新しい「これから」の実現に向けて

~ 隈 研吾氏と語るデジタルでつくる新しい社会 ~

コロナ禍はさまざまな社会課題を浮き彫りにした。
およそ2年を経た今、デジタル技術を活用して、社会課題に向き合い、よりよい社会のしくみを作る動きが加速している。
新しい「これから」の社会を実現するために必要なものはなにか。
2022年1月に開催された、NTT DATA Innovation Conference 2022において行われた建築家 隈 研吾氏とNTTデータ社長の本間 洋の対談から、
これからの社会に求められる生活者の視点と、建築・デジタルの役割を紐解く。

建築家 隈 研吾 氏

NTTデータ 代表取締役社長 本間 洋

フリーキャスター / 千葉大学客員教授 木場 弘子 氏

生活者に寄り添い、多様なステークホルダーとつながることで実現する新しい社会

対談に先立って行われた社長の本間のプレゼンテーションでは、NTTデータが目指す新しい社会像について語られた。
本間は、Withコロナで露呈した社会課題や気候変動を取り上げ、「企業には、事業の推進と同時にさまざまな社会課題の解決や、地球環境への貢献がますます強く求められる。企業を取り巻く環境は大きく変化して、先行きが見通しにくい状況が続いている。変化に適応していくためには、将来の変化を読み解いて行動していくことが重要になる」と訴えた。

そして、デジタル庁発足や行政、社会全体のデジタル化の動きに触れ、「デジタル化で重要なことは、一人ひとりの生活者にとって、便利で使いやすい、使っていて心地がよい温かみのあるサービスを実現すること」と強調した。

「技術はもちろん重要だが、サービスを供給する側の視点ではなく、常にサービスを利用する側の生活者視点で考えて、一人ひとりのニーズや期待を正しく理解をして、適したサービスを実現することが大事」(本間)

今後の社会全体のデジタル化については、「行政や企業が単体で実現できるものではない。さまざまな横のつながりで実現していく必要がある」と持論を述べ、「多くのステークホルダーが業界や分野の枠を超えてつながると、個別では実現が難しい社会課題の解決や、これまでにない新たな価値の創出ができるようになる」と続けた。

一方、さまざまなステークホルダーのつながりが増えていくことで、社会のしくみはますます複雑になる。そこで、これまで目に見えなかった社会を構成するさまざまな要素を可視化し、検証できるしくみも必要となる。それが、『デジタルツイン』だ。

「デジタルツインにより、デジタルの仮想空間上に現実の世界をリアルタイムに再現することができる。現実の世界では、実際に行うことが難しい高精度なシミュレーションを行って、将来の変化に備えることができる」(本間)
例えば、製造業の生産現場では、適切な改善策を施したり、故障の予測をしたり、現場を効率化したりすることが可能になる。また、サプライチェーン全体に範囲を広げると、モノづくり全体が効率化する。製品を使う生活者まで視点を広げると、生活者の満足度や製品のライフサイクル全体を通した、地球環境への貢献度といった観点での評価や活用など、持続可能な社会の実現につながる活動ができるだろう。

具体的な取り組みとして、山形県酒田市の防災への取り組みが紹介された。本間が、市のCDO(Chief Digital Officer)を務める同市は最上川の下流に位置することから、防災意識が高い自治体だ。現地では、「親族や地域の人々の安否が気になるが、安否確認が難しい」「避難指示が出ても、自分は大丈夫という思い込みから、避難行動になかなか移らない」という声が上がっているという。

NTTデータでは、こうした声に基づいて、地域の人々が必要とする情報を集めて可視化することや、災害状況や浸水予測などのシミュレーションに基づくリスク情報を提供することを検討している。本間はここでも、ステークホルダーが連携する重要性に言及した。

「位置情報や電力の使用状況などから在宅状況が把握できれば、避難指示が出たときに、避難できていない人を特定できる。また、支援を必要とする人の情報が、家族や知人だけでなく消防団などサポートできる人々に直接届けば、スムーズな避難が可能になる。街なかを走るタクシーも、お年寄りや子どもの避難行動の手段になりえる。このように、非常時に街全体がつながることで、人々がお互いを支え合える。また、これらのつながる仕組みは、災害時だけでなく、日常の暮らしのなかでも役立つものだと思う」

