特別対談:地域でのデジタル変革に向けた取り組み・酒田市の実績と未来

酒田市では2020年10月から、市長の丸山 至氏が先頭に立ち、産官学連携で可能となった多様な視点を活かしてデジタル変革(DX)に取り組んできた。そこにCDO(最高デジタル変革責任者)として参画しているのがNTTデータ社長の本間 洋だ。 そうした中、2023年3月17日に開催された酒田市主催のイベントで、丸山市長と本間の対談が実施された。酒田市のDX推進が何をめざし、デジタル技術を活用することで市民の生活や地域の産業が、そして酒田市の未来が、どのように変わっていくのかを語り合った。

(本件記事は2023年3月17日に開催された酒田市主催イベント「デジタル変革・酒田市の実績と未来」の対談をもとに構成しました)

特別対談:地域でのデジタル変革に向けた取り組み・酒田市の実績と未来

酒田市では2020年10月に「デジタル変革戦略室」を設置。丸山市長の元、CDO(Chief Digital transformation Officer)となる本間の提言とともにデジタル戦略の推進を行ってきた。
地元に根差したDXを進めておよそ2年半。酒田市では、行政、住民サービス、地域の三つの柱を掲げ推進。行政のDXでは、市議会のデジタル化、市業務の自動化等を皮切りに、住民サービスのDXでは、キャッシュレス推進と組み合わせたマイナンバーカードの普及・利活用を推進。247件の手続きのオンライン化も進めている。
また、地域のDXでは、市民参加で地域課題を議論し、解決方法を共創する酒田リビングラボといった取り組みのほか、離島の飛島に海底光ケーブルの敷設やオンラインで注文・ドローン等で配送をするサービスを導入する飛島スマートアイランドプロジェクトの推進など、住民と一体となったデジタル化を推進していることが特徴だ。
本対談では丸山市長と本間がこの2年半の取り組みを振り返るとともに、地域でDXを進めることの要諦について議論する。

デジタル変革への取り組み開始の経緯、きっかけ

丸山市長3年ほど前になりますでしょうか。新型コロナウイルスが蔓延し始めて、国が特別定額給付金を国民一人当たり10万円の給付をする事業がありました。あの時にマイナンバーカードを持っていると、電子的に口座にすぐに給付金が振り込まれました。一方で、一つ一つ紙で手続きを進める場合は、面倒な上に時間もかかったはずです。
私は早期にマイナンバーカードを作成していました。ですから、5月のゴールデンウィーク明けに給付手続きが始まったのですが、真っ先に手元の口座に給付金が入金されたのです。これは便利だな、これからの時代はこうなるのだと確信しました。そして、酒田市もデジタル変革をいろいろな場面でやっていかなくてはいけないとの思いに至りました。特に、市民の皆様には、市の行政サービスを早期にデジタル化することで、今よりも効率的で、便利で費用負担も少ないサービスを提供したい。その思いがデジタル変革を本格化させる発端になったのです。
では、どうやってデジタル変革を進めるか。その時に現実的な壁として立ちはだかったのが、市役所の職員だけで成し遂げるのは難しいということでした。そもそも酒田市ではデジタル化をほとんど進めておらず、十分なノウハウを持った職員などいません。ここは民間サイドからノウハウとか実績のある人に、旗振り役を招かなければ進まないと考えました。
そして白羽の矢を立てたのが、酒田市の出身であり、NTTデータというグローバルIT企業の社長である、本間さんだったのです。いろいろな方のツテを使って、我が街のCDOになっていただこうと、口説き落とそうと動きました。
本間さんは通常であれば海外を飛び回り、なかなかお会いできない方なのですが、あの頃はコロナ禍が今よりも厳しく、国内に留まられていたこともあって、お引き受けいただけるお願いができたのです。

本間丸山市長に紹介いただいたように私は酒田市に生まれました。小学校からは親の仕事の関係で盛岡と仙台で暮らしましたが、酒田には頻繁に帰り、祖父母や親戚にものすごく可愛がってもらいました。酒田は、人に優しくて暖かい街、そして自然が豊かで、とても住みやすい街として私の記憶に深く刻まれています。酒田を離れてからも、気持ちは酒田に寄り添って暮らしています。
今回、CDOをお受けした直接のきっかけは、丸山市長の熱いラブコールです。それと、自分の生まれた故郷に恩返ししたいという気持ちもありました。また、私どもには日本のIT業界のリーディングカンパニーとして、地域のデジタル化にしっかりと貢献していかなければならないという強い気持ちもありました。やはり地域のDXの推進無くして日本全体のDX化はないと思います。そのためにも、地域の課題を理解し、自ら汗をかいて取り組んでみたいと思い、お引き受けさせていただきました。

