特別対談:インタラクティブ・データが企業の競争戦略を変える

2023.3.9

私たちNTTデータは既存の大企業がデジタル変革を成功するためには、既存の強みを最大限活用して新たな顧客価値を提供する「顧客価値リ・インベンション戦略」が必要だと考え、多くのDXプロジェクトを推進してきています。その中で、「製品と業界に根ざした戦略的思考だけでは、新しいデジタル・ワールドの中で成功を収めるには十分でない。競争優位の原動力は製品からデータへと紛れもなくシフトしている」と書いた書籍「The Future of Competitive Strategy」に出会いました。
著者のIMDビジネススクール教授Mohan Subramaniamさんは、既存の大企業が、センサーやIoT等の技術により取得できるデータをどう戦略に組み込むべきか、エコシステムによってどのように顧客に新たな価値を提供すべきかについて論じています。当社およびMohan教授の考えについて意見交換を行いました。

1.インタラクティブ・データとは

山口 私たちは既存の大企業のデジタル変革を成功させるためのフレームワークを検討しています。その中で、デジタル技術の進展により企業のデータ収集・分析能力が飛躍的に向上し、新規サービスの創出や既存サービスの変革の機会が生まれていることに、私たちは特に注目しています。

NTTデータが注目するデジタル技術の進展(CCAC)。この技術進展が企業のデータ収集・分析能力を飛躍的に向上する。

著書の中では、「いまやデータが製品を支えるのではなく、製品がデータを支えている。それはセンサーやIoTなどの先進デジタル技術の存在により、製品が、ユーザーのインタラクティブ・データを運ぶパイプとして機能しているためである」と述べられています。この「インタラクティブ・データ」に関してより詳しくご説明願えますか。従来のデータとはどのように異なるのでしょうか。

Mohan インタラクティブ・データを理解するには、伝統的な大企業であるマクドナルドと、新時代の企業であるフェイスブックの取得するデータを比べてみると分かりやすいです。
ご存知の通り、マクドナルドは、何十億ものハンバーガーを売ってきました。興味深いのは、1994年に1000億個に到達してから販売した個数を数えるのをやめたということです。もう個数は重要でなかったからです。重要なのは売上額でした。販売する商品が何であれ、生産の方法が何であれ、在庫がどこにあれ、データを合計しました。こうしてもたらされるのが従来の事後データです。ハンバーガーを売る、その瞬間にはこのデータは使いません。データを取得、保管、収集、統合して、事後にその知見を利用します。いくらハンバーガーを売ったのか、貢献利益はいかほどか、在庫はどれくらい必要か、売上予測はどれくらいかといったように。
一方でフェイスブックはどうでしょうか?フェイスブックはあくまでも、個々のユーザーを追跡します。例えば、カップルが結婚を決める前に、フェイスブックは彼らがいつ結婚しそうかが分かります。なぜ分かるのでしょうか?それは彼らが、インタラクティブ・データと私が呼んでいるものを、自社のプラットフォーム上の絶え間ない人々の交流から取得することができるからです。インタラクティブ・データはリアルタイムで使うことができます。例えば、私がフェイスブック上で友人と興味を惹かれた車について話しているまさにそのときに、広告が出るというように。しかし同時に、彼らは事後にもデータを集めます。こうしたデータによって、各ユーザーを正確に理解することができるのです。これが、フェイスブックがカップル自身より先に、彼らの結婚のタイミングが分かる理由です。

今日ではセンサーとIoTにより伝統的な大企業もインタラクティブ・データを得ることが可能になっています。インタラクティブ・データによって、予測ははるかに正確になります。食洗機がいつ頃壊れそうになるか、あるいは、あなたが病気になるかも予測できます。これはセンサーを自社の製品に埋め込むというだけの話ではありません。そこからどのようなデータを得られるか、それを利用して何ができるかについて考察することが重要です。
また、外部とリアルタイムに共有できるのもインタラクティブ・データの特徴です。Uberは運転手と乗客間のデータをリアルタイムで共有し、私たちはそれをもちろん当然だと思います。しかし、事後データは、データをリアルタイムで使用できないため、積極的に共有されることはありません。