そして、「デジタル技術をうまく活用すれば、オンラインとリアルの利点を組み合わせて、生活者一人ひとりに適したサービスが実現できる」と締めくくった。

続いて、建築家の隈 研吾氏との対談が、フリーキャスターの木場 弘子氏をモデレーターに迎えて行われた。

生活者、利用者の多様性に寄り添う建築、デジタルのあり方とは

木場 今回のセッションのテーマは、『新しい「これから」の実現に向けて隈 研吾氏と語るデジタルで作る新しい社会』です。隈さんとの対談は本間さんの熱望で実現したと伺いました。

本間 以前、私どものお客様セミナーで講演をお願いしました。その後も著書や雑誌、展覧会なども拝見しています。隈さんは雑誌のインタビューで、「建築を通じて、街の風景や人々の暮らし方をデザインしている」とお話しされており、スマートシティについては、「DXでヒューマンに戻る」というご発言もありました。私はここに非常に共感を覚えました。NTTデータもさまざまな社会課題の解決に向けて社会全体のデジタル化を推進しているので、重要なことだと感じています。

木場 前段のプレゼンテーションで本間社長は、「生活者視点」を強調されていました。これは、隈さんの「暮らし方をデザインする」と似ているように感じます。

本間 NTTデータは創業以来、「情報技術で新しい『しくみ』や『価値』を創造して、より豊かで調和のとれた社会を実現する」という企業理念を掲げています。ITやデジタルを活用してシステムを作るのですが、作ることが最終目的ではありません。目指すのは、使う人々の仕事や暮らしが便利で豊かになること。これは、隈さんの考え方と共通点があると思っています。

これからは、デジタルと建築物が新しい関係を結んでいく時代ではないでしょうか。現在の建築物は20世紀初頭の建て方を踏襲し、繰り返してきたのが、今の街の風景です。コロナ後は、デジタルと建築が新しい結合関係を考える時代が来ると思います。

木場 では、ここから最初のテーマである「生活者、利用者の多様性にどう寄り添っていくのか」に入ります。生活者とひとくくりに言っても、多様な利用者一人ひとりに寄り添うことは、簡単でないと思います。本間さんは、どうお考えでしょうか?

本間 実は、私どもIT業界が利用者に寄り添うようになってきたのは、ここ数年のことです。それまでは、お客さまのIT部門と私どもITベンダーが、システムの仕様・要件を決めてシステムを構築し、現場に「これでオペレーションしてください」とお願いしていました。
今は、さまざまなITサービスが普及をし、一般消費者もITを活用しています。我々も、生活者にとってより便利で使いやすい、温もりのあるシステムを重視するようになりました。

木場 画一的、固定的な傾向だったITの使い方が、だんだんと柔軟性を持ってきたということですね。建築はいかがでしょうか。

20世紀初頭の街は、都市は業務地域、郊外は居住地域という二分法で作られていました。生活者がフレームに入っていない都市をデザインしてきたのです。これが最近では、「建築も生活者の目線で見て、都市を作り直さなくてはいけない」といった時代に来ています。そういう点で、本間さんの話と私の考えていることは、一致すると思いますね。
また、オフィスに机をたくさん置いて効率を求める時代は、もう終わっているのではないかと思います。オフィスのなかに、いろいろな生活の要素、それこそ保育園などが混在している、いわば「オフィス自体が街になる」という考えが、これから求められると思います。

木場 そうなると、これからは多様性に寄り添う柔軟性が重要になりそうですね。本間さんは、どうお考えですか。

本間 IT業界でも、お客さまの多様性に対応するため、3つの技術が進化しています。ひとつは、カスタマーエクスペリエンス、ユーザーエクスペリエンスといったデザイン思考の浸透。ユーザーの体験を重視した設計ができるようになりました。次に、ユーザーの要件やニーズを聞きながら、お客さまと一緒に作り込むアジャイル開発手法の普及。最後は、柔軟性のあるシステム構造です。サービス開始をしたあとに、システムやサービスの一部を柔軟に変更できるようなつくりになってきています。