デジタル変革への取り組み開始の経緯、きっかけ

デジタル変革に向けた体制づくりの考え方、進め方

本間2年半前、丸山市長の強い意志で、デジタル変革戦略室がつくられました。本間室長以下、酒田市の職員からやる気があって優秀な5名のメンバー、そしてNTTデータから出向させていただいている野田CDO補佐官によるチームで日々デジタル変革に取り組んでいます。素晴らしい仕事をしてきたというのが、1番の印象です。彼らの活躍の中に、酒田市のポテンシャルや推進力の強さを感じてきました。
私どもの会社の企業理念は、情報技術で、新しい「しくみ」や「価値」を創造し、より豊かで調和のとれた社会の実現に貢献するというものとなっています。そしてこの理念のもと、人に優しくて温もりのあるシステムのご提供を心がけています。そのために、酒田市のデジタル変革においても、ITベンダー側の視点ではなく利用者の視点、住民視点を大事にして取り組んでいます。酒田市民が参加してデジタル化に向けて語り合ったイベントの「酒田リビングラボ」では、住民参加が大事であることを再認識しました。
先日、デンマークのロスキレ大学で准教授をされている安岡美佳さんとお話をしました。デンマークはデジタル先進国で世界第1位と言われています。また、世界一幸せな国としても有名です。安岡先生によれば、住民の参加型でデジタル化の推進をデザインしているそうです。自分たちで知恵や意見を出し合って、デジタルで何をやるのかを決めていくので、住民の満足度は高いそうです。全く、その通りだと思います。
その一方で、社会では様々なビジネスやサービスとテクノロジーが一体化し、新しい社会の仕組みをつくるにはテクノロジーが必須となっている中では、テクノロジーの相談役がますます必要です。その役目を担う私どものようなITベンダーは、もっともっと頑張っていかなければならないと考えています。

デジタル変革に向けた体制づくりの考え方、進め方

DXで拓く酒田市の未来について

丸山市長この4月に、オンライン市役所の名称を使って説明している「さかたコンポ」という事業がスタートする予定になっています。これは、市民の皆さんが知りたい情報を双方向でお伝えするツールですが、私にはもっと拡張していきたいという想いがあります。市民と行政の対話ツールとして成長させたいのです。
ChatGPTというAIツールが話題になっていますが、このツールは課題を入力すると、しっかりした一般解が日本語で出てきます。私は使ってみて、これはすごいな、世の中の動きがガラッと変わるなと思いました。そこで、このChatGPTのような機能を、さかたコンポに載せたいと考えています。実現したいのは、市民の皆さんが市役所に対して相談したいことや聞きたいこと、それを言葉で喋ると、言葉で適切な回答が返ってくる仕組みです。例えば、「ちょっと体の具合が悪いのだけどどうしたら良いでしょう」と聞けば、「それはこういった原因があるから、お近くのこの医療機関に行ってください」と答えてくれる。そういった誰にも役立つ便利なツールとしてさかたコンポが機能してくれたら、本当に文字通りのオンライン市役所になれると思うのです。今のシステムは質問を入力しなければならないのですが、我々高齢者などはキーボードで打ち込むのはなかなか大変です。それが言葉で質問して言葉で返してくれる、それも酒田市の行政側の信頼のある情報として提供できたら、きっと多くの方々に喜ばれるはずです。
そして私は市長という立場にいますが、市民の皆さんと対話する機会がなかなか持てません。そういった場を、さかたコンポという対話コミュニケーションツールの中で展開できたら、行政がもっともっと市民の皆さんにとって身近なものとして受け取ってもらえるのではないかという想いもあります。ぜひ、完成形をめざしていきたいですね。

また、離島や中山間地を多く抱えるのが酒田市の特徴の一つでもあります。そういったところでは、医療関係者や地域の皆さんとの交流の場を、デジタルを使った仕組みの中で展開できれば良いのではないかと思います。これから医師や医療人材は少なくなってきます。しかも、中山間地には高齢者の方が増えていきます。そうした状況の中で安心して暮らせる地域を増やしていくには医療MaaS…つまり医療関係者が訪問して、あるいは通信機能を使って心配事に応じられる環境をデジタルでつくっていくことが必要であり、それが実現すれば長く自分が住み慣れた場所で暮らしていけるようになります。そもそも酒田は食べ物が美味しいし空港も便利なので、デジタル変革が進めばこんなに住みやすいところはないと思います。人口減少はどの地方でも最大の課題ですが、若い人たち、とりわけIT系の企業、あるいは創業したい方々、そうした人たちをこの地域に呼び込むことによって、雇用の場が生まれ、人口減少にも抑制がかかり、若い方ならいずれ結婚してお子さんも生まれるかもしれません。行政としては、デジタル変革は地域づくりそのものであり、酒田市全体の活性化にもつながっていくのではないか、そう期待するところが大きいのです。