Mohan教授の提唱するインタラクティブ・データ。従来の事後データと異なり、リアルタイムで取得・分析・利用が可能である。

2.インタラクティブ・データが生み出すデジタル・エコシステム

山口 インタラクティブ・データの概念についてよく分かりました。それでは次に、実際にインタラクティブ・データが企業活動にどのような影響をもたらすかについて議論させてください。私たちは、企業のデジタル変革の取り組みは、カスタマーエクスペリエンスの変革「顧客価値リ・インベンション」と、バリューチェーンの変革「バリューチェーン・リエンジニアリング」という2つの狙いが重要であると考えています。
「顧客価値リ・インベンション」においては、デジタル技術を活用して顧客体験を再設計することで、製品・サービスの個別販売から、真の顧客課題を解決するアウトカムベースドサービスにシフトすることを狙いとしています。
また、「バリューチェーン・リエンジニアリング」においては、パーソナライズ化・リアルタイム化が進み複雑になったバリューチェーンをデータ活用によって最適化することを狙いとしています。
先ほど、外部との連携の話がありました。私たちはこれらの狙いを実現するには、自社の既存の製品・サービスに捉われるのではく、外部のパートナーとのエコシステムを構築することが極めて重要であると考えています。著書の中で、インタラクティブ・データが新たなエコシステムを生むというMohanさんの理論には非常に感銘を受けました。この点について詳しくお話し願えますか。

NTTデータの提唱するデジタル変革のフレームワーク。「顧客価値リ・インベンション」と「バリューチェーンエンジニアリング」の2つが重要であり、実現には外部パートナーとのエコシステム構築が鍵を握る。

Mohan インタラクティブ・データをデジタル・エコシステムの中でいかに活用するかということについてお話ししましょう。まず、伝統的企業のバリューチェーンと、私が「補完財のネットワーク」と呼ぶものについて説明します。
自動車メーカーのフォード社を例にすると、製品を生産し販売するには、サプライヤー、自社工場や外注先の工場、ディーラーや自社の部署も含めて、製品が売れるその瞬間までたくさんのパートナーが関わっています。この活動の流れがバリューチェーンです。また、製品が売れると、そこに補完財というものが伴います。補完財は需要を増やすのに貢献します。極端な例では、道路やガリリンスタンドがなければ、誰も車を買いません。道路やガソリンスタンドが増えれば増えるほど、車の需要が高まります。これを「補完財のネットワーク」と呼びます。

原型のバリューチェーン。
生産から販売まで多くのパートナーが関わり、製品・サービスの付加価値を生み出す。

補完財のネットワーク
財・サービスが互いに補完し合うことで効用・需要を高める効果を生み出す。

では、この多様なバリューチェーンと補完財のネットワークに、インタラクティブ・データを加味するとどうなるでしょう。まずはバリューチェーン側ですが、データのリアルタイム共有によりオペレーションの効率を格段に上げることができます。異なる機械同士が通信できます。人工知能がそれを指揮します。私たちはすでに、人手不要で稼働し続ける完全自動工場のコンセプトを知っています。また、新たなデータドリブンサービスの提供も可能となります。例えばジェットエンジンからリアルタイムで標高、風、速度、角度などについての情報を得られれば、航空会社の課題である燃費削減の解決に貢献することもできます。私はこのバリューチェーン内のつながりを、「プロダクション・エコシステム」と呼びます。
また、補完財ネットワークに目を向けると、今では道路やガソリンスタンド、駐車場が当たり前のように車と繋がっています。これは現在のフォードの自動車の機能の一つですが、アレクサに話しかけてコーヒーを注文すると、最寄りのスターバックスの店舗は、私を認識し、注文と正確な到着時間を把握します。到着したらコーヒーを受け取ります。列に並ぶ必要も、レジで支払いをする必要もありません。IoTと既存資産の接続のおかげで、すべてが魔法のようにバックグラウンドで行われます。私はこの補完財ネットワークのつながりを「コンサンプション・エコシステム」と呼びます。
伝統的な大企業が自社のデジタル・エコシステムを理解したい場合は、このようにプロダクションとコンサンプションの両面で考えるとよいでしょう。

バリューチェーンからプロダクション・エコシステムへの発展
ITにより製品・パートナー間がつながることで、効率化とデータドリブンサービスの提供が可能となる。

補完財のネットワークからコンサンプション・エコシステムへの発展
ITにより補完財・サービスがつながることで、新たな顧客体験を生むサービス創出が可能となる。

山口 インタラクティブ・データはバリューチェーンをプロダクション・エコシステムへ、補完財ネットワークをコンサンプション・エコシステムへと発展させるということがよく分かりました。おそらく、日本の経営者の多くはコンサンプション・エコシステムという考えに馴染みがないと思いますので、理解を深めるために詳細について伺いたいと思います。コンサンプション・エコシステムの構築方法についてのお考えをお聞かせください。