ユーザーエクスペリエンスの重視やスピーディーなアジャイル開発といった考えは僕らの業界でも同じですね。昔、建築はその対極だと思われていましたが、これからは柔らかい思考やスピーディーな対応が必要です。
ITも同じかもしれませんが、建築も建てるときから、将来を完全に予測するのは無理です。特に今は、何が起こるかわからない時代なので、何が起こってもいいような作り方にしておきます。例えば、間仕切りのない日本家屋ですね。何が起こっても対応できるような開放的な作り方をしておくと怖くない。
これからの建築は、西洋的な壁の建築ではなくて、日本的な床の建築になるのではないでしょうか。床が自由に広がって色々な生活が展開する。そのほうがデジタルとの相性もいいと思います。

多様性を包括するトータルデザインの重要性

木場 ここからは、「多様性を包括するトータルデザイン」というテーマです。まずは隈さんにお聞きします。生活者や利用者の目線に立ちながら、建築物全体や周辺環境との調和など大きな視点も大切にするときには、何に留意されるのでしょうか?

建築の場合、多様な人が中だけではなく外にもいます。その人たちのことも考えながら作っていかなければいけない。昨今よく言われる環境問題は、実は周りの人のことを考えるということ。周りの人が広がっていくと地球につながる。これからは外に広げていく視点が必要になってくると思います。

木場 NTTデータは、銀行決済やクレジットカードのシステムなど、私たちの生活に欠かせないしくみづくりを支えています。人々の暮らしや街全体のデザインを先導するという意味では、隈さんの話とも通じるのではないでしょうか。

本間 私どもが電電公社時代にコンピューター事業を始めて、今年が55年目です。NTTデータが創業して34年目になります。これまで金融分野、公共分野などの社会インフラを数多く構築してきました。ただ、これまでは、業界内がつながるインフラが中心でした。これからは様々な社会課題を解決していくために、社会全体のデジタル化を推進していきます。そのためには、業界内のつながりを超えた業界間連携や、地域や社会全体がつながることが重要です。そうすることによって、生活者が便利で使いやすい、そして、使っていて心地がよいサービスが提供できるようになると思います。

これまで、すべてのビジネスが上から目線だったと思います。使う人は与えられたものを使う。これからのビジネスは、逆になる必要があります。建築や都市の世界では、その逆転が既に起こりはじめています。建築や都市は作ってあげるものではなくて、むしろ下から逆向きに作る。そういうやり方を考えないといけません。

木場 本間さんがおっしゃった業界間連携は、建築の現場でも起きていますか?

本来、建築物は人間が使うものなので、専門家だけで考えていてはダメです。しかし、これまでは、建築の専門家が作れば、効率がいいものができるという間違った思い込みがありました。既に、建築の世界とデジタルの世界とか建築と庭づくりとか、あらゆる業種、業態との連携を必要とする動きが始まっています。

本間 連携、つながるという意味では、行政と各企業がつながることで、生活者は便利になるでしょう。例えば、引っ越しでは、自治体に転出・転入の届けや水道・電気・ガス・郵便局・金融機関の手続きが発生しますが、行政と各企業がつながれば、一回の処理で済みます。隈さんが言われたように、社会全体のデザインによって、多くのステークホルダーがつながります。IT業界の言葉で言えば、「デジタルファーストでワンストップ、ワンスオンリーな社会が出てくる」と思います。

建築とデジタルの力で実現する「新しいこれから」

木場 最後に、お二人が考える、よりよい社会、「新しいこれから」とは、どんな社会でしょうか。また、それをどう実現するのか聞いていきたいと思います。まずは本間さん。NTTデータは「新しいこれから」に、どのように貢献していきますか。

本間 これからますます重要になるのは、サステナブルな社会の実現です。すべての企業に、経済価値の向上だけでなく、社会課題の解決や地球環境への貢献が求められると考えています。IT業界にとっても、日本にとっても、デジタルとグリーンは、成長のドライバーになると考えています。
電子政府や電子商取引といったネット系サービスで、日本は苦戦しています。だからこそ、社会全体のデジタル化を推進して、世界がうらやむような仕組みで打って出るチャンスでもあると思います。また、グリーンに関しても、デジタル・ITを活用して、CO2可視化や需給の最適化など、多くの領域で貢献していきたいと考えています。

