し、次世代の材料研究におけるイノベーションと競争力の強化をめざします。


量子コンピュータ/次世代アーキテクチャ・ラボのサービス開始についてはこちら:
https://www.nttdata.com/global/ja/news/release/2019/012501/
消臭剤製造期間を従来比95%削減する新たな消臭成分調合手順を開発についてはこちら:
https://www.nttdata.com/global/ja/news/topics/2024/083001/
人では発見が困難な匂いの合成パターンを探索する手法を開発についてはこちら:
https://www.nttdata.com/global/ja/news/topics/2024/012500/
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