Mohan いくつかの要素がありますが、基本的にはシンプルです。まずは自社において従来の補完財はどのようなものか考えます。車の例で見たように、ガソリンスタンドや道路などです。次に、製品から得られるインタラクティブ・データによって新たに繋げられる補完財について考えます。そして次にそれを、API戦略を通じていかに拡張していくかについて考えます。
イノベーションについて考えるとき、伝統的な大企業はどうすればより良い製品を作ることができるかを問います。しかし、インタラクティブ・データについて考えるようになれば、データドリブンサービスでいかにイノベーションを起こせるか、自社の製品をさまざまな他組織に接続することで、どのようにイノベーションを起こせるかを問うようになります。
例えば電化製品を扱うワールプール社は、Yummly社というレシピ提供アプリを買収し、アプリを通して冷蔵庫をスキャンすることで、どのような材料が残っているか分かるようにしました。また、オープンAPIを経由して、世界中の人からレシピがどんどん出てきます。そしてアプリがユーザーに、食材に基づいた今日の献立を提案します。何か材料が足りなければ、アレクサとアマゾンが介入して、注文してくれます。アレクサは調理中の音声ガイドとしても働きます。オーブンは余熱の加減を算出し、電子レンジは自動で処理を進めます。こうした体験はこれまでと全く異なるデジタル体験です。
これが、コンサンプション・エコシステムの良い例だとお分かりいただけるでしょう。従来考えられてきた補完財だけではなく、インタラクティブ・データを用いて、何が接続可能かに基づき何が補完財かを判断するということです。

山口 コンサンプション・エコシステムでは、デジタル・プラットフォーム上で補完財の供給者と繋がり、顧客に新しい価値を提供するということを説明頂きました。実用的で示唆に富むアイデアです。しかしながら、補完財の供給者というのは非常に数が多く、それぞれを特定して優先度を決めるのは容易ではありません。
NTTデータは、カスタマージャーニーの分析とそれに基づく顧客体験の再設計によって、補完財の確認と優先順位付けを行う手法を検討しています。スライドの例は、食品スーパーにおける消費者のカスタマージャーニーです。消費者の真の課題を「美味しい食事を家族と共に楽しむ」と仮定すると、献立を決めて店に行き、購入、支払いを行い、家に持ち帰り、保存し、調理までが含まれます。エコシステム内における最適な補完財の供給者を選び、加えることで、顧客の価値を高めることができると考えています。

NTTデータが提唱するコンサンプション・エコシステム構築のフレームワーク。
カスタマージャーニーの分析により、顧客課題の解決に必要な補完財の供給者の特定が可能となる。

3.単一企業間の競争からエコシステム間の競争へ

山口 コンサンプション・エコシステムは、企業間の競争環境に大きな変化をもたらすと思います。この新しい世界において、既存の大企業はどのように戦略を考えればよいのでしょうか。

Mohan 2つあります。1つは、新しい世界に入ったからといって、元の強みを捨ててしまう必要はないということです。こうしたものは非常に重要であり、従来のバリューチェーンと製品はデジタル・エコシステムを築く上で拠り所となる基盤です。強いバリューチェーン・製品があるなら、豊かなデジタル・エコシステムを持つことができるでしょう。
一方で2つ目は、バリューチェーンと製品だけでは十分でないということです。伝統的企業は、図に示す四つの異なる階層、課題ともいえますが、これに目を向けることでメリットを得られるでしょう。従来の製品だけの世界にとどまらず、インタラクティブ・データを用いて、デジタル・エコシステムを深化していきます。
現在の自社の立ち位置を把握し、「5年後くらいには、第4階層にいたい」というように、デジタル変革の過程を客観的にチャート化します。こうして、組織的努力を新たな方向に向け直していくのです。