木場 対談前のプレゼンテーションでは、酒田市における防災・減災の取り組みについてもお話がありました。

本間 ITやデジタルを活用して、地域社会における住民と家族・親族とのつながり、自治体とのつながりなどによって、人々がお互いに支え合う仕組みについてお話ししました。これは、隈さんが言われている「DXでヒューマンに戻る」に近い取り組みではないかと思っています。

当初のコンピューターは、大きな機械の箱でした。それがどんどん小さく身近になって人間にとって、良い仲間であると感じ始めていると思います。それは、コンピューターが人間を人間に戻してくれる道具だということ。こうした感覚がこれから社会の常識になっていくと思います。

木場 防災・減災には、温暖化や気候変動が大きく関係しています。建築においても、脱炭素や気候変動は、大変な問題なのでしょうか。

これまでは、建築するほど環境は悪くなると思われていました。今は、建築物のなかに二酸化炭素を閉じ込めるという考え方もあります。例えば、木をたくさん使うと、二酸化炭素を閉じ込めることができる。建築と同時に環境をよくして、地球環境問題の貢献になるという道も見えてきました。昔の日本建築は、風通しが良くエアコンが必要なかったり、森と建築が一種の循環システムを作っていたりしました。そういったものが見直されています。

木場 日本の建築が再評価されるかもしれませんね。

先ほど、本間さんから、日本が世界に打って出る話がありました。僕も、日本がリードする時代が来ると思っています。日本人は、環境や緑に対して繊細で、大事にしていきました。日本庭園などは良い例です。また、長屋のようなコミュニティの知恵もありました。これからの社会が求めている環境やコミュニティの問題に関して、日本人は優れた資質を持っています。それを生かせば、日本のデジタル産業も建築も、世界のリーダーになれると期待しています。

本間 我々も、IT・デジタルを活用して、社会全体がつながり、よりよい社会を目指せる仕組みを作っていきたいと思っています。2年弱のコロナ禍のなかで、オンラインとリアル、両方が発展しました。オンラインでできることがたくさんあると分かった一方、リアルの素晴らしさを再認識した人も多いでしょう。双方のよさを組み合わせたベストミックスな社会を作っていくことが大事だと考えています。

木場 最後に、NTTデータに期待することを隈さんから一言お願いします。

実はいっぱいあって(笑)。今まで、デジタルの世界は、どちらかと言えば「かたい世界」でした。これからは、「やわらかい世界」を目指して欲しい。「人間を柔らかくするための最高の道具がデジタル。そのトップランナーがNTTデータだ」という感じで走ってもらえると、もっと過ごしやすい都市と生活ができると期待しています。

木場 建築とのコラボも沢山生まれそうですか。

「建築は建築」と考えていると、いままでの都市を変えることができません。新しいデジタル技術と新しい建築デザイン、それから新しい材料。これらが組み合わさって、一緒に作っていくということができたら素晴らしいですね。
また、建築とITは意外なくらい、同じ方向を向いていると思いました。建築という世界は、コンクリートとか鉄でかたくて動かしようがない。かたやITのほうも、見えなくてわかりにくい。それがお互い、人間ということを基準にして、同じところを向いていて、思っていた以上に共感しました。

本間 私たちも、デジタルで、「やわらかい世界」を作っていきたいと思います。これまでは、いままでの街や建物ありきでDXを考えていましたが、建築とIT・デジタルのコラボレーションによって、もっと広い視野で高い視点で、社会課題の解決に貢献していけると感じました。隈さんの建築と私どものIT・デジタルの共創によって、より豊かで調和のとれた社会にさらに貢献していきたいですね。

木場 お二人が目指しているこれからについて。そしてその実現のためのポイントなど、建築とIT、業界は異なるものの、一緒に取り組めることもたくさんあるのではないかという感想を持ちました。ぜひご視聴いただいたみなさまも、つながっていくことでどんな社会を実現できるかに思いをはせていただければと思います。
お二人ともありがとうございました。

本記事は、2022年1月27日、28日に開催されたNTT DATA Innovation Conference 2022での講演をもとに構成しています。

「NTT DATA Innovation Conference 2022」の詳細はこちら