DXで拓く酒田市の未来について

今後の展望、酒田市DXに必要な取り組み

本間住民サービスのDX、行政のDX、そして地域全体のDXと、デジタル変革戦略室のやるべきことはたくさんあります。それらを、デジタルをうまく活用して、酒田市が元気に、そして魅力的な街になるためという観点で話をしたいと思います。キーワードは「つながる」ということになります。
参考にしたい例として、伊豆市の「Izuko」という取り組みがあります。これは、デジタルを活用して交通ルートの検索や、食事や観光施設の予約、その決済やクーポンの配信等を一括で行えるシステムです。導入するまではバラバラだった事業者がつながることで、市民や観光客の利便性が高まりました。酒田市でも、地域内に飲食や観光、お土産とか酒蔵とか、魅力的な事業者がたくさんありますが、これを一枚岩になるようにつなげていく、そして事業者の皆さんがそれぞれ持っているデータを高度に活用していく。そうすることによって大きな効果が生まれます。さらに地域の外ともうまくつながると、酒田でつくられた素晴らしいものを地域外に販売したり、酒田の魅力の発信で人を呼び込んできたりすることにもつながります。18世紀ごろから北前船で栄えて得た酒田パワーそのものです。ぜひ、DXで新たな酒田ファンを多くつくっていきたいと思います。
デジタルの活用という面では、お客様のニーズが多様化・複雑化する中、マーケティングから商品づくり、配送、その後の満足度調査に至るまでのサプライチェーンをつなげて、PDCAをしっかり回す…これを自分たちで行うことが重要です。
市民のデジタルリテラシーの向上という面に関しては、デンマークの例が参考になります。デンマークでは70歳以上のネットの利用率が、97%に上ります。これは、ひとりひとりにITについて教えてくれるサポーターがついているから実現できたそうです。このITサポーターは、お子さんだったりお孫さんだったりするそうですが、親族の方がいらっしゃらなかったら自治体の方やボランティアの方が務めているようです。酒田市でも、こうした仕組みの導入が有効だと思います。
以上のようなデジタル推進は、関わっていく全員が利用者視点を持ち、当事者意識を高めていくこと、それに加えてアクセラレーターを増やしていくことが重要になってきます。様々な地域の社会課題の解決とか、新しいサービスや仕組みをつくっていくには、多くのステークホルダーの知恵とか知識をまとめて、ぐんぐん前に進めて実行していくアクセラレーターがなくてはならない存在なのです。このようなアクセラレーターの候補としては、酒田愛のある金融機関の皆様、地元企業の皆様、自治体の皆様、IT企業などから、多く出てくると良いと思います。

丸山市長改めて本日は勉強になりました。一般解はネットを通じて得られるようになりましたが、我々は酒田ならではの酒田に特化した「特殊解」を求め続けなければ、街づくりは成り立ちません。そこで本間さんが最後におっしゃったアクセラレーターの重要性が腑に落ちました。酒田ならではの課題を自ら考えて解決するアクセラレーターを、より多くこの地に育てていかなければならないという想いを強くしました。

本間デジタル化の推進では、変わらない信念と、変える勇気が大事です。また、一度決めたことをしっかりと最後まで行う徹底力が大事になります。最初から素晴らしいものはなかなかできませんから、PDCAを回して、改善・変革を続けていくことが大事です。そして酒田市の良いところ素晴らしいところはたくさんあります。これはずっと守っていく。
一方で変えるべきところは大胆にスピード感を持って実行していかなければなりません。他の市町村の良いところも水平展開・横展開で取り入れていく。ただ、酒田市の特徴を活かして独自につくるものに関しては、自分たちでしっかり知恵を出し合ってつくっていくことが大事になってくると思います。私もこれからも酒田市が元気で魅力的な街になるように、少しでも貢献したいと思います。共に歩んでいきましょう。

今後の展望、酒田市DXに必要な取り組み
株式会社NTTデータ 社長 本間 洋

株式会社NTTデータ 代表取締役社長
本間 洋

酒田市長 丸山 至 氏

酒田市長
丸山 至 氏