Mohan教授の提唱するデジタル変革の4階層のフレームワーク。自社の現在地把握と将来のマイルストン設定が可能になる。

山口 企業は製品やサービスのみで競合せず、エコシステムで競争することになると思いますが、こうした競争では、企業はどのようにして競争優位を得られるのでしょうか。

Mohan 素晴らしい質問です。伝統的な社会では同業の企業を競争相手とみなしますが、この新しいデジタル・エコシステムにおいては、全く異なるプレイヤーが競合相手となる可能性があります。必要な要件は、同じデータにアクセスできるか、だけです。例えば、モーションセンサー付きの電球を販売する企業が、家に誰もいないはずのときに動きを感知すればセキュリティシステムに通報するというように、警備業界に参入するかもしれません。更に言えばグーグルにもアマゾンにもこれはできます。このように、競争の範囲というのは、格段に広くなっているのです。
エコシステム間の競争ということについては、著書の中で3つのシナリオを紹介しました。
1つ目はデジタル歯ブラシの事例です。これは同質のエコシステム間の競争です。P&G社のオーラルB、フィリップス社のソニックケアは、同質の製品の競争からそのままエコシステムでの競争へと遷移することが予想されます。歯磨きがきちんとできているかを統計・分析結果によってユーザーに教える競争です。更には虫歯の兆候が分かったら、歯医者を紹介する、あるいはよく歯磨きができているなら、歯科保険の割引を受けられるようにする等のことも考えられるかもしれません。
2つ目は片方のプレイヤーはプロダクション・エコシステムにいて、もう一方はコンサンプション・エコシステムにいるというケースです。建設機械メーカーのキャタピラー社と、建設現場におけるデータソリューションを提供するヘキサゴン社の関係が該当します。この両者は相互に参入障壁が高く、均衡状態が続くと考えられます。
3つ目はこうした参入障壁が非対称なケースです。中国の銀行とテンセントの関係が該当します。銀行がテンセントのようなインタラクティブ・データにアクセスすることは難しい。一方で、顧客のお金の使い方を把握可能なデジタル・プラットフォームを持つテンセントが、ローンを望む顧客にアプローチしてローンを提供することはいともたやすいことです。
このように企業の競争のあり方に、デジタル・エコシステムがこれまでと異なる要素を持ち込んでいることが分かります。中国の銀行業界で起こったのなら、他のどんな分野で起こり得るのかという疑問が生まれます。自らのコンサンプション・エコシステム全体を見ないということは、数多くの潜在的な競合相手を見ないということです。そして、自らのエコシステムが生む障壁を理解していなければ、そうした競合相手から身を守る準備を怠ることになるのです。

山口 ありがとうございます。今日のご説明で、ある企業とその競合者がそれぞれコンサンプション・エコシステムを持つ場合、デジタル・エコシステム上で競合せざるを得ないということをより深く学びました。
最後に私の関心事について2点共有させて下さい。1点目は何がコンサンプション・エコシステム間の競争を決定づけるのかということです。例えば、日本の通信事業者は、顧客の日常生活のために、コンテンツ、支払い、eコマースなど、コンサンプション・エコシステムを拡大していますが、どの事業者が勝つのでしょうか。私たちは、この仮説を次のように検討しました。エコシステムの競争戦略を考慮すると、カスタマージャーニー全体を通じて顧客にどんな価値を提供しようとしているか、という観点を持たねばなりません。つまり、トータルでより顧客の課題解決に貢献するエコシステムが競争優位を勝ち取ります。顧客価値にとって重要な補完財の供給者を集められることが競争優位を築く鍵となります。

NTTデータの考えるエコシステム間の競争モデル。トータルで顧客の課題解決に貢献するエコシステムが競争優位を獲得。

2点目は誰がコンサンプション・エコシステムにおけるリーダーになるのか、ということです。
これに対する仮説は、エコシステム内で最も大きい価値貢献をもたらす者がリーダーになるというものです。つまり、顧客価値を提供する上で必要不可欠なサービス・データを持つ者がリーダーになります。また、技術の進歩によって貢献の価値とコスト構造が変われば、従来の補完財の提供者がリーダーにとって代わるケースも考えられます。例えば、食品スーパーの事例において、消費者の課題が献立の検討や食材の運搬だとすると、これを技術によって低コストで解決できる事業者が新たなエコシステムのリーダーになるかもしれません。

NTTデータの考えるエコシステム内の競争モデル。最も大きい価値貢献をもたらす者がエコシステムのリーダーとなる。

NTTデータでは、企業のデジタル変革を支援するため、このようなフレームワークをブラッシュアップしていきたいと考えています。

Mohan 山口さん、ありがとうございました。皆さんがフレームワークに盛り込まれたこうした考えと長年の経験、そして私の著書からアイデアを創発して頂いたことを非常にありがたく思います。本日の対談を大いに楽しむことができました。
最後に申し上げたいのは、デジタルに関する視野狭窄(Digital Myopia)を避けるということです。伝統的企業でのデジタルといえば効率性です。しかし、それだけではなくデータの価値やデジタル・エコシステムの可能性にもぜひ目を向けて頂きたいと思います。

山口 本日は、大企業のとるべき戦略についてたくさんの示唆を頂きました。ありがとうございました。

以上

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株式会社NTTデータ 副社長
山口 重樹

IMD Business School Strategy and Digital Transformation Professor
Mohan Subramaniam
コネチカット大学、ボストン大学キャロル経営大学院准教授、IMDの客員教授を経て2022年より現職。欧州・米国・インドの幅広い企業の支援経験を持ち、ハーバードビジネスレビュー・MITスローンマネジメント等の学術誌に定期的に記事を寄稿。
デジタル戦略のソートリーダーとして国際的に認められている。
著書は『The Future of Competitive Strategy : Unleashing the Power of Data and Digital Ecosystems』